第1話
「......こ、固有スキルです!!」
神官様の声が礼拝堂に響いた。その瞬間礼拝堂が静まり返り、息をのむ音が聞こえた。
当の本人である私は何を言われたのかよくわからなくて、目の前の神官様を見上げることしかできなかった。
「......こゆう、スキル?」
「ええ!あなたに授けられたのは通常スキルではなく固有スキルです!」
神官様は興奮を隠しきれない様子で、私が手を置いている水晶と、その上に浮かんだ文字を交互に見ている。
この世界では10歳になった子供は、教会で『スキル授与の儀』を受けることが定められている。
剣を扱う才能を示す《剣術》
見ただけでなんの植物かわかる《薬草知識》
火を扱う魔法の適性を示す《火魔法》
人によって授かるスキルに違いがあれど、同じスキルを持つ人は珍しくない。
ちなみに父は《土魔法》、母は《裁縫》を持っている。
だけどごく稀に、世界にたった一人しか持たない特別なスキルを授かる人がいる。それがーー固有スキル。
私が状況を理解できないでいると周囲がざわつき始めた。
「今固有スキルと言ったか?嘘だろ.....」
「固有スキルなんて、この辺りじゃ何十年......いや、もっとか?とにかく聞いたことがないぞ!」
「いったい何のスキルなんだ!?」
世界中を探しても、現在確認されている固有スキルの持ち主は20人ほどしか確認されていないらしい。
過去には大規模な自然災害や伝染病などから国を救ったとされる《未来視》、死ななければどんな病や怪我でも直せる《完全治癒》など歴史に名を連ねた人も多いという。
それと同じようなものが私に?
ようやく事の重大さがわかってきて、私もどんなスキルが与えられるのかドキドキしてきた。
「神官様、いったい私のスキルはどのようなものなのでしょうか?」
「それが......」
さっきまで興奮していた神官様の声が急に小さくなった。
「......?」
不思議に思い私も水晶を覗き込むとそこには確かに文字が浮かんでいた。
固有スキルーー
《飯テロ》。
「............」
そこにいた全員が黙り込み長い沈黙が流れた。
「......めし、てろ?」
神官様も困った顔をした。
「私も......初めて見るスキルです」
そりゃそうだ。固有スキルと言うことは世界に一つしかないのだから神官様も初めて見るスキルだろう。
「......どんなスキルなのでしょうか」
「少々お待ちください」
神官様は私の頭に手をかざした。どうやら神官様のスキルは《鑑定》のようだ。神官の持つスキルとしてはよくあるものの一つだ。
「自身が調理した食物を認識した生物の食欲を刺激する......スキルのようです」
再び沈黙が流れた。
「............え、それだけ?」
10歳の私は、思わずそう呟くしかなかった。
◇ ◇ ◇
固有スキルが見つかったという話は、あっという間に村中に広まった。何せ小さな田舎の村だ。
翌日には、いろんな人から声をかけられた。
「リネット! 固有スキルだって? すこいじゃないか!」
「一体どんなスキルなんだい?」
最初こそ私は得意げに
「《飯テロ》!」
と答えていた。でも、
「……何だそれ?」
と必ず聞き返されるので、三日もすると言わなくなった。
領主様のところからも人がやってきた。
固有スキルの新たな保持者として、王都にも報告されるらしい。
大人たちは何やら大騒ぎしていたけれど、私はそれどころじゃなかった。
だって。
「……本当に、お腹を空かせるだけなのかな」
世界にたった一つ。
そんな大層な肩書きのくせに、能力は人のお腹を空かせるだけ。
なんだか納得できない。だから私は、こっそり調べ始めた。村の教会にある古い本を借りて、過去の固有スキルについて読んだ。旅の商人が本を売りに来れば、お小遣いを握りしめてスキルに関する本を探した。
もちろん《飯テロ》なんて名前はどこにもなかった。
それでも調べていくうちに、いくつか分かったことがある。
まず、スキルは万能ではない。例えば《剣術》を持っていても、剣を握ったその日から達人になれるわけじゃない。
《裁縫》を持つ母だって、今のように綺麗な服を作れるようになるまで何年も練習したという。
そして、もう一つ。
「……味は、美味しくならないんだ」
《飯テロ》が作用するのは、あくまで食欲。
私が作ったものを「食べたい」と思わせるだけ。料理そのものを美味しくする力ではない。
そこで十二歳の私は考えた。
もし、ものすごく食べたくなって口に入れたものが、とんでもなく不味かったら?
「……最悪じゃない?」
むしろ普通に出されるより腹が立ちそうだ。だったら。
「美味しく作れればいいんだ」
今思えば、私が料理を始めた理由なんて、その程度のものだった。
◇ ◇ ◇
最初に作ったスープは、しょっぱかった。
「…………」
「…………」
父と母が無言で水を飲んだ。
「不味い?」
「いや!」
父がものすごい勢いで首を振る。
「初めてにしては、その……なんだ! 個性的だ!」
「お父さん、それ褒めてない」
母が呆れている。
「ごめんね。次はちゃんと作るから……」
悔しくて、翌日も作った。今度は塩を減らしすぎて味がしなかった。その次は野菜を煮込みすぎて全部くたくたになった。それでも不思議と嫌にはならなかった。
包丁の使い方を覚えた。
火加減を覚えた。
どの野菜とどの肉を一緒に煮れば美味しいのか考えた。
母から家庭料理を教えてもらい、近所のおばさんからパンの焼き方を習った。
村で一番料理が上手なおばあちゃんには、何度も家まで押しかけた。
そして気がつけば。
「リネット! 今日も何か作ったのか?」
「うん。新しいスープ!」
「俺にもくれ!」
「私も!」
私が料理を始めると、近所の人が集まってくるようになった。
《飯テロ》のせいなのか。
それとも、少しは私の料理が美味しくなったからなのか。
その頃の私には分からなかった。
ただ。
「美味しい!」
そう言ってもらえるのが、すごく嬉しかった。
もっと美味しいものを作ってみたい。
知らない料理も作ってみたい。
そう思うようになって料理の本を読むようになった。最初は近隣の町の料理、やがてこの国の各地方の料理。
それでも足りなくなって、外国について書かれた本まで読むようになった。
知らない魚、見たこともない野菜、聞いたこともない香辛料。
同じ肉なのに、私たちとは全然違う方法で調理する国もあった。
「……食べてみたい」
気がつけば、いつもそんなことを考えていた。
本に載っている料理を真似して作ってみる。
でも、この村では手に入らない材料が多い。
代わりのものを使ってみても、本当にこの味で合っているのか分からない。
十五歳の頃には、私は一つの夢を持つようになっていた。
――いつか自分でその土地へ行こう。
そこで本物を食べる。作り方を教えてもらう。
その土地で採れた材料を使って、自分でも作ってみる。
そんなことができたらきっと、ものすごく楽しい。
◇ ◇ ◇
そして、十八歳になった春。
「お父さん、お母さん。話があるの」
夕食のあと、私は二人を食卓に座らせた。
「どうした?」
父が不思議そうに首を傾げる。母は何となく察しているような顔をしていた。
私は膝の上で拳を握る。何年も考えてきたことなのに、いざ口にするとなると緊張した。
「私、旅に出たい」
父の目が丸くなる。
「……旅?」
「うん」
私は一度息を吸った。
「色んな国に行って、その土地の料理を食べてみたいの。それで、現地の人に作り方を教えてもらって、その土地の材料で自分でも作りたい」
父は何も言わない。
「本で読むだけじゃ分からないことがいっぱいあるから。だから……自分で見てみたい」
しばらく静かな時間が流れた。
やっぱり反対されるだろうか。
そう思ったとき。
「いつから考えてたの?」
母が聞いた。
「……十五歳くらいから」
「三年も?」
「うん」
母は小さく息を吐いた。
「もっと前からでしょう」
「え?」
「あなた、十二歳からずっと料理の本ばかり読んでたじゃない」
「……知ってたの?」
「自分の娘だもの」
母が笑った。
その横で、父はまだ難しい顔をしている。
「だがなぁ……一人旅なんて危険だぞ」
「分かってる」
「お前、魔物と戦えるのか?」
「戦えない」
「だろう!?」
「だから逃げる」
「…………」
「私、足は速いよ」
「そういう問題じゃない!」
父の声が家中に響いた。
母が吹き出す。
私もつられて笑ってしまった。
もちろん、怖くないわけじゃない。
外の世界には魔物もいるし、盗賊だっている。知らない土地で何が起こるか分からない。
私は強くないし剣なんてまともに振ったこともない。怖いものは怖いし、危ないことはできるだけしたくない。
それでも。
「行ってみたいの」
それだけは、ずっと変わらなかった。
父は長い間黙っていた。やがて、大きなため息をつく。
「……昔から、言い出したら聞かないからなぁ」
「お父さんに似たのね」
「俺か?」
「あなたよ」
母が笑う。
父は頭を掻いて、最後には諦めたように笑った。
「絶対に無茶するな」
「しない!」
「危ないと思ったら逃げろ」
「それは得意!」
「胸を張るな」
こうして私の旅立ちが決まった。
◇ ◇ ◇
準備には一月かけた。
服。
地図。
薬。
水筒。
保存食。
小さな鍋とフライパン。
包丁。
調味料。
そして――
「これも必要」
私は小さな袋に干し肉を詰める。
《飯テロ》がどこまで通用するのかは、十八歳になった今でもよく分かっていない。
料理を見た人のお腹が空く。
それくらい。
ただ、以前村の近くで野犬に出くわしたとき、たまたま持っていた干し肉を投げたら、私ではなくそちらへ飛びついたことがあった。
あれがスキルの効果だったのかは分からない。
でも。
「念のため」
使えるものは使う。
私は戦えないけど、戦わなくていいように準備すればいい。
そして旅立ちの日。
「忘れ物ない?」
「たぶん!」
「......心配だな」
父が顔をしかめる。
母が私のマントの襟を直した。
「手紙、ちゃんと書くのよ」
「うん」
「危ないところには行かない」
「うん」
「知らない人についていかない」
「子供じゃないよ」
「私たちからしたら、いつまでも子供なの」
母が私を抱きしめる。
十八年間暮らした家、生まれ育った村、毎日顔を合わせていた人たち。
全部置いていく。
寂しい。
でも、それ以上に。村の向こうへ続いている道を見た瞬間、胸が高鳴った。
あの先には、本の中でしか見たことのないものがある。
知らない街、知らない人、そして知らない料理。
「行ってきます!」
大きく手を振った。父と母も手を振り返してくれる。
私は背負った荷物を直し、村の外へ一歩踏み出した。
目指すのは、まず一番近くにある大きな街。
そこには冒険者ギルドというものがあるらしい。
旅をするなら登録しておいた方がいいと、父に散々言われた。
「冒険者かぁ……」
剣も使えない。魔法もろくに使えない。魔物なんて、できれば一生会いたくない。そんな私が冒険者。なんだかおかしくて笑ってしまう。
「まあ、何とかなるよね」
このときの私は、まだ知らなかった。一人旅を始めて早々自分の固有スキルが原因で、とんでもない数の魔物を引き連れて森の中を全力疾走することになるなんて。
もちろんその先で、背中に大剣を担いだ一人の男と出会うことも。
まだ、何も知らなかった。
初めて異世界ファンタジーの冒険ものを書いてみました。
長くなる予定なのでどうぞお付き合いください。




