《第一章 存在しない神様》
特定のキャラに恋心を向けていた。
二次元のキャラクターは儚く、誰のものにもならない。好きでも迷惑をかけることがなく安心して好きでい続けられる。絶対に実らない恋だからこそ安心して好きでい続けられる。わたしは、フィクションのキャラクターに恋愛感情を抱く、フィクトロマンティックだったのだと思う。
自分自身の執着心の強さはわかっていた。だからこそ好きなものには執着しすぎないように一定の距離を置くようにしていた。どんなに好きでもグッズは集めなかった。それさえも所有に感じて怖かったから、好意が執着に変わってしまうことが怖かったから。勝手に好きで、見ていられるのが幸せだった。
存在しない神様みたいなキャラに、何もかも捧げたかった。それが理由で、いまだに『初めて』も残っている。きっとこの愛は人に惹かれるような感情と似ているのだろう。ただ対象が違うだけ。
その推しが二・五次元で登場することとなったとき、最初はその存在を確認するのが怖かった。あれほどの美しいキャラを現実の人が再現するとなれば、似ても似つかないこともあるのではないかと。おそるおそるミュージカル公演終了後の発売告知のムービーで彼を観たとき、凝視して首を傾げた。
全体が見えるほど引きの映像であったものの、その佇まいや雰囲気、声の重圧感、身のこなし方が完璧で。約一分ほどしか映っていないが衝撃が走った。
その感覚が本物なのか確認したいためにそのミュージカル公演を観た。彼は、まるで二次元から出てきたみたいな人だった。おおげさではない。再現度が高すぎてどこか現実味がないほど本当に完璧だった。整いすぎた顔と、抜群のスタイルと、透明肌。演技だけではなく、見た目も推しキャラそのもの。
彼の登場シーンや振付などを繰り返し再生していた。特にソロでの歌は時間が許す限り何度も早戻しして、振付と表情に釘付けになりながら歌を聞いていた。公式サイトでダウンロードしたその歌を、眠るときもずっとスマホで流していた。見れば見るほど聞けば聞くほど、推しキャラにしか見えなくなっていた。
何度見てもその印象は変わらず、わたしのキャラ愛はずっと爆発しっぱなし。その推しキャラを想像するときは二・五次元の彼を思い浮かべるようになってしまうくらい好きになってしまった。
幸せだった。でも、あんな気持ちになるなんて思わなかった。現実の誰かに惹かれるなんて、自分でも信じられなかった。戸惑いながらも見るたびにときめきが止まらなかった。このことを『沼』というのかと思った。
最初に気持ちが揺れたとき、 わたしはその感情を隠したくなっていた。 好きになったことが恥ずかしいのではなく、現実に惹かれたことが怖かったから。
ソロ約三分の歌は、一時間で二十回は見られる。だから休日に五時間費やせば、百回になってしまう。千回以上見ても、聞いても飽きない。何度でもときめく。
彼だけで約二時間歌ってほしいと思いながらミュージカル公演をみていた。彼をみたいがために毎日のように再生していた。
現実の彼のことが少し気になって検索してみたら、熱愛の噂が出てきて嫌な気持ちになった。だからやはりこんな気持ちになってしまう現実に存在する人を好きになるのはなんだか違うと、二・五次元の中の人のファンにはならないようにした。彼のことは、わたしの好きな『推しキャラ』としてだけ、好きだった。
――そんな彼が、今世ではお向かいに住んでいる。
どういうことだろうか。頭の整理ができている状態ではない。
初めてと出会った幼少期、名前が同じだとなんとなく思ったりはした。中学生の後半あたりからまさかと考え始め、高校生になってからは容姿や声が一致。わたしの中で、推しキャラを演じる彼と重なった。
これは不可思議な輪廻転生というものなのか、それともわたしの願望で変な現実世界が創り出されてしまったのか。ううん、これはきっと偶然。でも、願いが少しだけ形になったものの気がした。トリップとは違う、逆トリップとも言えない。明晰夢は日頃から見ていたけれどそれにしては長すぎる。夢や幻のようで、わたしにとっては確かな現実。これを『無幻実』と名付けることにしよう。
前世では見ることが叶わなかった蒼生の幼い頃の姿を、この目で拝めることができていた。その尊さに思わず手の指を絡ませて拝むようにしたり、胸がぎゅっと締め付けられ胸を押さえることもあった。笑みが押さえきれなくて両手でおさえることもあった。これが『限界オタク』と言われるものなのだろうか。
蒼生の前ではいつも通りを装っている。前世のわたしは、学校では笑ってはいけないと思い込んでいて、毎日のように笑わせてくる男の子の前でも笑いをぐっとこらえて唇を結んでいたくらいだ。感情を隠すことにはもう慣れている。
推しキャラの艶やかな声が好きだった。その声を演じる声優さんの歌声にも惹かれて、推しキャラのキャラソンだと思い込みながら何度もその歌を再生していた。やがて、推しキャラを演じる二・五次元の彼の声も好きになった。声変わりした今の蒼生の声が、まさにそれと同じ。容姿よりも声で誰なのかを特定するほうが得意だったからその声が非常に似ていることは確か。
もしも蒼生が彼の生まれ変わりかなにかだとすれば、順調に成長すればきっと身長百八十センチを超えるんだろう。高身長が好きなわけじゃなかったのに、二・五次元の彼のおかげで、彼限定でそれがとても魅力的に思えるようになった。今世でもその姿を見てみたい、そんな気持ちが湧いてしまう。
今このときまでもが、すでに貴重な時間だ。




