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第7話 インベントリ


 工房まで案内してくれるというパパさんとフィンの後をついて行く。

 家に隣接するように、備え付けの工房を持っているらしい。

 もしかして一家に一台が普通なのだろうか。


「こちらです。少し散らかっていますが」

「おお……!」


 工房の中に入った俺は、思わず感嘆の声を漏らした。


 目の前にある工房には、ゲームなどで見たことのある鍛冶場よりも雑多な雰囲気があった。

 端のほうには、くず鉄や、何に使うのかよくわからない木材が大量に積み上げられている。


 火はついていないが、炉のようなものもある。

 その近くにある台の上に置いてあるのはハンマーだろうか。


 そしてその中でも、俺が特に目を惹かれたのは、床に置いてある大量の鉄製の武具や農具だ。

 農具よりも武器や防具の割合が多い。

 特に鉄の剣は、石の剣と比べると非常に鋭利で硬度もありそうだった。


「そこにあるのは、私が打った武具や農具です。月に一回、村の者たちと共にまとめてプロメリウスまで売りに行きます。今月行くのはちょうど明日ですね」

「なるほど。これはなかなかに良い品のようだ」


 鉄の剣を見ながら、俺は目を輝かせる。

 石の剣で対処できる敵には限界がある。

 ここでより優れた新しい剣を入手するのは良い選択肢のように思う。

 あのゴミガチャで鉄装備が出てくるとは思えないしな!


 だが、今の俺は一文無しだ。

 もちろん買うことはできない。

 プロメリウスに行って、ある程度収入が得られる目処が立てばそのうち購入することにするか。


「一つだけでよければ、この中からお好きなものを差し上げましょうか?」

「えっ、いいのか?」

「娘を助けていただいたお礼です」

「あ、ありがとう。とても助かる」


 やった。

 しかし、そんなに物欲しそうな目をしていたのだろうか。

 ……していたのだろうな。


 少し恥ずかしくなりながらも、先ほどから見ていた鉄の剣をいただくことにする。

 重さは石の剣と大して変わらない。

 持ち運びできないこともないが、振り回すとなると元引きこもりにはかなり厳しい。

 とにかく身体を鍛えないことには始まらないようだ。


「……? インベントリに入れないのですか?」

「インベントリ?」


 鉄の剣を持っていると、パパさんにそう尋ねられた。

 彼の言っていることの意味が、俺にはよくわからない。

 インベントリと言われると、アレしか思いつかないが。


「もしかしてソーマさん、インベントリを使ったことがないんですか?」

「ない……と思う」


 フィンの疑問の言葉に、俺は歯切れの悪い返事を返すしかない。

 やはり、ゲームのアイテムポーチのようなものだろうか。

 この世界にはそんな便利なものがあるのか。


「インベントリは物を収納できる空間です。『インベントリ』と唱えるだけでその人にだけ見える空間が出現します。慣れると念じるだけで出てくるようになりますね」

「なるほど、やってみよう。……インベントリ」


 俺は初心者なので、しっかりと発音した。

 すると、目の前の空間に黒い穴のようなものが現れる。

 これがインベントリか。


「インベントリには十五種類の物を入れることができます。重さや大きさに関係なく入れることができ、インベントリからはいつでも物を取り出せます」

「一種類のものを複数個入れることもできるのか?」

「できますが、一種類のものを複数個入れるのは、人によって入れられる数に差があるようです。なぜそのような差ができるのかはよくわかっていません」

「なるほど」


 試しに今持っている鉄の剣をインベントリに入れてみた。

 手の中から鉄の剣が消え、インベントリが少し埋まった感覚があった。

 再び鉄の剣を取り出そうとすると、インベントリの空間が開き、鉄の剣がその姿を現す。

 どうなっているのだろうか。


「ほー。便利だな」

「旅を続けていくなら必要になってくると思います。むしろ今まで使われていなかったのが驚きですが……」


 パパさんは、非常に珍しいものを見るような目をしていた。

 インベントリは、こちらの世界では常識なのだろう。

 常識を知らない、変人認定を受けてしまった気がしてならない。


「時間も時間ですし、そろそろ戻りましょうか」

「そうだな」


 適当にそうだなとか言ってしまったが、何がそうなのかわからない。

 時間って何だ。


 工房を出て、家の方へ戻る。

 そろそろ日も傾いてきた。


 ああ、なるほど。

 日本ではまだまだこれからが活動時間だが、こちらの世界だとそろそろ夕食を食べなければならない時間帯なのではないだろうか。

 なかなか健康的な生活を送っているようだ。


「よいしょ、っと」


 などと考えていると、いつの間にかフィンがエプロン姿になっていた。

 身長や顔立ちも相まって、幼妻のような印象を受ける。

 端的に言うと可愛い。


「私はそろそろご飯の支度をしてきます。パパとソーマさんはゆっくりしててくださいね」

「大丈夫なのかフィン? お前も今日は色々あって疲れているだろう。今日くらいは私が……」

「だいじょーぶだよ! もう忘れちゃった!」


 そう言って、フィンは台所に向かった。

 本当に大丈夫そうだ。


「元気だな……」

「太陽のような子ですよ。本人はああ言っていますが、今日は早めに寝かせてやらないといけませんね……」

「俺もそれがいいと思う」


 フィンは魔物に襲われていたのだ。

 その心的ショックも相当なものだろう。

 今は俺が来て気分が高揚しているのかもしれないが、時間が経ったらどうなるかわからない。


「フィンが魔物に襲われたのはこれが初めてなのか?」

「そうですね。この辺りの森は私たちの手で定期的に狩りを行っているので、比較的魔物が少ないのです。まさかテンタクルフラワーのような凶暴な魔物が残っているとは……」


 パパさんは唇を噛む。

 自警団のようなものだろうか。

 少なくともこの辺りの森には、この村のドワーフ達が戦えば退治できる程度の魔物しかいないようだ。


「念のために、明日は警戒して行かなければいけませんね……」

「そういえば明日、プロメリウスに行くとか」


 武器を売りに行くとかなんとか言っていたな。


「ええ。村の者たちで、月に一度の出稼ぎ兼買い出しに。ソーマさんも一緒に来ますか?」

「そうだな。そうしよう」


 いつまでもこの村に篭っていても仕方ない。

 プロメリウスというのがどの程度大きな都市なのかはわからないが、この世界の都市というものに興味はある。


 切実な問題として、生計を立てる方法も考えなければならない。

 都市に行けば仕事もあるだろう。

 ほとんど木の棒しか呼び出せない召喚チートが役に立つかどうかは限りなく疑問ではあるが。


「それならやはり、今夜はうちに泊まっていってください。フィンも喜ぶでしょう」

「いいのか?」

「もちろんです」

「そうか。じゃあ頼む」


 複数人で行けば、あの道もそこまで危険ではないだろう。

 むしろ普段はフィンのような少女に薬草を摘みに行かせるくらいなのだから、よほど安全なのかもしれない。


「ふーん。ふふーん。ふっふふーん」


 フィンはまだ戻ってくる気配がない。

 ご機嫌に鼻唄を歌っているようだ。

 なんの歌か知らないが、音程はめちゃくちゃだった。


 リビングには、俺とパパさんだけが残されている。

 ちょうどいい。色々と聞いてみることにしよう。




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