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論理の終着点

「榊さんを殺した犯人が分かったってこと、華凛ちゃん!?」


多恵さんが目を丸くして驚く。


「はい、そうです」


私が答えると


「誰...なんだい?榊くんを殺したのは?」


と、真剣に、けれども悲しそうな表情で海藤さんが私に問う。


「わはは!面白いじゃねぇか!

名探偵のお手並み拝見と行こうぜ!」


溝口さんが愉快そうに言う。


「じゃあ始めさせていただきますね」


私は全員の反応を確かめつつ、推理劇を始めた。


「先に言っておかなくては いけない事があるのですが、実はさっきお手洗いに行っていたのではなくて、私と姉で、この洋館と外を調べていたんです」


「ああ、やっぱり!

玄関から、ちらっと外を見た時、なんとなく華凛ちゃんがいた気がしたんだよねぇ」


海藤さんが楽しそうに言う。


なんだやっぱり気付いてたのか。

...でも言わないでいてくれて良かった。犯人に警戒されてたかもしれないから。


「ええ、私が外を調べて、姉が洋館の中を調べました。

先程海藤さんが言っていた通り、外部犯の痕跡はありませんでした。

つまり、外部犯だとしたら、イベントのタイムスケジュールを把握しているため、外からでも洋館の中の状況がある程度分かっているという点で最も可能性が高かった、田辺さんの言っていた"ある方"ではないという事がはっきりしました」


田辺さんが俯く。


「それより気になったのは、焼却炉のスイッチが切ってあった事です。

恐らくあれは......」


私がそう言うと、顔から血の気が失せた人がいた。

結構分かりやすいけど、性格的にそうなる気はしてた。


「ああ!あれ!華凛ちゃん達が来る前に、こっそり外に出て僕が切っちゃったんだよね。

田辺くんに案内してもらった時に説明を聞いてて...

...なんていうのかな、今日のイベントに関わってきそうだなって思って、これで物語が分岐すると嫌だから、今のうちスイッチ切っておこうかなって」


やっぱり。そういう事なんだろうなとは思っていた。

海藤さんの直感に救われた。


「ありがとうございます。お陰で捨てられていた物が見えました。

...と言っても、焼却炉の扉に鍵がかかっていて、完全には見えませんでしたが...」


「それでそれで?何があったの?」


海藤さんがワクワクしながら質問してくる。


「なにか青い物の上に、透明なものが捨ててあるのが見えました」


「う~ん...なんなんだろうね?それ?」


「これだけだと分かりづらいですが、姉が休憩室のクローゼットで見つけた、ポケットにゴム手袋やマスクが入った透明なレインコートや、物置に敷いてあったブルーシートという情報を加えると何かが見えてきませんか?」


「ああ!もしかして、焼却炉に捨ててあった物って......?

...あれ?でも、案内してもらった時に、僕もクローゼットの中を覗いたんだけど、あの時は何も無かったけどなぁ」


「私が案内してもらった時にも覗いてみたんですが、その時にも何もありませんでした。

つまり、レインコートが掛けられたのはそれより後という事になりますよね?」


海藤さんが頷く。


「じゃあ、何の為にそんな所に掛けられたのか?

それはあそこに奥田さんが寝ていたから、と考えるのが妥当だと思うのですが、海藤さんはどう思われますか?」


奥田さんの顔が青ざめる。


「えっ、ちょっと待ってよ?

今までの話から考えると、誰かが別のレインコートを焼却炉で燃やそうとしてたんだから、もしかして犯人は犯行時の痕跡を隠す為にレインコートとかを使ってたから、奥田くんにその罪を被せようと思ったって事なのかな?

...ん?でも奥田くんが眠ったのって疲れてたからなんじゃ...?」


「実はさっき姉が談話室を覗いた時、もう一本の飲みかけのペットボトルはあったのに、そこにあったはずの、奥田さんの飲みかけのペットボトルが消えていたんです」


私がそう言った瞬間、顔がひきつった人がいた。


「あっ!その飲みかけのやつ、たぶん私のだわ。

田辺さん達が用意してくれてたんだけど、飲み切れなかったから、あとで飲もうと思って置きっぱなしだった」


今まで忘れていたのだろう。

突然思い出した様に多恵さんが言った。


多恵さんが気付いて違和感を持たれると困るため、処理しようとしても出来なかったに違いない。


「そうだったんですね。

でも多恵さんのお陰で事件の輪郭を捉える事が出来ました。

ありがとうございます。

...ところで、食堂の方に奥田さんの飲みかけのペットボトルはありましたか?」


「うん、無いね...という事は、もしかして奥田くんは薬で眠らされてたっていう事...なのかな?」


少しずつ事件が見えてきたのだろう。

海藤さんが少し悲しげに答える。


「私もそう考えました。

...つまり先程のレインコート一式の件と合わせると、犯人は警察の捜査を先読みして、先手を打っていたという事ですね。

だから恐らく、榊さんの遺体には接触痕跡が残ってないし、警察も現場付近で見つかるレインコートを着た人物が犯人ではないかと考える。

しかもその人物にはほとんどアリバイが無い」


お姉ちゃんの能力を隠しつつ、話を展開しなければいけないので、その辺りはいつもやや面倒だ。


「ですから取りあえず、罪を被せられそうになった奥田さんは犯人ではないし、痕跡を残さない為に計算された、かなり計画的な犯行であると仮定して話を進めていきたいと思います」


一部渋々ではあったが全員頷く。


「先ずは、計画的な犯行である以上、たまたま行けなくなったクラスの友達の代わりに参加した私達姉妹は、犯人では有り得ません。

また海藤さんに鍵を届けた時や、私がお手洗いに行った時、調査の時以外は、常に一緒に行動していたので、誰かに犯行計画を持ちかけられたという事も無いでしょう。

唯一、書斎で姉が海藤さんに話を持ちかけられて、という場合位ですが、その時、仮に書斎に榊さんがいたとしても、最初から書斎にレインコートと縄が置いてあって、尚且つ持ち掛けた話が早くまとまるという事でもない限り、時間的に犯行は不可能です。

また、仮にそれらの条件を満たしたとしても、証拠を隠滅する為ダストシュートに行ったのでも、そこから戻って来るのでもなく、書斎から出て遊戯室に向かう姉達を真姫さん達は目撃してますから、一連の犯行があったとは考えられません。

これは同時に、2時30分の段階では、書斎に榊さんの遺体は無かったという事でもあります」


海藤さんとお姉ちゃんが頷く。


そもそもお姉ちゃんが犯人の訳は無いのだが、一応言っておいた方が良いだろう。


「それでは、奥田さんが犯人では無いとして、いつ榊さんは殺されたのか?

これが今回の事件の鍵であるという事は分かっていただけると思います」


いよいよ核心に迫ってきた。


私は話を続ける。


「ここで私と姉は犯人ではないのですから、事件の事で嘘をつく必要がありません。

よって私達の証言は真実であるとするなら、海藤さんは犯人ではあり得ない。

何故なら、唯一機会があるとすれば、2時30分以降の遊戯室で、私達の目を盗んで部屋を抜けて、何らかの方法で書斎に呼んでおいた榊さんを殺害する位なのですが、私がお手洗いに行って帰る時に、遊戯室にいる海藤さんを見ているという事は、時間があったとしても5分程度。

しかも私がお手洗いに いつ行って、帰るか、そもそもお手洗いに行くかどうかすら海藤さんに分かる訳がないので、この間を利用して殺害、首吊り偽装、レインコート一式の廃棄等を企てたというのはあり得ないからです。

...というより、そもそも焼却炉のスイッチを切ったのは海藤さんなのですから、犯人は証拠隠滅を図ったかもしれないという仮定から考えても、海藤さんは犯人ではあり得ません」


「はぁ~、良かったぁ!なんか緊張しちゃったよ!」


海藤さんがホッと胸を撫で下ろす。


「次に多恵さんですが、あの量の料理の後片付けをほとんど一人でなさっていた上、厨房の掃除もして、今はすっかり綺麗になっている訳ですから、榊さんを殺害する時間がありません。

共犯者がいれば可能かもしれませんが、ここでそもそも榊さんはどのように殺害されたのかについて考えてみましょう」


多恵さんが緊張の面持ちでこちらを見つめる。


「榊さんの遺体は首吊りに偽装されていて、実際は同じロープによる絞殺であった訳ですが、ではどうすれば首吊りと同じような索痕になるのか?

お姉ちゃん、お願い」


「榊さんの首にロープを掛けて、犯人と榊さんが背中合わせの状態で、犯人が自分のどちらかの肩にロープを背負い込む、いわゆる地蔵背負いというやり方で絞殺したと考えられます。

この場合、想像していただけると分かるかと思いますが、榊さんよりも背がそれなりに——例えば15cm以上高くないと、索痕がより水平に近くなり、首吊りには見えなくなります。

つまり榊さんよりも背が低い多恵さんには不可能です」


お姉ちゃんが説明してくれた。


「ふ~、生きた心地がしなかったよ!

お礼言うのも変かもしれないけど、ありがとね華凛ちゃん、華澄ちゃん」


多恵さんが安堵の表情を浮かべる。


「いえ......そして今姉が話した通り、榊さんとの身長差を考慮すると、可能なのは、私の姉、奥田さん、海藤さん、田辺さん、溝口さんですが、奥田さんは仮定から、姉と海藤さんは先程述べた理由から除外される事になります。

...ところで、2時20分頃に食堂にいらっしゃったという榊さんは、本当はいつ頃お手洗いに行かれたんでしょうね?」


真姫さんが、今にも泣きそうな悲しい顔をする。


「ひ、酷いよ華凛ちゃん!!私を疑ってるの!?

私は犯人じゃないんでしょ!?」


「ええ。真姫さんは殺してません」


「じゃ、じゃあ......!」


真姫さんの表情がパッと明るくなる。


「ふふ、でも嘘はつきましたよね?

それに工作や、ある程度の見張り役も」


「えっ......?」


「恐らく実際、榊さんはトイレには行かれたのでしょう。

あとで警察に調べられて、例えばトイレのドアノブに榊さんの指紋が付いていないとなると、真姫さん達や、榊さんのどちらかが嘘をついた事になる訳ですが、榊さんが嘘をつく理由が無いので、すぐに真姫さん達の証言が疑われるからです」


真姫さんの顔がこわばる。


「じゃあ、トイレに行ったあと、榊さんはどのように行動したのか?

例えば2時20分頃に食堂に着いた榊さんに、"洋館の修復について相談があるから、南側廊下を経由して、東側廊下や予備室の状態とかも見つつ、物置に来てくれませんか?"と伝言を受けたとでも言っておけば、可愛い後輩の頼みですから、トイレに行ったあと、そのまま東側廊下へ行ったでしょう。

この時犯人は、榊さんの指紋が付かないよう、予備室と物置のドアを開放してたんじゃないかな」


そう。だからこそ、案内を受けていなかったはずの榊さんのDNAが"廊下全体"にあったのだ。


犯人の顔が青ざめる。


「そして、物置に来た榊さんを、例えば"雨漏りの具合を診てもらいたい"とでも言って場所を誘導して、地蔵背負いで殺害した...

雨漏りしている部屋の作業だから、レインコートやゴム手袋を着用していても不審に思われなかったでしょうし、マスクはすぐにつけられる。

ロープはあらかじめ、誘導場所の近くに置いておき、榊さんが背を向けて注意がそれている時に彼の首に掛けた...そんな所じゃないでしょうか?」


「おいおい、ちょっと待ってくれよ嬢ちゃん。

このままだと、俺か太一が犯人にされちまいそうだから言わせてもらうけどよ、仮にそうやって榊先輩を殺したとして、その後書斎に運ぶ時間なんか誰にもねえんじゃねぇか?

太一はイベントの準備しなくちゃいけねぇし、俺は2時25分頃には、嬢ちゃんがゲームしてるのを見て、その後は厨房の片付け手伝ってたんだから、犯行に使える時間なんて5分位しかねぇぞ?」


溝口さんが疑問をぶつけてくる。


「それは榊さんの殺害から運搬までを、一人でこなしていればの話ですよね」


溝口さんの表情が凍りつく。


「ここでもう一つの手掛かりであるブルーシートの登場です。

犯人はそれを一体何に使用して、どんな痕跡が残ってると思ったから隠滅しようとしたのか?」


一瞬間を置いたあと、そのまま続ける。


「この時重要になるのが、私の姉が発見した、北東隅に残ってたという何かの車輪の跡です」


これはお姉ちゃんでなければ見えない、つまり専用の機器を使わないと確認できないのだが、誰にでも確認できるという体で話す。


「車輪...?

...あっ!分かった!台車だね!?」


海藤さんが興奮して叫び出す。


「そうです。犯人は榊さんの遺体を運ぶために、台車を使った。

その際、その痕跡が残らないようブルーシートを台車に敷いて、死体をくるむ様にして使ったという事ですね」


榊さんが物置で殺害されたとすると、物置で榊さんのDNAが全く発見されなかったのはおかしい。


また、だからこそ焼却炉の中のブルーシートから榊さんのDNA等が検出された。


つまり死体を移動する時に、そこに敷いてあったブルーシートを使い、恐らく物置の箱に隠してあった予備のものか、物置を案内された私達の痕跡が、捨ててあったブルーシートや榊さんの衣服に一切無かった事を考えると、元々あったものを敷き直したのだろう。


レインコートなども同じ箱にまとめて入っていたから、空の箱が一つだけあったのだと推察出来る。


「でもそんな時間、やっぱり誰にもありませんよね?」


田辺さんが私に問う。


「実はそれがそうでもないんです。

イベントの時の事を振り返ってみましょうか。

あの時一番最初に着いたのは私と姉と海藤さんで、前列に座って映像を見てました。

その後、真姫さんの声が聞こえたものの、あの時誰も振り返らなかった。

仮に一瞬声のする方を振り返って見たとしても、主な明かりと言えば映像の明かり位で暗く、しかもイベントの映像が流れている状況で、時間をかけて隅々まで見ようとする人はいなかったはずです」


多恵さんはまだピンと来ていない様子だったが、海藤さんの方は気付いたようだった。


私は続ける。


「つまり、前列に座っていた私達三人のうち誰もが、カーテンが開かれるまで溝口さんの姿を見ていなかったという事です。

ただ、映像の終わり際に来た多恵さんが、溝口さんが席の近くに立っていたと証言しているので、それを踏まえて考えると、2時40分から10分程度の時間が溝口さんにはあった事になります」


「そうか...そういう事だったんだ......」


海藤さんが一人呟く。


「これ位の猶予があれば、物置から書斎まで10mもないわけですから、あらかじめロープや台車のセッティングをしておいた榊さんの遺体を書斎に運び、吊るしあげる事は十分可能だったでしょうね」


溝口さんの目が泳ぐ。


「あと、溝口さんと真姫さんの役目は、私達の監視でもありますよね。

一応案内という形で、東側の状態を見せた上での立ち入り禁止ではあるので、自身の自由を侵害されたとは感じないため、心理的リアクタンスが生じにくい効果的なルールではあるものの、時間の幅があればある程、私達——特に情報がほとんどない私と姉がどう動くかは分かりませんし、食堂に来られるとまずい時間もあったので、要所要所で私達の動きを監視していた訳です。

特に書斎に人がいる時は神経質になっていたのではありませんか?」


溝口さんが遊戯室に来て私がゲームしているのを見てた時、恐らくその前に書斎の近くまで行き、中でお姉ちゃんと海藤さんの話し声が聞こえていたのではないだろうか?


そこで一旦、遊戯室で私の様子を見たあと、書斎から出たお姉ちゃん達の行動を監視するため、廊下で待っていたと推察出来る。


「他にも、溝口さんは書斎で榊さんと会話した時に、食堂で田辺さんが待ってるとでも言って誘導したのでしょうし、真姫さんは私達があのまま食堂から離れなければ、どこか違う場所に誘導するつもりだったのではありませんか?」


「気のせいじゃないかな?そんなの偶然だよ!」


真姫さんが明るく振る舞う。


「そういえば、休憩室のクローゼットにレインコートをかけたのは真姫さんですよね?」


「だから!私そんな事知らないって!!

証拠でもあるの!?」


突然真姫さんが怒りだす。


「証拠ですか...

仮に真姫さんの痕跡が奥田さんのレインコートに無いとすると、休憩室に行った時に、真姫さん自身も痕跡がつかないよう対策したという事になりますから、その証拠は今焼却炉の中にある可能性が極めて高いですよね。

そうなると、あのブルーシートと思われる青い物の上にあった、透明なレインコートは溝口さんのものだとして、ブルーシートの下には榊さんを殺害した犯人のレインコートや、奥田さんの唾液が付着した睡眠薬入りのペットボトル、そして真姫さんが使用した痕跡のあるマスクや手袋等があるはずですけど、その辺りは警察が来ればはっきりするでしょうね」


真姫さんが泣き始める。


「あとは、厨房へ多恵さんの手伝いに行ったのは、進捗を確認しつつ、出来るだけ映像の最後の方で多恵さんに来てもらいたかったからですよね。

そうすれば溝口さんは真姫さんと一緒に来たという印象が固まるのを狙ったのでしょう。

これについては多少運任せな部分もありますけど、犯行に必要な10分程度の時間を確保出来る上であれば、狙う価値はあったという事でしょうね」


多恵さんが複雑な表情をする。


「また、恐らく厨房へ行く前に、遊戯室の様子はきっちり伺ってるはずです。

海藤さんは一度集中すると、しばらくはそのままだという事を犯人達は知っていたんだと思うのですが、私と姉については情報がほとんどない。

ただ、今までの状況を観察するに、姉は私から基本離れないし、私はゲームに熱中してて、その場を離れる様子がない。

ですから、もし私か海藤さんのどちらかがゲームに集中していないような事があれば、多分真姫さんが遊戯室に残ったんじゃないかな。

極力そうしなかったのは、先程述べた厨房の片付けを手伝った理由に加え、あまり一緒になったり、会ったりする機会が多い——まあ目的地が重なりやすい構造や部屋の配置ではありますけど——何か作為的な印象を持たれる可能性が高かったからではないかなと思います」



「...それで?榊先輩を殺害した犯人は誰なのですか?」


田辺さんがしびれを切らした様に私に尋ねる。


「もちろん貴方ですよ。

ですよね、田辺太一さん?」


予想はしていたのだろうが、そう言われた瞬間、田辺さんの瞳孔が縮小した。


「そんな...だって僕...私はイベントの準備をしていたんですよ?」


田辺さんが今さらな言い訳をする。


「それは溝口さんと、真姫さんに手伝ってもらえば良い事ですよね?

さらに言えば、貴方が言っていた”ある方”というのは貴方自身の事だったんじゃありませんか?」


「何を根拠にそのような......」


「"ある方"については特に根拠はありません。

ただ、東側廊下の方を見るとかなり荒れた状態なので、たぶん建物全体があんな感じだったのでしょうに、それにしては随分、トイレも含めて綺麗過ぎるって感じたんですよね。

本当はお金が無いなんて嘘で、東側は今回の犯行のため、ダストシュート近辺以外はわざと修繕しなかったのではありませんか?」


「...…それは貴方がそう思われるなら、そうなのではありませんか?

...ところで、私が榊先輩を殺害したとの事ですが、その直接的な証拠はあるのですか?

貴方が示したのは、奥田くんが薬で眠らさせられたかもしれない事と、死体を運搬したかもしれない証拠位ではありませんでしたか?

そもそも、奥田くんが犯人ではないと仮定しているのは貴方の勝手な憶測であって、実際は単に奥田くんが榊先輩を殺害しただけかもしれないですよね?」


「ふふ、そうですねぇ。

例えば、貴方が着た痕跡のあるレインコートの背の方に、榊さんの服の繊維が付着しているとか?

ポリプロピレン製のレインコートに付着する確率は、コイン投げより少し高い程度。

可能性としては十分あり得ますよね?」


田辺さんが震え始める。


「何より、貴方が地蔵背負いで榊さんを殺害してるなら、そんなに時間は経ってませんし、あるのではありませんか?

左右どちらかの肩にロープを背負った痕が。

もしかしたら気付かない内にアザになってるかもしれませんね。

また、仮にそれらが見つからなかったとしても、貴方が着たレインコートの肩の繊維の擦れと、恐らくあるであろう貴方のYシャツの繊維の擦れの場所が一致したり、ロープの微細繊維が転移して、レインコートの肩だけにでなく、貴方のYシャツの肩の同じ様な場所に付着していれば、それは立派な証拠ではありませんか?」


お姉ちゃんが追い討ちをかけると、田辺さんが拳を強く握りしめた。


「それでは今回の事件の流れを振り返って見ましょう」


私は劇の幕を下ろしにかかる。


「先ず一番最初にやった事は、この洋館の案内でした。

これによって犯行時、現場の床に万が一痕跡が残ったとしても誤魔化す事が出来る。

また、洋館に来る前に、量を調節し水に溶かした睡眠薬を注射器であらかじめ飲み物に入れておいて、それを奥田さんが談話室で飲んで眠気に襲われ休憩室へ」


田辺さんの顔がひきつる。私はそのまま先を続けた。


「次に田辺さんがトイレに行ったという2時00分から2時05分過ぎに、物置の箱の中に隠しておいた、恐らくポリ袋か何かに入れた奥田さんのレインコートと、それとは別の袋に入れたマスクやゴム手袋を、休憩室のクローゼットの中に袋ごと置いておく。

この時、書斎には榊さんと溝口さんがいましたが、榊さんが書斎の入り口に対して背を向ける形になるよう、溝口さんが場所を調整したと考えられます。

そして2時15分頃に私達が遊戯室に行ったのを確認したあと、食堂で真姫さんと別れ、物置で準備を始める。

2時20分頃、食堂にやって来た榊さんが、"田辺さんからの伝言"を真姫さんから聞かされ物置へ。この時、榊さんが真姫さんから男子トイレの場所を聞いていたかもしれません」


真姫さんが俯く。


「恐らく榊さんが物置にやって来た時刻は2時25分頃。

そこで榊さんを誘導し、地蔵背負いで殺害。

溝口さんがすぐに運べるよう、榊さんの遺体の首に首吊りの輪を掛け、残りのロープは遺体の上に載せておく。

さらに、台車の上にブルーシートでくるんだ遺体をのせ、代わりのブルーシートを敷き直す。

そしてダストシュートに自分が着用していたレインコート一式を廃棄。

その後2時30分過ぎに食堂に戻る。

もしかしたら食堂のドアが開いていた時は戻ってなかったのかもしれませんね。

そう考えると私がお手洗いに行った以降に、食堂に戻ったと考えられるので2時33分より後だった。

この時間、換気のため厨房のドアや窓が開放されてましたが、真姫さんと溝口さんが多恵さんの注意を上手く誘導して、田辺さんが通り過ぎた事に気付かせなかった。

実際私が二回厨房の前を通っても、誰かが気付いた様子はありませんでした」


溝口さんが頻りに自分の顔を触り出す。


「また、真姫さんと溝口さんは2時25分までイベントの準備をしておき、これはどちらかのミスだったのか計算だったのかは定かではありませんが、食堂のドアを開けておいた。

仮に計算だったとすると、私や姉や海藤さんがお手洗いに行った時、田辺さんが食堂で準備をしていたと印象付ける為だったと推察できますし、イベントの準備をしてるかもしれないと思ったら、暗いですし無理して食堂に入ろうとは思わない。

仮に入って行って田辺さんがいない事に気付いた人がいたとしても、緊張でお手洗いに行く間隔が近くなっていたとでも言えば、実際にイベントの準備が進められている訳ですから、誰も気にしなかったでしょうね。

また、真姫さんと溝口さんが厨房に行く時に、明るい食堂の中で田辺さんがイベントの準備をしていたという証言は、田辺さんがずっと食堂にいて、準備を進めていた事を印象付ける為だったと考えられます」


田辺さんが貧乏ゆすりをし始めた。


「また、2時25分過ぎに、真姫さんが休憩室へ奥田さんの様子を見に行くふりをして、実際は田辺さんがクローゼットの中に置いておいたマスク一式を袋から取り出して着用した上で、もう一つの袋からレインコート一式のうち、マスクとゴム手袋を取り出す。

睡眠薬で眠っている奥田さんにマスクとゴム手袋を装着したあと外して回収。

レインコートのポケットに回収したマスクとゴム手袋を入れてクローゼットに掛け、使用済みの袋に自分が使っていたマスクやゴム手袋等を入れ、クローゼットの中に入れておく」


真姫さんが爪を噛み始める。


「その後、イベントが始まるまで、多恵さんの手伝いをし、ある程度の時間の調節と、先程述べた通り、厨房の前を通る予定の田辺さんが、多恵さんに気づかれないよう注意を誘導する。

そしてイベントが始まると、真姫さんは食堂へ向かい、溝口さんは物置へ。

レインコート一式を着用したあと、榊さんの遺体を台車で書斎へ運び、首吊りに見せ掛け吊し上げた。

見せ掛けた一番の理由は、他殺だと分かったあと、犯行が書斎であったと思わせ、それが出来たのは奥田さんしかいなかったという筋書きにしたかったから」


海藤さんが身を乗り出して聞き入っている。


「偽装工作が終わった後は、休憩室で真姫さんが置いた袋を回収しつつ、物置に台車を戻し、ダストシュートまで行って、最初に真姫さんが使用したマスク等が入った袋、次にブルーシート、そして最後に自分が着用していたレインコート一式を捨てた。

そして後は何食わぬ顔でイベントに参加した...

...以上が今回の事件の流れになります」


多恵さんが驚きの表情でこちらを見つめている。


「貴方が犯人でないなら、今から服を脱いで見せていただけますよね、田辺太一さん?」


「お前らさえ....」


田辺さんが呻くように声を出す。


「お前らさえいなかったらっっっ!!!」


田辺さんが勢いよくこちらに向かってくる。

それにやや遅れて、溝口さんも向かって来た。


全てがスローモーションに見え始める。


私の横に座っていたお姉ちゃんが、鋭い目付きになって突然立ち上がり、突進して来る田辺さんの下腹部に右前蹴りを繰り出す。


筋肉質で太いお姉ちゃんの脚に蹴られれば、突進して来た勢いも相まって、成人男性であってもひと溜まりもないだろう。


蹴られた衝撃と痛みで田辺さんが前屈みになろうとした所に、お姉ちゃんが彼の頭を押さえつけ、前蹴りの勢いのまま、今度は左膝が田辺さんの顎を捉える。


お姉ちゃんの事だから、あれでも手加減はしているだろうが、顎の骨は無事では済まないだろう。


痛みと衝撃で田辺さんはピクリとも動かなくなった。


お姉ちゃんが体勢を整えるまでの間に、間違いなく溝口さんが私に到達するのが予想出来る。


私には格闘経験などないが、幸運な事に目の良さと、こういった非常時における思考速度には恵まれている。


冷静に溝口さんを分析する。全身に力みがある。

こういった事にはあまり慣れていないのだろう。

田辺さんが突っ込んでいくのが見えて、勢いで来てしまったのだと思われる。


田辺さんが倒れている事にすら、まだ気付いていない。

興奮のあまり、私以外視界に入っていないのだろう。

ほぼ間違いなく、直線的な体当たりが来る。


私は最低限の動きで左方向に軸をずらして、溝口さんの右側面に回り込み、右足を彼の進行方向に差し出す。


溝口さんが蹴躓いた瞬間、軽く彼の背中を押した。


そう、見えているなら、相手の動きが分かっているなら、そこに置いておくだけで良いのだ。


私の席は壁の近くだったので、溝口さんはそのまま椅子を派手に巻き込みつつ、手で咄嗟に庇おうとするも間に合わずに、顔面から壁に勢いよく激突する。


ずるずると壁を顔面でずり落ちながら、血で直線模様を描いていく。


相手が強ければ強い程、勢いがあればある程、壊れるのは相手なのである。


恐らく鼻の骨を骨折し、その痛みと脳震盪のためか溝口さんが全く動けなくなった。


「大丈夫だった華凛ちゃん!?」


お姉ちゃんが必死の形相で私の身を案じる。


「うん、全然大丈夫。むしろ相手の方が心配かな」


「良いんだよ別に!

華凛ちゃんに手を出そうなんてしたんだから、当然の報いだよ!」


お姉ちゃんの人格がちょっと激しくなっている。

まあ、心配してくれるのは嬉しいけど。


「本当に大丈夫だったかい!?

ふー、いきなりだったからびっくりしちゃったよ!」


海藤さんが額の汗を拭いながら言う。


「私も~!どうなるかと思ってヒヤヒヤしたよ!

全然助けになれなくてごめんね。

華凛ちゃん達、凄く強いんだね!」


多恵さんが笑顔になった。


「あ~あ、これでおしまいかぁ。

先輩も大した事なかったなぁ」


真姫さんが、突然そんな事を言い出した。


「真姫ちゃん、どうしてあんな事したの?

僕、なんか君に嫌な事したっけ?」


未だに信じられないという面持ちで奥田さんが尋ねる。


「はぁ、今さら何言ってんの?

嫌な事も何も、私、貴方の事、昔から嫌いだったんだけど?気付いてなかった?

おめでたいというかなんというか、貴方が私に気があるっていうこと自体、正直気持ち悪いの。

あんまり話しかけないでくれる?」


「そっ...そんな......」


奥田さんがショックを受けて放心状態になる。


「ちょっと真姫ちゃん、いい加減にしなよ!」


多恵さんが怒り出す。


「別に多恵さんには関係ないでしょ?

ほっといてくれない?」


パチンッ!!


多恵さんが真姫さんの頬をはたいた。


「あのさ、何があったか分からないし、興味もないけど、あんたを信用してる人の心を踏みにじるのはやめなよ」


真姫さんが静かになった。



田辺さんのYシャツを慎重に脱がせ、お姉ちゃんがスキャンする。


右肩の繊維に特徴的な擦れがあった他、ロープの微細繊維が付着していた。


また、下着を脱がせ右肩を見ると、まだほんのり赤くなってはいたが、アザにはなっていなかった。


因みに、下着のシャツにも同様にロープの微細繊維が付着していた


取りあえず目が覚めた時に暴れないよう、物置に余っていたロープで田辺さん、溝口さんを縛る。


「ところでさ、華凛ちゃん...」


海藤さんが切り出す。


「どうして田辺くんは榊くんを殺したのかな?

僕の知らない所で、色々あったのかもしれないけどさ、それでも榊くんが誰かに殺されるほど恨まれるなんて、どうしても思えないんだ」


「これは推測なんですけど...」


と私は前置きした。


「榊さんが誰かに恨まれて殺されたという事はないと思いますよ。

だって恨まれるような人が、後輩が主催するイベントに参加したり、頼み事をされたりする事は無かったと思うんです。

"気軽に"という程では、もしかしたらなかったかもしれませんけど、先輩と後輩でそういった事が出来る間柄だった訳ですから、榊さんは面倒見の良い先輩という感じだったんじゃないでしょうか」


「うん...確かに...そんな......感じだったな」


海藤さんの目が潤む。


「でも...じゃあ、どうして?」


「恐らくは、田辺さんが自分の支配欲を満たすためだと思います。

場を支配し、人の流れを支配し、時に運すらも支配し、そして誰かの命を支配する。

自尊心に関する、強烈なコンプレックスをどこかに抱えていて、それを解消するため誰かの命を支配するという究極的な手段に出る。

だから計画が狂う事に対して激しい怒りを覚える訳ですね。

...というのもそれは自分に支配権が無いと言われる様なものだからです。

ゆえに彼は完璧主義者でもある」


「じゃあ、榊くんはそんな事の為に殺されたのか...

...ああ、なんか悲しい様な悔しい様な、そんな気分だよ...」


そう言って海藤さんは、後ろを振り向いて泣いた。


「確かにそんな感じの人だったわ。

自分で舞台も役者も準備して、筋書き通りのミステリーを演じさせる。

そして自分はその演出家であり主役でもある...

...でもまあ結局、主役であるはずの犯人は、名探偵に敗れた訳だけど。

溝口さんは先輩の友達というより、どこか先輩を崇拝している信者みたいな所がある人だった。

普段のあの人からは信じられないと思うけど」


真姫さんが呟いた。

まあだからこそ、あの時、田辺さんに続く形で私に襲い掛かって来た訳だけど。


「というか、さすが名探偵さんね。

そんな事まで分かっちゃうんだ。

今度一緒に何処かに行こうって話、あれは私の本心だったんだけど、もう無理そうね。残念」


「ええ、私も残念です真姫さん」


真姫さんが少し寂しそうに笑った。


しばらくして、パトカーのサイレンの音が聞こえてきた......

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