第12話 最期
学園を飛び出したセイヤは街を駆けた。
道行く人々が何事かと振り返るがセイヤは構わずに足を動かす。脳裏に過る最悪の結末がセイヤの心を急がせる。
ただの過労だと聞いていたセイヤは心のどこかで慢心していた。少しの間、自分のことを忘れてもらえれば回復すると信じていた。本心では毎日のように顔を出したかったが、それが逆にエドワードの重荷になるかもしれないと控えていた。
だから一ヶ月以上も顔を合わせてはいない。
自分が離れることが一番の薬になると信じていたからだ。
まだ話したいことがたくさんある。伝えたい言葉がいっぱいある。学園から全力疾走を続けるセイヤの肺が悲鳴を上げている。
だがセイヤは構わずに走り続けた。光属性の魔力で脚力を上げている影響から筋肉が限界だと叫ぶ。
それでもセイヤは魔力を流し続ける。たとえ自らの肉体が壊れようとも伝えなくてはならない言葉がたくさんあるからだ。
エドワードはセイヤにとって父親のような存在である。記憶を失ったセイヤに無償の愛を与えてくれた恩人である。彼の手を取った時からエドワードは憧れの存在であり、なりたい自分の姿であった。
そんな大切な人の最期に立ち会えなかったらセイヤは一生後悔するだろう。
口が乾く。肺が痛い。足の感覚はない。ゼェゼェと荒い息を上げながらセイヤはエドワードの家に辿り着く。
春まで生活をしていたエドワードの家は何も変わっていない。住み慣れた家の扉を開き、セイヤはエドワードの部屋まで駆け抜ける。そして部屋の扉に手をかけるとノックもせずに開けた。
「先生!」
部屋の中には突然のセイヤの来訪に驚くエドワードの姿があった。
エドワードは自分のベッド上で壁に背を預けながら本を読んでいた最中のようで、持っていた本に栞を挟むと柔和な顔でセイヤを出迎える。
「そんなに慌ててどうしたんだい?」
エドワードの顔色はお世辞にも良いものとは言えなかったが、それでもしっかりとした口調でセイヤに尋ねた。
乱れた息をゆっくりと落ち着けながらセイヤは不安そうに聞き返す。
「先生が倒れたと聞いて……」
セイヤの言葉を聞いて僅かに驚きの表情を見せたエドワードが微笑みながら答える。
「なに、軽い貧血だ。周りが少し騒ぎすぎただけさ」
「本当ですか?」
セイヤから見てもエドワードの顔色は良くない。
エドワードが倒れた一か月半前と比べれば元気になっているのは確かである。
それでも健康の時と比べてしまえば十分な病人である。
不安そうに見つめるセイヤを安心させようとエドワードが親指を立てた。
「もう大丈夫だ。あと二か月もすれば学園に戻れる」
その言葉は真実であった。
エドワードは医者から二か月後には復帰できると言われている。だが二か月という言葉にセイヤは俯く。つまり今のエドワードは本調子ではないからだ。
「先生、僕は……」
「おっと、それ以上の言葉は聞きたくないな。私が倒れた原因は私自身にあり、決してセイヤのせいではない」
それは落ち込むセイヤに対してエドワードが何度もかけた言葉である。
エドワードが倒れた直接的な要因は過労である。その点については否定できない。けれども過労の原因についてエドワードは自分の管理不足だとしている。
その気遣いがセイヤの罪悪感を苛む。自らを責め続けるセイヤを見てエドワードが嘆息する。
「セイヤ、何度も言うが君は少々自分を責めすぎる傾向がある。君はまだ子供であって大人である私に迷惑をかけることは当然なんだ」
「でも……」
「親子なら当然のことだ。それとも私はセイヤの父親ではないと?」
「それは……」
セイヤはエドワードのことを実の父親のように慕っている。
だからこそ今回の一件には大きな責任を感じてしまった。
セイヤの曇った表情を見てエドワードが諦めたように話題を変える。
「この話はもうよそう。それよりも学園はどうだい?」
「順調です。新しい戦い方もコツを掴んできたし」
「やはりな」
セイヤを見たエドワードが頷く。
「セイヤは少し変わったな」
「そうですか?」
「ああ。以前に比べて余裕が生まれている」
「…………そうかもしれませんね」
自らの変化を言い当てられて驚いた表情を浮かべたセイヤだが、すぐに笑みを浮かべながら答える。
「何か心境の変化でもあったかい」
「そうかもしれません。先生には申し訳ないですが、僕は先生みたいな強い魔法師にはなれそうにありません」
「別に私も自分が強いとは思ってないさ」
「それでも先生は僕にとって憧れの存在です」
全てを失った自分に手を差し伸べてくれたエドワードはセイヤにとってのヒーローだ。
それは今でも変わらない。だがセイヤの目標とする存在は大きく変わった。
「僕じゃ先生みたいな強くてカッコイイ魔法師にはなれません。でも大切な人を守れる魔法師にはなりたいです」
真っすぐとしたセイヤの瞳を見てエドワードが微笑みながら頷く。
セイヤの表情はエドワードが見てきた五年間の中で最も晴れていた。
そのことがエドワードには嬉しかった。
「守りたいと思える存在が見つかったのかい」
「はい。とても大切な人です」
「そっか。ぜひ会ってみたい」
「もちろんです」
笑みを浮かべるセイヤの姿にはエドワードのよく知る弱いセイヤはもういない。
周りに怯えながら小さく生きようとしていたセイヤはもういない。
いつの間にか成長した我が子にエドワードは思わず涙を流す。
「先生?」
「子供の成長は親の予想を超えるという話は本当のようだ」
エドワードは右手で涙を拭う。
「もし良かったらその人の話を聞かせてはくれないか」
「はい」
元気よく答えたセイヤはベッド脇に置かれた椅子に腰を下ろすとユアについて話し始めた。二人の会話は夜が更けるまで続くのであった。
セイヤがエドワードと話をしている頃、セナビア魔法学園では不穏な空気が流れていた。先ほどまでセイヤがいた教室にはザックたちの姿がある。
まだ授業中だというのにザックたちは構わず一足先に教室へ戻っていた。そしてザックの首元に細剣ユリエルを突き立てるユアの姿もあった。
「セイヤはどこ……」
ザックのことを鋭い眼差しで睨みつけるユアの剣幕にホアたちが息を飲む。
鬼気迫るユアの表情にはザックも気圧されている。
「な、なんのことだよ」
「とぼけても無駄……セイヤが走っていく姿を見た……」
待機室になかなか姿を表さないセイヤを心配に思ったユアは一度教室へ戻ろうとした。その際に必死にどこかへ走っていくセイヤの姿を窓から見つけたユアは、すぐにセイヤのことを追いかけようとした。しかし教室からしてきたザックたちの声を聞いて行き先を尋ねることにしたのだ。
「あいつが何処に行くかなんて知るかよ。それよりもこんなことをしていいのか」
教室でクラスメイトに向かって刃物を向ける行為は問題である。
もし教職員に見つかれば説教どころでは済まないだろう。
「その時は制裁という……」
制裁制度は階級の高い家が低い家に対して権威を示す行為だ。中級魔法師一族であるザックに対して特級魔法師一族であるユアが制裁を課すことに制度上の問題はないというのがユアの主張である。
しかしザックが反論する。
「何か勘違いしているようだが、お前はウィンディスタンの人間じゃない。よって制裁の権限は持たない」
制裁制度はウィンディスタン地方の慣習であり、その適用範囲もウィンディスタン地方の魔法師一族にしか及ばない。ユアはセナビア魔法学園に通ってはいるものの、ユアの家であるアルーニャ家はアクエリスタン地方にある一族で制裁制度の対象には含まれない。
つまりユアの行為は完全な暴力行為である。
「そう……なら実力で黙らせる……」
制裁制度が使えないならば自力で教師陣を抑え込むというユアの宣言にザックたちは耳を疑う。留学生であるユアが教師陣に手を加えればセナビア魔法学園だけの問題には留まらない。
最悪の場合は魔法学園がアルーニャ家と事を構えることとなる。
弱肉強食が常識の魔法界において魔法学園を相手にするということは自滅行為だ。魔法学園の職員にはそれぞれの一族があり、その一族までもが参加をすれば普通の一族に勝ち目はないからである。
しかしユアの一族は特級魔法師一族である。仮に争いが起きたならば内戦に発展しかねない。ユアはその可能性を承知の上でザックにユリエルを向けていた。
「てめぇ、国を相手にするつもりか……?」
「セイヤのためなら厭わない……」
「狂人め」
迷うことなく発せられたユアの言葉にザックは畏怖する。
向けられる殺気もさることながら、セイヤを思うユアの気持ちは異常である。一体なにが彼女をここまでセイヤに執着させるのかザックには理解ができない。
「答えないなら首を斬る……」
明確な殺意の向けられたザックが息を飲む。これまでは狩る側であった彼が初めて狩られる側に立った瞬間でもある。
「どうしてそこまでアンノーンに執着する」
「セイヤは私の全て……セイヤのいない世界はいらない……」
剣先がザックの喉元に触れる。それを見たホアたちが後退りした。
ザックは確信する。目の前の少女は思い人のためならば平気で人も殺す異常者であり、自分が選択を誤れば平気で首を飛ばすだろうと。
「ちっ、わかったよ。俺らは奴にダリス大峡谷には水の妖精がいると教えてやっただけだ」
ザックの言葉を聞いてユアが目を見開く。
「そう……」
しかしすぐに状況を察したのか、ユリエルを下ろす。
死の恐怖から解放されたザックが息を吐く。
ユアは構わずに教室を後にした。




