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第30話 エピローグ

「ここは……」


 セイヤが目を覚ますと見知らぬ天井が広がっていた。


 触れる感覚から自分がベッドで寝かされているのだと理解する。なぜ自分が眠っているのか記憶を辿るセイヤであるが思い出すことができない。


 記憶はダリス大峡谷で止まっている。


「ユア!」

「……セイヤ?」


 明瞭になる意識の中で最愛の人物の名前を叫ぶと返事があった。

 身体を起こすと心配そうに見つめるユアの姿があった。


「セイヤ……よかった……」


 安堵の表情を浮かべながらセイヤに抱き着くユアの身体は小刻みに震えている。

 セイヤはユアの身体をそっと抱きしめる。

 腕の中に最愛の人がいるという安心感がセイヤの心を落ち着かせた。


「ユア、ここはいったい?」

「私の家……」


 その言葉を聞いてセイヤはウィンディスタン地方にあるアルーニャ家別邸を思いつくが、すぐにそれが間違っていると察する。ユアが家という場所は一つしかなかった。


「ここはアクエリスタン地方なんだね」

「そう……」


 セイヤたちがいる場所はユアの実家にして特級魔法師ライガー・アルーニャが住まうアルーニャ家の本家であった。しかしセイヤに疑問が生じる。


「でも、どうやってアクエリスタン地方まで戻ってきたの……」


 セイヤの記憶はダリス大峡谷で止まっている。


 ユアが連れて来たと言われれば納得はできるが、ダリス大峡谷で命を落としているユアにそれほどの余力があったとは思えない。壁に寄り掛かりながら腕を組む人物がセイヤの疑問に答える。


「私が二人を運んだのよ」

「お前は……」


 そこにいたのはセイヤが命を懸けて勝利を掴み取ったウンディーネである。ウンディーネを見たセイヤが臨戦態勢に入ろうと魔力を錬成するが上手くいかない。


 沈静化によるものかと考えるセイヤだが、すぐにその可能性を否定した。今のウンディーネからは以前ほどの魔力を感じない。この程度の魔力量ならばセイヤの上昇が完全に封殺されることはないだろう。


 残る可能性はセイヤ自身の問題であった。

 セイヤは自身の魔力を感じることができなかったのだ。

 まるで魔力そのものを失ったかのような感覚である。


 以前までは呼吸をするように出来ていた魔力の錬成ができない。

 セイヤの姿を見たウンディーネが口を開く。


「ユアちゃん、少し二人だけにしてくれるかしら」

「……どうして?」

「大事な話があるからよ」


 不満そうな表情を浮かべるユアであるが抵抗したりはしない。

 既にウンディーネに戦闘の意志がないことや、アクエリスタン地方まで運んでもらったことからユアの方も敵意は持っていない。


「少しだけ……」

「ありがと」


 最後にセイヤの手をギュッと握りしめてユアは部屋から退室する。

 扉が閉まりきったことを確信したウンディーネがセイヤに尋ねる。


「どうして私がいるのか聞きたそうな顔ね」

「当り前だ。俺とお前は殺し合った仲だろう」

「そうね」


 微かに口角を上げたウンディーネ。


「最初に私には戦意はないとだけ告げておくわ」

「それを信じろと?」

「ユアちゃんは信じてくれたけど?」


 セイヤは警戒心を解かない。

 目の前に立っているのは命をかけた殺し合いをした相手である。

 警戒するなというほうが無理な話である。


「まあ、いいわ。本題に入りましょうか」


 もたれかかっていた壁から背を離すとウンディーネはベッド脇に置かれた椅子へ腰を下ろす。そこは先刻までユアが腰掛けていた場所だ。


「魔力を感じないのでしょう?」

「!?」


 ウンディーネの言葉にセイヤが驚愕する。


「どうして知っているという顔ね。私は原因も解決法も知っているわ」


 セイヤが訝しげにウンディーネを見つめる。


「少しは私のことを信用してくれてもいいんじゃない?」

「無理を言うな」

「そうね。なら取引をしましょうと言ったらどうかしら」

「取引だと?」

「そ、私があなたの魔力を戻す代わりに、あなたは私と完全契約をする」


 精霊との契約は基本的に魔力を捧げて見返りに力を得るものであり、その度に魔力を受け渡す単発的な契約が主流である。しかしウンディーネの提案した完全契約とは精霊を契約者の支配下に従属させる代わりに持続的な魔力の交換を必要とする。


 ここで問題となる点が魔力の総量である。魔法師と精霊では保有する魔力量が桁違いであるため完全契約をした場合は精霊の魔力量に魔法師側が耐えられずに肉体が崩壊するとされていた。


 仮に精霊側から流れる魔力量に耐えられたとしても今度は精霊側に持っていかれる魔力量の多さに魔法師の魔力が枯渇する。現にこのような記述は古代の資料にも散見されておりレイリアでも常識となっている。


「それは俺に死ねと言っているのか?」

「まさか。普通の人間ならば私の魔力に耐えられないでしょうけど、魔力を自由自在に操れるあなたは例外よ」


 流れてくる膨大な魔力は闇属性で減少させ、聖属性で生成すれば取られる魔力量もクリアできるというのがウンディーネの考えであった。


「代わりに俺の魔力を元に戻すと?」

「悪くない話でしょ」


 セイヤにとっては有益な話である。

 だが、そこで頷くほどセイヤも浅はかではない。


「おまえのメリットは何だ」

「それは簡単よ。私たち精霊は魔力の根源となる祭壇が必要で、私たちの場合はあの泉がそれを担っていた」


 泉の水はウンディーネの魔力を含んでいたことからも嘘ではない。


「けれども、その大切な祭壇をあなたが根こそぎ消し去ってしまったというわけ」

「つまり俺に祭壇の代わりを務めろというのか」

「そういうこと。祭壇がないと私たち精霊は消滅する運命よ」

「なら俺の消えた魔力についてはどう説明する」


 一度は殺し合いをした仲である。

 セイヤが警戒するのも不思議ではない。


「厳密には魔力の源は消えていないわ。あなたはあの黒い力をどこまで知っているの?」

「生憎あの力は俺もわかっていない」

「そういうことね。なら教えてあげるわ」


 ウンディーネが頬杖をついた。


「あの力は夜が世界を闇に包み込むように、万物を闇に飲み込んで無に帰す力よ」

「無に帰す?」

「今のあなたは黒い魔力が流れ続けている状態だから魔力を練ろうとしても飲み込まれて触れることができていない」


 そのような力を初めて聞くセイヤは無意識の内にウンディーネの話に集中する。


「正攻法としてはあなた自身が黒い魔力を自分のものにすることだけれども、あなたのアンバランスな魔法を見るに現実的ではないわ」

「知っていたのか」

「ええ、まあね。万物を創造する白い魔力もロクに使いこなせていないのでしょう?」


 セイヤはウンディーネとの戦いで聖属性を使ったが、あの力も今のセイヤが操るには強大すぎる暴れ馬であった。


「手綱が握れていない馬は危険ということか」

「でも私と契約をすれば解決する。完全契約では互いの間に魔力回路を設置することになるから私の沈静化であなたの中の暴れ馬たちを抑え込むことができる」

「黒い魔力を抑え込めば魔法が使えるようになると?」

「そうよ」


 ウンディーネは自信を持って言い切った。


「お前は魔力の拠り所を手に入れて、俺は魔法を取り戻せる」

「互いに利益しかないでしょう?」

「デメリットは?」

「そうね、互いに心の内が知られてしまうことかしら」


 惚ける様にして答えたウンディーネであるが、セイヤにしても契約をするメリットは大きい。現状では魔力も十分に使えないセイヤは完全な非魔法師になっている。


 セイヤが首を縦に振るのに時間はかからなかった。


「わかった。応じよう」

「流石はセイヤ君! それともご主人様と呼んだ方がいいかしら?」

「ふざけるな。俺とお前はあくまで互いのために契約をするだけだ」

「冗談よ」


 ウンディーネが笑いながら答える。こうしてセイヤは水の妖精ウンディーネと契約するのであった。





 契約を終えるとウンディーネは部屋の外にいたユアを呼び込み、入れ替わる形で部屋を後にする。ユアは先ほどまでウンディーネが座っていた椅子に腰掛けるとセイヤの手を握る。


「大丈夫……?」

「なんとかね……」


 ウンディーネと魔力回路を繋いだことで魔力が循環を始めていた。

 少しずつであるがセイヤは魔力を感じられるようになっており、今夜中にも完全復活できるというのがウンディーネの判断であった。


「無理しなくていい……」

「なにが?」

「口調……」


 黒い力に飲み込まれたことでセイヤの人格は変化していた。

 それが昔のセイヤなのか、あるいは新しいセイヤなのかはわからない。

 それでもユアにとってセイヤはセイヤであった。


「気づいていたんだな」

「当然……」


 ユアは誰よりもセイヤのことを見てきたと自負している。

 口調の変化を見抜くくらい造作もないことであった。

 セイヤが神妙な面持ちで口を開く。


「ごめん、ユア」

「なにが……?」

「ユアを守れなかった」

「私は生きている……」


 ユアにしてみればセイヤと自分が生きている。

 それだけで十分だった。

 しかしセイヤは目の前でユアを失った。

 その罪悪感が今になってセイヤの心を苛む。


「僕はユアを守れる魔法師になるといったのに目の前でユアを失った……」

「でもセイヤが救ってくれた……セイヤの心は暖かった……」


 意識はなくともセイヤの魔力を感じることができた。

 その魔力は優しくユアのことを包み込んでくれた。


「僕は……俺は弱い……」


 大切な人も守れない落ちこぼれ魔法師だと自分を責めるセイヤを見て、ユアがそっと抱きしめる。その姿はまるで赤子をあやす母のようであった。


「大丈夫……私はここにいる……ずっとセイヤの隣にいる……」


 ユアの温もりを感じてセイヤは安堵する。

 同時に心に溜まっていた不安や恐怖が一斉に溢れ出た。

 セイヤの頬を伝って大粒の涙が落ちる。


 ユアはセイヤの頭を優しく撫でた。

 全てを失う恐怖から解放されていくセイヤの涙は止まらない。

 時間だけが二人の周りを流れていく。


 どれほどの時間が経ったかはわからない。

 セイヤがポツリと呟く。


「もう俺はユアの手を離さない。ユアをひとりにさせない」

「うん……」

「だからユアにはずっと俺の傍で一緒に同じ景色を見続けてほしい」

「わかった……」


 セイヤの唇とユアの唇が重なる。

 こうしてセイヤは一生を添い遂げる最愛の人と一つになったのである



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