第14話 喪失
セイヤの耳にユアの話が届いたのは翌日の事であった。
久方ぶりの再会で話に花を咲かせたセイヤはエドワードの家に泊まり、アルーニャ家には外泊の連絡をしていた。セイヤからの連絡を受けたアルーニャ家の使用人たちは、当然ユアもセイヤと一緒にいるものだと考え、ユアが帰宅しないことに疑問を抱かなかった。
結果的にアルーニャ家がユアの行方を把握したのが翌日となってしまったのだ。
エドワードの家から登校するとセイヤは面談という名目で担任のラミアに呼び出された。そしてセイヤの姿は学園の応接室にある。
周囲には魔法による結界が張られており、部屋の中での会話を盗み聞くことはできない。厳重な警備体制を見てセイヤが息を飲む。
ラミアはセイヤの正面に腰を下ろすと鋭い視線をセイヤに向けた。
「単刀直入に問う。お前たちの目的は何だ」
「目的ですか?」
質問の意図を理解できなかったセイヤが思わず尋ね返す。
「この学園でアンノーンと蔑まれる全てを失った魔法師と、それに執着する特級魔法師一族。これまでは見逃してきたが、今回ばかりはそういう訳にもいかない」
ラミアの口調は穏やかなものではない。
面談と称したラミアであるが、これでは完全に尋問である。
「先生、おっしゃっている意味が……」
「それならば聞き方を変えよう。昨夜、教会を通じてユア・アルーニャが暗黒領に出国したという連絡がきた」
「ユアが暗黒領にですか!?」
セイヤが言下に目の前のテーブルから乗り出す。
その反応を見てラミアが話をつづけた。
「行先は把握できていないが、方角から鑑みるにダリス大峡谷が有力だというのが教会側の推測だ。その上で教会から学園側に意図を尋ねる連絡が来ている」
教会とはレイリア皇国ウィンディスタン地方を管理する地方行政機関の呼称である。正確にはウィンディスタン地方教会と呼ばれ、レイリア皇国の各地方にそれぞれの教会が設置されている。
各地方のトップである教会は担当地域の治安維持のために活動しており、特に暗黒領関連の問題には敏感であった。そのためユアが暗黒領に向かった真意を学園側に尋ねたが、これは事前連絡もせずに生徒を暗黒領に送り出した学園側に対する実質的な抗議である。
しかし学園側もユアの行動については把握していなかった。そこで学園はセイヤに尋問を試みたものの、常時行動お供にしているセイヤもユアの行動について把握していなかった。
「先生、どうしてユアがダリス大峡谷なんかに?」
「お前は何も知らないのか?」
セイヤに嘘を言っている素振りはない。
秘かに熱感知の魔法を使っていたラミアはセイヤが嘘をついていないことに驚きを隠せなかった。
「そもそもユアはどうして出国できたんですか? 関所の警備は厳しいはずです」
「上級魔法師としての権利を行使したそうだ。名目は魔獣の処理」
一般人が暗黒領に出るためには壁に設けられた関所を通る必要があるが、壁の外に出ることは許されていない。事前に長い月日を経て厳しい審査を通過した者たちだけが出国を許可されるのだが、それでも出国できる人間の数は一月に数えるほどである。
しかし上級魔法師以上には緊急性の高い時に限って出国が許される。今回のユアは壁の外に脅威があるという理由で出国をしていた。
「だが実際に魔獣の姿は観測されていない。教会側はユア・アルーニャが国外に別の目的を持って出国したと考えている」
「そんな……」
突然のユアの行動に言葉を失うセイヤは再び大切な存在を失ってしまうのかという恐怖に襲われる。
「ユア・アルーニャは上級魔法師である前に特級魔法師一族だ。教会側はこの一件を重く捉えてアクエリスタン地方教会と連携して対処することが既に決まっている」
アクエリスタンにはユアの実家であるアルーニャ家がある。
そして、そこにはこの国で十二人しかいない特級魔法師ライガー・アルーニャがいる。
教会側は特級魔法師一族が謀反を企てているのではないかと疑っていた。
ユアに会いたいという思いからセイヤが口を開く。
「先生、僕は……」
何ができるかと聞いたセイヤに対してラミアは何もするなと返す。
「今回の一件について学園は手出しはできない。それに教会だけではない」
「それって……」
「本件は既に聖教会の管轄下にあり、聖教会は暗黒領に十三使徒の派遣を決定している」
ラミアの話を聞いたセイヤは何も返すことができなかった。
「任務で近くを訪れていた十三使徒が早ければ昼にでも暗黒領へ出立する。我々にできることは黙って帰りを待つことだけだ」
その後、余計なことをするなと釘を刺されてセイヤは解放された。しかしユアを失ったセイヤは茫然として教室へは戻らない。
全てを失ったセイヤにとってユアは全てであった。自らの存在を肯定し、自分のことを自分以上に愛してくれるユア。
セイヤはそんなユアの思いに応えるために強さを求めた。だが、そのユアはもういない。
ユアがないないなら教室に戻る意味がなかった。
放心状態のセイヤは荷物も持たずに街へと繰り出す。行き場もなく、ただ歩き続けるセイヤを行き交う人々は不思議そうに見つめていた。
心にポッカリと穴が空き、生きる意味が見出せなくなってしまった。
満ちていた心から何かが流れ出していく。
空虚になった心に残る感情は多くの虚しさと僅かな後悔。
もし自分が昨日ユアと一緒にいたらならば、結果は変わっていたのかもしれない。
時間が経つにつれて後悔が大きくなっていく。
しかしそれ以上にセイヤを苦しめるものは無力感である。
今の自分ではこの状況を変えることができない。
ふと浮かび上がる思いがセイヤの心を擦り減らしていく。
「ここは……」
何も考えず歩き続けたセイヤが辿り着いた場所はアルーニャ家の別邸であった。
今でこそ慣れてきた家であるが、居候を始めたころは常に緊張をしていた家だ。
なにせ相手は特級魔法師の一人娘にして上級魔法師であるのだから。
だが、そんな家も今のセイヤにとってみれば居心地の良い場所であった。
気づけばセイヤの心はユアでいっぱいだった。
「ユア……」
思わず思い人の名前を口にするセイヤ。
儚い表情を浮かべながら見つめる家にはもうユアの姿がない。
一か月半しかなかったが様々な思い出が走馬灯のようにセイヤの脳内を駆け巡る。
辛い、苦しい、寂しい、数多の感情が連々として湧き上がる。
留まることなく流れ続ける負の感情に押し潰されそうになるセイヤであるが、何かが流れに逆らうようにして起き上がる。それはユアと出会ってセイヤが初めて抱いた思いだ。
セイヤの脳裏にエドワードの変わったという言葉が浮かび上がる。
そしてユアとの約束を思い出すセイヤ。
「そうだ、僕が守らなきゃ……」
大切な人を守りたい。それはセイヤが初めて抱いた思いであり、セイヤを変えた強い覚悟だ。空を見上げると、セイヤは走り出した。




