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第18話 覚醒

 暗黒領は絶望に打ちひしがれる時間さえ与えてくれない。


 ボタボタと滴り落ちる生暖かい液体と背後から感じる存在感にセイヤは声を発するのをやめた。グルルルルという低い泣き声と共に視界に入ってきた魔獣は大きな狼であった。


 鋭い牙を研ぐように口を動かす魔獣を見てセイヤは息を止める。


 生まれて初めて見る魔獣である。恐怖で足がすくみ、腰が抜けてしまう。けれども魔獣は容赦なかった。鋭い爪でセイヤの身体をひっくり返す。


「うっ……」


 左腕の肉が抉れて暖かい鮮血が流れ出た。


 仰向けになったセイヤを吟味するように見つめる魔獣はバジルが言っていた通り話し合いができるような生物ではない。セイヤは必死に生き残る手段を考えるが、いくら頭を振り絞っても生き残る道が見つからない。


 走るにも魔法で動きは封じられ、魔封石で魔法も使えない。もとより魔法が使えたところで魔獣相手では状況は変わらないだろう。


 ダラダラと流れ出る鮮血の臭いを嗅ぎ取ったのか、他の狼たちも姿を見せる。あっという間に群れに囲まれたセイヤは自らが魔獣の餌になるのだと理解した。


 それでも最後まで足掻こうと業火に焼かれる痛みに耐えながら這いつくばるセイヤであるが、その腕を魔獣が引き千切る。


「うわぁぁぁぁぁぁ」


 苦悶の表情を浮かべながら激痛に襲われるセイヤの瞳に映る光景は千切れた自分の右腕だ。


 断面からはドクドクと血液が流れ出る。あまりの痛みにのた打ち回るセイヤであるが、その痛みが腕のものなのか、両足のものなのかわからない。


 セイヤの声を合図に魔獣たちが一斉にセイヤの身体を食い千切り始めた。


 身体中の感覚がなくなっていく。


 全身がただただ熱い。


 痛いのか痛くないのかさえ分からなくなっていく。


 聞こえてくるのは肉を喰らう音だ。消えゆく意識の中でセイヤはバジルの言っていた意味を実感する。忠告通りレイリアに残っていれば良かったのかもしれない。


 それでも最愛の人のためにレイリアを飛び出したことに対する後悔はなかった。


 最期に浮かぶ人は最愛の人であるユアであった。 希望も絶望もない無の中でセイヤの意識は闇に落ちていく。


 こうして落ちこぼれ魔法師キリスナ・セイヤの人生は幕を閉じた。







 セイヤの心臓が止まった瞬間であった。


 何かが弾ける。


 そして誰かの声が木霊する。


「セイヤ……起きて……」


 どこか懐かしさを感じる声だ。


 その声は聞き慣れた声だというのに誰のものか思い出すことができない。

 エドワードやユアのものではない。もっと昔に聞いていた声だ。


 セイヤの魂が誰かの声に包み込まれていく。


 暖かい。


 死んでいるというのに感覚は残っていた。


「思い出すのよ。セイヤ」


 空っぽになった心が満たされていく。

 消えかけていたセイヤの魂が息を吹き返す。


「お願いセイヤ、私の、私たちの悲願を叶えて」


 魂の色が濃くなっていく。


「セイヤなら大丈夫。私たちの愛しい愛しいセイヤ」


 深海の底から一気に釣り上げられるようにしてセイヤの意識は覚醒した。


 何が起きたのかセイヤにはわからなかったが、確かなことはセイヤの四肢が元通りになっているということだけだ。周囲には魔獣の姿は無い。魔封石の手錠もザックの魔法も消えている。


 ただセイヤ一人だけが暗黒領に立っていた。以前よりも感覚が研ぎ澄まされている。


 頬を撫でる柔らかい風によってセイヤの意識は鮮明になっていった。まるで夢でも見ていたかのような心地であるが、地面に広がる赤い鮮血が現実であったことを物語っている。


 セイヤは一度死んでいる。


 そして生き返った。


 どういう理由で息を吹き返したのか理解はできない。


 それでも暗黒領に立っているという紛れもない事実がセイヤの足を動かした。


「ユア……」


 最愛の人を迎えに行く。


 それが今のセイヤがするべきことである。しかしセイヤの進路を妨害するように熊の姿をした魔獣が現れる。


 おそらくセイヤの血の臭いに釣られてやってきたのだろう。不毛な地である暗黒領では貴重な食糧であるから不思議なことではない。


 セイヤに向かって鋭い爪を構える魔獣が先程の狼の魔獣よりも凶悪である。群れを成すことで暮らす狼とは異なり、熊の魔獣は単体で生存している。


 その強さは狼とは比にならないだろう。


 だがセイヤに焦る様子はない。


 死地から返り咲く過程で新しい力を手に入れたからだ。いや、この場合は本来の力を取り戻したという方が適切であろう。


 失われた記憶の一部と共に取り戻した力をセイヤはさっそく行使する。

 

 その力は詠唱すらも必要としない。


 今にもセイヤに襲い掛かろうとする魔獣の足元に展開される紫の魔法陣はレイリアでは見ることのできない代物である。熊の魔獣を一瞥したセイヤが呟く。


「届かないよ」


 次の瞬間、地面から紫色の魔力が吹き上がると魔獣の姿が消える。


 泡沫のように跡形もなく消えた魔獣を見てセイヤが呟く。


「これが闇属性か」


 レイリア皇国に存在する魔法は君主の証である聖属性を除いて基本四属性に分類される。しかし、これはレイリアの常識であって世界の常識ではない。


 本来の魔法の基本属性は闇属性を含めた五つの属性で構成されるものであり、今のレイリアの魔法体系は不完全なものである。


 だがレイリアでは誰も闇属性について言及しない。


 なぜならレイリアでは闇属性は存在しない属性だからだ。一部の人間を除いてレイリア皇国に闇属性を知る者は存在しない。その歴史からも闇属性は抹消されている。


 闇属性の存在を知る者はいても、使えるものは存在しない。


 レイリアにおいて闇属性は最初から存在しない魔法とされている。


 それゆえに七賢人たち聖教会は闇属性を異端の力と定めている。


 闇属性はレイリアの安寧を損ねる脅威としているからだ。セイヤはレイリア皇国にて闇属性を使う唯一の魔法師であった。


 闇属性を取り戻したセイヤにとって暗黒領は恐れる地ではない。


 元来セイヤの才能はユアに並ぶほどのものである。ただ闇属性を忘れていたことで無意識に力を制限してしまっていたのだ。


 闇属性の特性は消滅である。


 あらゆる対象を消滅させる魔力を体内に持っていたセイヤが光属性の魔力を使おうとしても相反する属性のために魔力が衰退してしまったのだ。


 魔法師の魔力は液体であり器に入っていると例えられるが、セイヤの場合は先が極端に細いフラスコに入っているとされていた。しかし実際は先の細いフラスコではなく、蓋をされたビーカーである。


 これまで使えていた魔力は蓋から漏れ出した魔力にすぎない。


 セイヤの魔力適性は光属性と闇属性であり、保有する魔力量は常人と比べても遥かに多い。その魔力が自由に使えるようになったのだからセイヤは本来の力を発揮することができた。


 アンノーンとして落ちこぼれ魔法師の烙印を押されていたセイヤであるが、その原因である闇属性を支配下におけば強力な魔法師に様変わりする。


 セイヤは取り戻した力と共にダリス大峡谷を目指すため暗黒領を闊歩するのであった。


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