退魔語り(始)。/"Prologue to Terrors END".
「お母さん。私、今日から悪霊退治で食べてくことにする」
「ごめんなさい、セツナ。あなたに女子中学生の世話は荷が重すぎたのね」
と、後日旅行から帰ってきた母親に言ったところ、真面目に頭の調子を心配された。まあ普通に考えたらそうなる。逆の立場だったら私だってそうする。
喧々囂々とした説得大会が続いたわけだけど、最終的に黒葉ちゃんのお父さんこと、四鍔野黒成さん(銃弾は掠っただけだったらしい。お弟子さん達も気絶しただけで命に別状はなかった)が間を取り持ってくれた。
一応名義的にはフリーランスの霊障相談師とか、そういう感じになるのかな。まだその辺りはよくわからないから、これから勉強していかなきゃいけない。うわー開業届出しちゃったしもう後戻りできないよ。税金とか保険とかってこれでいいのかな。社会人怖い。悪霊なんかよりよっぽど怖い。
「や。黒葉ちゃん、お待たせ」
「はい、こっちですお姉さ……スーツ! パンツスーツかっこいいです! お姉さんのスーツ好きです、情け容赦無い凄腕冷酷女エージェントみたいで!」
「んー? 褒めてるのかなー?」
私は待ち合わせしていたカフェの一席に座る。今まではこんなおしゃんな喫茶店には絶対近寄らなかった私だけど、今の私には真っ当に収入があるから。自立した社会人だから。税金を収めし者だから。
ともあれ、あの後は色々と大変だった。
というか驚いた。色々驚いたけどやっぱアレ。
「"一本腕"の正体が私ってマジ?」
「まじです」
嘘でしょ。
「むしろお姉さんがあれで自分を一般人だと思いこんでいたことの方が嘘だと思うのですけど! 四鍔野黒葉は驚きました!」
いや、そんなことある? 確かに私も"一本腕"の噂に関しては「んー、おっかしいっなぁー、どっかで聞いった覚えあるんっだっけどなー」と思ってはいたけど、私かよ。そりゃ聞いた覚えあるわ。
確かにナイフ術には自信あるけど、そんな目に追えなくて左腕しか見えなくなるってほどだろうか。そんなんだったら剣術家の人みんな都市伝説になれると思う。あの時も言ったように、自然界には生身で超音速を出す脊椎動物だっているのだし。
「それ、聞いたことないんですけど具体的にはどんな生き物なんです?」
「ブラキオサウルス」
「ぶらきおさうるす」
「竜脚下目の恐竜は理論上尾の先端が音速を超えるんだって」
「やべーです」
「すごいよね、自然界」
「ここまで来ても本人が自分のやばさに気づいてない辺りが一番やばいです」
全くもう、初日に"一本腕"について調べてた時に「でも。なぜか。似た話を。知っている気が――」とかシリアス顔してたのバカみたいじゃん。バカだよ。せめてもっと早めに気づけよ。あの涙は何のためにあったんだ。大体私のせいじゃん。……いや、悪いのはあの悪霊だけどさ。
「私、昔黒葉ちゃんと会ってたんだね」
「あの頃は保育園児でしたし、忘れたり気づかなかったりするのも仕方ないのです」
「その割には初対面から妙に懐かれてたけど」
「あぅ。無意識の内に信頼してたのかもしれません」
「それにしても私、黒葉ちゃんが女子中学生だからセーラー服の少女を追う男の怨念に――"一本腕"に追われてるとばかり思ってたんだけどなあ」
「そもそもわたしの学校、私服登校ですよ?」
「先入観が一番の敵だっていうことだね」
言うなれば、"一本腕"には右と左、表と裏があったってわけだ。
右腕だけの男。表で語られる都市伝説、右腕の"一本腕"が、私が女子高生時代に取り逃がした悪霊。
右腕の無い女。裏で語られる都市伝説、左腕の"一本腕"が、私。
そして日本全国から集まっていた悪霊たちは、いつしか私に恐れをなし【街】から消えたと。いやこっ恥ずかしいわ。中二病ノートに書かれた設定かな? 未だに信じられないけど、もし本当にそうだったならなんで私九年もニートしてたの? なんで裏刀宗の皆さん私のことスカウトしにきてくれなかったの? 人間じゃなくて悪霊だと思ってたから? そんなんだから悪霊を人間だと思って組織内で働かせちゃうじゃないんですかね!? ねえ、どうなんですか、日本最大の退魔組織さん! ねえ!
さて。
数日前、黒葉ちゃんに頑張って極めたおまじないを一瞬でマスターされしょんぼりした私だけど、実のところ黒葉ちゃんは百年に一人レベルの天才だったらしい。二回目だけどそんなことある? あまりにもあまりな初手例外に目眩がする。
しかし、黒葉ちゃんは裏刀宗を構成する歴史ある退魔の四名家。唯鞘、両刃、三劔、四鍔野。その四鍔野のお嬢様であるというのだからさもありなん。
それに加えて雷定法師の先祖返りであるが故の先天性霊的才能。加えて加えて最強呪具である"霊獄"を思うままに振るえるとなれば、もう黒葉ちゃん一人の存在で裏刀宗のパワーバランスはぐちゃぐちゃになってしまっていたそうだ。
そんな火種をあの悪霊に煽られ、他派閥は黒葉ちゃんを狙い、確保し……あまつさえ取引報酬として『山分け』するという非人道的な作戦さえ考えられた。
表向きには、「今回の事件は悪霊に取り憑かれた岐領による暴走であり、他派閥は関与していない」ということにされたそうだけど、実際のところ黒葉ちゃんを狙う勢力は全く収まっていないらしい。
四鍔野派閥だけでは他三派閥を抑えきれない。勢力間の諸々を考慮すれば裏刀宗以外の組織に所属させるのが一番らしいのだけど、日本最大の退魔組織と対等に渡り合える組織などまず存在しない。少し脅されただけであっさり黒葉ちゃんを差し出す可能性もある。
「というわけで、今日から黒葉ちゃんは公的に私の弟子だ。よろしく」
「はい! お姉さんが師匠です、よろしくおねがいします!」
ぶっちゃけ私にはまだそういう政治的事情はよくわからないのだけど、とにかくそういうことになった。
「『いくら日本最大の退魔組織と言えど、この国を揺るがす大災厄――かの恐るべき"一本腕"と、安易に事を構えるわけにはいかない。片霧さんの庇護下に入れば手出しは出来ぬだろう』……と、お父さんも言っていましたので!」
私は怪獣か何か?
「最初は普通に裏刀宗に入るつもりだったんだけどなあ」
「パワーバランスが今まで以上にぐっちゃぐっちゃになってぶっ潰れるので、頼むからやめてくれとのことです」
「そこまで」
そんな流れを経て、現在の私はフリーランスの対霊エージェント。
職業:退魔師の片霧セツナとなったわけだ。
「で、そんな私への依頼が、これ?」
「はい、大量です」
黒葉ちゃんが通学鞄の中からどっさりと書類を取り出す。
「聞く話だと、"一本腕"のおかげでこの四年平和だったんじゃないの?」
「はい。ですが、四年間活動を停止していたために、日本各地でまた超常達が動き始めたと。平和だった間、派閥争いで疲弊した裏刀宗には対処できない規模になりつつあるということです」
「自業自得じゃんかよ。それ全部私に押し付けてくるってのも勝手過ぎやしないかね。でも、ま、いいさ」
交通費出るみたいだしね。お姉さん切符の買い方わかんないけど。
「あー電車乗るの怖いなあ……黒葉ちゃんもついてきてくれる?」
「もちろんです、弟子ですもん!」
情けないことに世間知らずの私は一人でこの【街】を出たことがない。
けれど、今の私には黒葉ちゃんがいる。
それに、私ごときを恐怖するしょうもない超常なら――
「また狩り尽くせばいいだけだ」
※
――その【街】には、数年前からある都市伝説が存在する。
それは我々を殺す、人ではない何かだと。
それは我々を滅ぼす、化け物ですらない何かだと。
それは我々を終わらせた、一本の腕しかない何かだと。
"一本腕"と呼ばれる何かが、まだこの【街】のどこかにいる――
ひとまずこれにて完結です!
こういうジャンルの話は初めて書くので、ほとんどが手探り状態でした。伏線の入れ方をもっと洗練していきたいですね。
話のテンポ上、削ってしまったお姉さんと黒葉ちゃんの絡みや、省いた設定などもたくさんあるので、いつか第二章も書きたいと思っています。
↓の方から評価等頂ければ幸いです。ここまでのご愛読本当にありがとうございました!




