第17話 いざ暗黒領へ
ザックは馬と荷車を用意していた。
火属性の魔法で氷を溶かしてもらったセイヤが荷車に乗り込むと、ザックは急いで馬を走らせる。ここから一日もせずに最果ての壁に辿り着く算段だ。
道中、セイヤが尋ねる。
「どうして手助けをしてくれるの?」
セイヤはザックから恨まれはされど助けて貰えるような関係ではない。
だがザックの返答は意外なものであった。
「俺は雑魚が不相応な環境にいることが許せねぇ。以前は魔法もロクに使えない奴が魔法学園にいることが耐えられなかったが、てめぇはあの女と出会って変わった。それだけだ」
ザックはそういって口を閉ざした。
けれどもセイヤはザックに認められたような気がして嬉しかった。
セイヤの変化にザックたちは気づいていたのだ。良くも悪くも長年セイヤのことを気にしていたのだから当然といえば当然なのかもしれない。
もしかすればザックたちと良好な関係を築けるのではないかと考えるセイヤであった。
途中に休憩を挟みながらも馬を走らせて一日が経とうとしていた。馬を操作するザックが荷台にいるセイヤに話しかける。
「そろそろ関所だ。これを付けろ」
ザックから手渡されたものは石でできた手錠であった。
セイヤは手錠を受け取ると、すぐにそれが何かを察する。
「魔封石の手錠?」
魔封石とは名の通り魔を封じる石である。産出量が極めて少ないことから稀少とされる鉱石であるが、その効果は装着者の魔力回路を機能不全にするものである。
そのためレイリアでは魔法師の犯罪者に使うための手錠として加工されることがほとんどである。
「関所は魔力感知がある。許可証で出られるのは俺だけだから、てめぇはそれを着けて荷物に紛れていろ」
関所では魔獣の侵入を防ぐために魔力感知装置が置いてあり、このまま行けば荷台にいるセイヤの存在が知られてしまう。そこでザックは魔封石でセイヤを一時的に非魔法師にすることで警備の目をくぐり抜けようとしたのだ。
「わかったよ。ありがとう、ザックくん」
セイヤは言われた通りに手錠を嵌めると荷物の中で息を潜ませる。
そしてセイヤは無事に暗黒領に出ることができるのであった。
関所と思われる場所を突破してから半日が経とうとしていた頃である。
順調に進んでいた馬が歩みを止めた。
「もういいぞ」
荷台の中で息をひそめていたセイヤはザックの呼びかけに答えるように身体を持ち上げると外に出る。
「ここが暗黒領……」
セイヤの瞳に映る光景は一面の荒野であった。赤茶色の岩々が広がり、植物の気配すら感じることのない、何もない土地である。
遠くからは魔獣の鳴き声らしきものが聞こえてくるが視認することはできない。暗黒領は無と評するのにふさわしい土地であった。
「凄い……本当に来ちゃったんだ……」
思わず荷台から降りるセイヤは一面に広がる荒野に言葉を失う。
知識として知っていても自分の目で見る光景は別物である。
あまりの雄大さに面くらうセイヤに向かってザックが言い放つ。
「捕縛せよ。《火縄》」
「…………えっ?」
背後から襲ってきた突然の衝撃でセイヤは思わずバランスを崩してしまう。
慌てて足を前に出して身体を支えようとしたが、足が前に出ずにセイヤは倒れ込んでしまう。足元を見ると、そこには赤い縄が巻かれている。
思わず手を伸ばすセイヤであったが、次の瞬間セイヤの両足に激痛が走る。まるで炎に焼かれるかのような激痛に襲われ、セイヤは悲鳴を上げてしまう。
火属性初級魔法の《火縄》は主に対象を捕縛する魔法であり、対象が動こうとすれば業火に焼かれる思いをする魔法だ。
問題はこの魔法が対人用に作られていないということである。この魔法の対象は魔獣をはじめとした人外であり、言葉の通じない相手を痛みで支配する魔法である。
それゆえに激痛に襲われることは不思議ではなかった。
「ザックくん……どうして……」
首だけを動かして振り返ったセイヤはザックの表情を見て戦慄する。
「邪魔だからだよ。てめぇみてえなセナビアの面汚しがいると、こっちまで精神を病んじまう」
倒れたセイヤを見下すようにザックが答える。
「ずっと考えてたんだ。どうやったらアンノーンという存在をレイリアから排除できるのか。だが、てめぇは学園長の肝煎で簡単に排除ができなかったから自主退学を促してやった」
これこそがセイヤに対する制裁を加えていた理由である。
「俺はよ、てめぇみたいな何も知らない雑魚がのさばる学園が許せなかったんだ。なのに、てめぇは辞めるどころか特級魔法師一族なんかと関係を持ち、あまつさえ俺らに牙を向いた」
それはザックの身勝手な主張である。
「だから全部なくすことにした。あの女も、てめぇもな」
「じゃあユアは……」
「そうだよ。俺がアンノーンはダリス大峡谷に向かったと言ったら血相変えて追いかけていったぜ。今頃は魔獣に食い散らかされてるんだろうな」
嬉々として語るザックを見てセイヤは唇を噛む。
「それで次はお前だ。あの女をノコノコ追いかけて暗黒領まで来るんだから傑作だよな」
「もしかして最初から……」
「そうだよ! てめぇらを暗黒領に処分すれば俺の安息の学園生活は戻るんだ!」
魔法師は弱肉強食の世界だが人を手にかけることは許されていない。そのためザックは自らで手を下さずにセイヤたちを退場させる方法を考えた。
それが暗黒領である。
誰も近づかない暗黒領では死んでも人に見つけてもらえる可能性は低い。仮に発見されたとしても死因を調べることは損傷が激しいことが多いため不可能だ。
暗黒領は人間ではなく魔獣のテリトリーであり、人間の目が及ばない未開拓地域である。誰にも見つからずに処理をするのにこれ以上適した場所はない。
「そんな……」
「安心しろ、俺は直接手を下さない。てめぇの息の根を止めるのは魔獣の仕事だ」
ザックはそう言い残すと馬へと戻っていく。
その背中にセイヤは必死に呼びかけた。
「う、嘘だよね! なんかの悪戯だよね!」
ザックを呼び止めるために声を張り上げるセイヤは焦っている。
腕には魔封石の手錠が嵌められ、足元は魔法によって動けない。このような状況で暗黒領に放置をされれば死は免れない。
セイヤは懸命にザックを呼び止めようとするが、ザックは構わずに手綱を握る。
「あ、謝るから! 調子の乗ってごめん! 僕はアンノーンだから!」
生き残るために慈悲を求めるセイヤをザックは一瞥すると馬を走らせる。セイヤは小さくなっていくザックの姿に最後まで訴え続けたが、ついにザックが振り返ることはなかった。
そして背後に大きな影が現れる。




