第16話 級友
どのくらいの時間が経っただろうか。
地上を照らす太陽は地平線に向かって傾いており、既にかなりの時間が経ったのではないかとセイヤは考える。
十三使徒バジルによって足元を氷で封じられたセイヤは動くことができない。長時間に渡って氷漬けにされているというのに足元に冷たさを感じない理由は十三使徒の魔法だからか。
街外れだということもあって通行人は一人も通っていない。もしかすると聖教会が周囲を閉鎖しているのかもしれない。
そのようなことを考えながらセイヤは空を見上げる。
一羽の鳥が赤く染まりかけた空を自由に飛んでいる。
「僕は結局アンノーンなのかな……」
空を縦横無尽に羽ばたき続ける鳥を見ながらセイヤは考えてしまう。
ユアと出会い、夢を見つけたセイヤは走り出した。自分だけにしかできないことを求めて努力を続けた。その努力は実力という結果として現れていた。
これは紛れもない事実である。
アンノーンと呼ばれた自分が大切な人を守れる魔法師になれるような気がした。心のどこかで自分は変わったと思えるようになった。だからセイヤは十三使徒に同行を求めた。
しかしセイヤの実力は十三使徒からすれば取るに足らないほどであった。十三使徒を前にセイヤは何もすることができなかったのだ。自らの無力さを嘆くセイヤは拳を握り締める。
「どうして僕は……」
悔しさのあまり唇を噛むセイヤの肩が震える。
力を付けたと思っても十三使徒の前では無力同然である。普段のセイヤであれば、もっと努力しなければいけないと前を向けたかもしれない。
しかし心の支えであり、目標のための道標であったユアは傍にいない。バジルが無事に連れて帰って来られるのかもわからない。心の中で不安が膨らむ。
ユアがいなくなってしまった未来を考えてしまい、大粒の涙が頬を滴る。
「弱い自分が悔しいよ……どうして僕はアンノーンなの……」
人気のない閑散とした広場に木霊するセイヤの声。
「随分と無様になったじゃねーか、アンノーン」
セイヤの声に応えるように姿を現した人影にセイヤは驚きの声をあげた。
「ザックくん!?」
そこにいたのはセイヤのクラスメイトであるザックであった。だが彼の背後には常に一緒にいるホアたちの姿は無い。
「てめぇはここで何をしている?」
ザックの言葉がセイヤの胸に刺さる。
「こんなところで油を売ってる余裕があんのかって聞いてんだよ」
その口振りから察するにザックもユアがダリス大峡谷に向かったことを知っているようだ。その上でセイヤに問うているのだ。
「…………僕は」
本心を言えばユアを助けに暗黒領へ行きたい。
しかしセイヤの実力ではユアの下へは辿り着けない。
そもそも暗黒領に出ることさえ許されないだろう。
「あの女がいなきゃ、てめぇは昔のままだな。アンノーン」
舌打ちをしたザックがセイヤに近づくと一枚の書類を見せつける。
「緊急許可証……?」
ザックが持ち出した書類は許可証であった。堅苦しい文言が書かれた書類だが、セイヤの視線は吸い込まれるように最後の一文へと向けられる。
「これって……」
それは暗黒領への出国を許可する書類であった。
「でも、どうして……」
ザックの手にする許可証は今のセイヤにとって喉から手が出るほど欲しいものである。何故ザックがそのようなものを手にしているのかセイヤには理解ができなかった。
「これくらい中級魔法師一族でも用意はできる。それに俺の家は流通関係に強いから十三使徒に追加物資を届ける名目で」
長々と許可証を発行できた理由を語るザックであるが、セイヤが聞きたいことはそっちではない。どうしてザックがわざわざ暗黒領に行くための許可証を用意したかである。
ザックにしてみればユアを迎えに行く理由がない。むしろ損害のみしか残らないだろう。
それだというのにザックは何故……。
セイヤはユアがダリス大峡谷に向かった理由を知らない。しかしザックにはその理由がわかっていた。だからこれは贖罪である。
ザックがセイヤを睨みつける。
「腹を決めろ、アンノーン。行くのか、行かないのか」
「僕は……」
自らの思いを口にしようとした刹那、バジルの言葉が脳裏を過って言葉に詰まる。
今の自分が暗黒領に向かったところで直ぐに死んでしまう。それならばバジルがユアを連れて帰ってくることを待った方が建設的ではないだろうか。
セイヤの迷う姿を見てザックが舌打ちをする。
「結局てめぇはアンノーンのままみてぇだな」
ザックが踵を返す様を見てセイヤは思わず反論したくなった。
「僕だって行きたいよ! でも、今の僕じゃ力不足なんだ!」
「それがどうした」
「え?」
「あの女はそんなこと微塵も考えずに行ったんじゃないのか」
「…………」
セイヤはユアがダリス大峡谷に向かった理由を知らない。それでもザックの言いたいことは理解できる。
もしユアが自分の立場だったならば暗黒領に出ることを迷いはしないだろう。ユアが上級魔法師だから、特級魔法師一族だから、そんな理由でユアは暗黒領にはいかない。
きっとセイヤがいるから迎えに行くために出国するに違いない。ユアにしてみればセイヤが居るだけで理由は十分だった。
大好きな気持ちがあれば自然と決心はできる。
「ありがとう、ザックくん」
暗黒領に向かう理由など単純でいい。
ユアに会いたい。
その気持ちだけでセイヤが国を出る理由には十分だ。
迷う必要なんてない。迷うくらいなら行動に移せばいい。
それで死んでしまっても後悔はない。最愛の人のために死ねるなら本望である。
「僕もダリス大峡谷に行くよ」
セイヤは覚悟を決める。




