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退魔騙り(八)。

 消火器を取り落した。

 呆然と、自分の胸に手を当てる。


 心臓が、動いていた。


 ――結論から言うと、当たらなかった。


「び、ビビったぁー……」


 最後の余力を振り絞ったのだろう。既に一本腕は拳銃を手放し、動かなくなっている。

 死んだフリ(?)ではないかと消化器で何度か殴りつけてみたけど、やはり動く様子は無い。


 ……まあ、私だって『紡ぎ(gazgiz)』という同系統の呪術が使えるから、媒体をどれだけ破壊すれば動かなくなるかはわかってはいたんだけど。わずかに破壊が甘かったみたいだ。おかげで反撃された。

 相手が同じまじないを使ってきたから一目で対策を立てられたとはいえ、ちょっと難しく作戦を考えすぎた気も――いや、もう終わったことか。


 結果良ければ全て良し。

 勝ったんだ、私は。


「こうして実際に見ると雑魚じゃん。ビビってたの馬鹿みたい」


 そしてこの素早い手の平返し。わあ、私ってばいい性格してる。

 とりあえず黒葉ちゃんを呼んだ。


「お姉さん、大丈夫ですか!?」

「大丈夫大丈夫。いやあちょっと銃なんて持ち出されたからテンパっちゃったけど、まあね、お姉さんが本気出せばこんなもんっていうか、ね」

「声震えてるじゃないですか!」


 は? 震えてないし。ちょっと怖くて喉枯れちゃっただけだし。


 そんな私に、駆け寄ってきた黒葉ちゃんはひしとしがみつく。

 私を握る手は少し震えていた。伏せた顔から、雫が一滴床に落ちる。


「……ごめんね、一人にして。怖かったね」

「大丈夫です。お姉さんの方こそ、危なかったのに、命がけで……」

「それほどでもないよ。お姉さんなんていつ死んでも平気だから」

「なんでそういうこと言うんですか! 怒りますよ!」

「ごめんなさい」


 素直に謝った。私が悪かったから怒らないで。黒葉ちゃんに見放されたらお姉さんの方こそ泣いちゃう。


「だって、お姉さんすごい退魔師ですもん。死んじゃダメです」

「……そうかな」

「そうです! 強くて、格好良くて、素敵でした!」


 黒葉ちゃんは涙目になって、半分怒ったような声だったけど、本気でそう言っていた。それが分かった。

 私はただのニートで、趣味で悪霊狩りをやってるだけのアマチュアだけど、この子にそう言われると――ちょっと、自信が持てる気がした。


 黒葉ちゃんを抱きしめ返して、とんとんと背中を叩いた。

 もう何も怖くないと、安心させるように。

 強くて格好良くて素敵なお姉さんみたいに。


「とりあえず、一旦デパートの外に出よう。腕は壊したけど、まだ本体が残ってるはずだから。今の所こっちに手出しをする様子は無いみたいだけど……」

「そう、ですね……。もうちょっとで裏刀宗の人が迎えに来てくれるので、その人と一緒に帰りましょう。お姉さんも一緒に――」

「いや、私はナイフ取りに戻らないと。映画館の監視カメラに刺さったままだし」


 私たちは一階へと降りながらそんな会話を交わす。

 あのナイフはホームセンターで買った安物だけど、それなりに大事なやつなのだ。

 というか監視カメラ壊したのって、器物損壊罪にならないよね? 裏刀宗の人がなんやかんや上手いことやってくれるはずだよね? 頼みましたからね、プロの皆さん!


「あ、危ないですよ、"一本腕"がまだ残ってるはずなのに」

「――でも、本当に"一本腕"なんているのかな?」


 私はそう言った。


「この事件を起こしたのがそんな、日本中に名を知らしめるような強大な力を持つ悪霊だってのが変だよ。デパート内の人払いをしたのは、騒ぎになって退魔師に見つかることを恐れたからじゃないのかな。力はそれなりに強力なのに、やり方が小者臭い気がする」

「そうですか……?」


 黒葉ちゃんはピンと来ていない様子だった。

 別に私だって確証があって言っているわけじゃない。ひとまずの脅威を撃退出来たことで私も調子に乗っているのかもしれない。


 でも、そもそもの"一本腕"の都市伝説からしてどうにも不自然だ。


 あの話自体、知名度に対していまいち怖さが足りない。もしかすると、あの話自体が真実を覆い隠すためのフェイクという可能性もある。……それか、最初は別のものを語っていたのに、いつの間にか変質してしまったか。

 とにかく、力と性質のギャップが大き過ぎる。本体は大したことがないのに、能力だけは強いというか……。


 そんな風に考えながら、デパートの一階に降りると、エントランスの方から人の走り寄る音が聞こえてきた。


「黒葉お嬢様、ご無事ですか!?」


 お嬢様……。え、お嬢様なんだ、黒葉ちゃん……。


 息を切らしながら駆け寄ってきたのは、法衣を纏った背の高い男性だった。

 ハッとするぐらい顔が良い。率直に言って美青年だった。テレビに出ても目立ちそう。

 背中には錫杖を吊っていて、右腕の袖は中身が無くだらりと垂れている。


 黒葉ちゃんから事前に聞いていた特徴と一致した。確か、裏刀宗の岐領ぎりょうって人だ。

 優秀な退魔師だけど、昔、"一本腕"に右腕を奪われてしまったらしい。黒葉ちゃん自身は直接会話したことがあまり無いけれど、お父さんの傍で部下として行動しているのを何度も見ているそうだ。


 私は一言挨拶しようと前に出た。緊張する。


「あ、あの、私は――」

「――申し訳有りません。我々の事情に退()()()()()()()()を巻き込みました。申し訳有りませんが、今は急いでいるので後ほど使いの者を寄越します」


 そう言って、岐領さんは腕で抱え込むように黒葉ちゃんを私から引き離した。


 一瞬、呆気にとられた。


 振り返ること無く彼は黒葉ちゃんを連れてエントランスへと歩いていく。

 黒葉ちゃんは慌てたように説明する。


「ち、違います岐領さん! お姉さんは、片霧さんはちゃんとした退魔師です!」

「……? いえ、黒葉お嬢様。()()()()退()()()()()()()()()()()。"一本腕"を刺激しないよう、本職の霊能力者は■■市に立ち入ってはならないという取り決めがあるのです」


 ――視界が揺らいだ。心臓が、心が締め付けられる気がした。


「……え。で、でも」

「確か、片霧(はじめ)さんでしたか。四鍔野様……黒葉様の父上が昔助けた方ですね。私も何度かお話したことがあります。あの人の娘は上京したと聞いていますが……」


 思わず彼の言葉を留めようとする。

 けれど、私の喉を思うように動かなくて、私にとってどうしようもなく決定的な、他の誰かにとってはどうでもいいのだろう一言を、あっさりと許してしまう。


「ああ――そう言えば、次女の方はもう十年近く引きこもりをしているとも聞きましたね。では、そちらの方ですか」

「――――」


 目の前が真っ暗になる。

 違う、と咄嗟に言おうとしたはずなのに、声は何も出なかった。


「このデパートの【裏側】化に巻き込まれたということは、多少の霊感はあるのでしょう。不運でしたね。お嬢様をしばらくの間保護してくださったのには感謝いたしますが……もう下手に霊能の世界に首を突っ込むのはよした方がいい」

「ち、ちが」


 やっと声が出た。でも、もう遅すぎた。

 なんで。本物プロからしたら大したことないのかもしれないけど、私だって命がけで、命がけの、つもりで、頑張ったのに。


 縋るように黒葉ちゃんを見る。

 けど、彼女の青い瞳に映る色は、私への尊敬から、別のものに移り変わっていって。私は思わず、引き戻すように手を伸ばして――


「お嬢様に手を触れないでいただきたい」


 ――閃光が舞った。

 岐領さんが左腕を振り払ったのだと、それはわかった。寸前で立ち止まってかわした。

 けど、袖の内側から飛び出した光は避けられなかった。凄まじい霊力。咄嗟に防御はしたけれど、到底素手で抑えきれるようなものじゃなかった。


 何も出来ず――何も出来ずに、私は吹き飛ばされた。身体が浮いて、落下。床を転がる。


「づっ……!」


 全身が痺れる。「しまった」と、岐領さんが狼狽うろたえた表情を見せた。

 まるで、「軽く振り払おうとしただけなのに、少し力を入れすぎてしまった」というような、そんな顔。

 最初から私とは別の位置に立っているのだと、そう分かってしまうような力量差。


「……やり過ぎました。無事ですか?」


 神聖な霊力を纏う左腕を袖で隠し、岐領さんがこちらを心配する。


 それが、どうしようもなく惨めだった。

 私なんて、退魔師でもなんでもない、ただのニートの、落ちこぼれだって、突きつけられるみたいで。


 ふらふらと、立ち上がる。

 岐領さんが驚いたように少し目を見開く。黒葉ちゃんは私と岐領さんを何度か見比べて、怖がるように表情を強ばらせている。


「……。ごめん、なさい」

「お、お姉さん――」

「私、別に、退魔師じゃ、ないんだ」


 自分から、そう言った。


「趣味で、悪霊狩りをやってるだけで……。お金もらって仕事したりとかそんな、立派なこと全然してなくて、適当な木っ端霊狩って、喜んでるだけの、普通の、普通以下の人で」


 声は途中から涙声だった。


「だからそんな、本当は、黒葉ちゃんが憧れるような、そんなお姉さんじゃ、ない、から……」

「ち、違います! お姉さんは、そんな」


 その言葉が一番耐えきれなかった。

 踵を返して、私はその場から逃げるように立ち去った。



「…………」


 気づくと、いつの間にか私は家に帰っていた。

 窓の外はもう完全に暗くなっていて、時計の針は十九時を刺している。

 それほど大した運動をしたわけじゃないのに、体は疲れ切っていた。


「あ……」


 手に、ナイフが握られている。


「意味も、ないのに……」


 ゴミ箱の中に放り捨てた。

 「あれで手首でも切った方が良かったかな」と思ったけど、もう拾い直すのも面倒臭かった。

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