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幽霊屋敷へようこそ  作者: Aju


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22 除夜の鐘

「今日はどんな感じでいくの?」

 九郎が樹に声をかける。

「ん? まあ、みんなのやりたいようにやってもらうさ。お客さんに嫌悪感さえ抱かせなければ、それでいいってことで——。」

 樹は、さばさばした表情をしている。何かが吹っ切れたみたいだ。

「まあ、お客さんはオタクだし。それに、『演出家』としては『役者』の特性をもっと虚心に知っておく必要があるからね。『照明効果』の成果も利用するぜ。」


 九郎はこういう時、樹のクリエイターとしてのタフさを思う。ちょっとした挫折があっても、すぐにその状況を新しい方向性への原動力に変えてゆく。

 ご都合主義に見えるくらい豹変するくせに、その実、樹としての本体はいささかも揺らいでいない。

 状況に流されてゆきがちな九郎とはえらい違いだな——、と思う。


 最近は、出入りする妖怪たちもすっかり仲間っぽくなってきていて、特に常連の物の怪たちは、ごく自然に打ち解けている。

 彼らは「ぼん」「ぼん」と幽霊のヒロくんのことを可愛がり、一見存在感が薄いように見えるいつもはにかんでばかりのこの少年は、この家の中心でもあるようだった。

 そんな「ぼん」こと日路彦少年を当たり前のように受け入れている幸子と九郎を、この物の怪たちは「家族」と見なしてくれたようだった。


 樹は、それがたぶんこの家の魅力なんだ——と感じ始めている。樹や美柑や美里亜がここを手伝おうという気になるのも、オープン早々客足が伸びているのも、単に企画が当たったというよりその魅力に引き寄せられているような気がする。

 ギョッとするような見た目のモノたちが集っていながら、なぜかここはとても暖かくて居心地がいい。

(『怖さ』じゃなくて、この『魅力』を前面に出す方がいいかもしんないなあ・・・)

 樹が「役者」たちに任せてみようと思ったのは、そんなことも考えたからだった。


 物の怪たちが居間に集まってくつろぎ始めた。美柑の母親、菜摘の座っているソファの隣に源蔵さんが湯呑みを持って、ぽそっ、と座った。

 持って・・・?

「今日はまた良いお天気で。」

 手首から先が、ない。湯呑みだけが、そこに手があるみたいに宙に浮かんでいる。


 目を丸くしている菜摘に気がつくと、源蔵さんは

「ああ、これ——。」と言って苦笑した。

「驚かせちゃってすいませんね。刀で斬られたんですよ。賭場でしくじっちゃいましてね。」

「刀・・・ですか?」

「ええ。そうですね。今じゃぁ、あんまり考えにくいかもしれませんが、当時ぁ、武士じゃなくてもみんな刀は持ってましたからねぇ。幕末の頃はもう、武士もそうでないのも区別あやめがつきにくかったですからねぇ。自称武士ってのもいっぱいいて、攘夷、攘夷って、けっこう人の気分も荒んでましたからね。」

「幕末・・・ですか?」

 茶飲み話に出てくるとは思えないような単語に、菜摘はただ目を丸くしてオウムのように聞き返すだけだ。

「ええ、恥ずかしながら、あたしゃその頃こっちの住人になっちまった訳でして——。」


 源蔵さんが言うには、彼は幕末の頃の遊び人だったという。

「お恥ずかしい話ですが、手先が器用なのをいいことに賭場でちょいちょいイカサマをやりましてね。それがバレないのに味をしめて、だんだん大胆になっちまいましてね。」

 賭場側では「どうも、面妖しい」ということで、ある時から目をつけていたようだったが源蔵さんはいい気になっていた。

「で、ある日それがバレちまいまして——。」

 源蔵さんはしこたま殴られたあと、表に引きずり出されて両手首を刀でバッサリ斬られてしまったのだった。

「二度とイカサマができないよう手首を切り落とす、ってわけでさぁ。だけど、両手首とも斬り落とされちゃあ、自分で血を止めることもできません。ヤクザ者を怖れて助けてくれる人もおりません。」

 源蔵さんは、まるで他人ひとのことでも話すような調子で話し、お茶をちびっとすすった。

「こりゃあ死ぬな、って思いましたね。そう思ったら、急に怖くなって・・・。手首の切り口を腹で押さえるようにして、背中丸めて『死にたくねぇ・・・死にたくねぇ・・・』って呻きながらふらふらと歩いているうちに・・・」

 いつの間にかもののけみちに迷い込んでしまったらしかった。そうして源蔵さんは人ではないモノになって今日まで命を永らえてきた、ということだった。


「後であたしの友人たちがあたしの死体を探したらしいんですが、見つからないんで、仕方なく残っていた手首だけを埋めてちっぽけな墓を作ってくれたらしいです。そのことをあたしは、ずっと後になって矢田さんから聞きましてね。その墓のあったのが、この屋敷の敷地の中なんです。」

「そんなことが・・・・」

 いつの間にか九郎がソファの脇で源蔵さんの話を聞いていた。

「へえ。ですから、あたしゃこの屋敷とはけっこう縁が深いんでさ。」

 そう言って源蔵さんは、なぜか嬉しそうに笑った。

「手首から先は無くなっちまいましたが、手があった頃を思い出しているうちに、こうしてまた物が持てるようになったんですよ。」

 湯呑みをゆらゆらと揺すって見せる。源蔵さんの視線は、ずっと湯呑みに注がれたままだ。


「手首から先が見えないんだから、今度はもっと上手くやれるだろうと思われるかもしれませんが、こういう世界で永らえさせてもらった命ですからね。この命ある限りは今度こそ誠実に生きよう、と心に決めたんでさ———。」

 両手で包むように湯呑みを持って(手は見えないけれど)源蔵さんが見せた笑顔は、九郎がこれまでに見たどんな人の笑顔よりも混じりっ気がなくて穏やかだった。



 やがてお客さんが少しずつ集まってきて、いつということなしに立食パーティが始まっていった。

 不思議なことに、今日はハロウィンの時のようなハッチャケた感じはなく、人も物の怪も入り混じって(ヒロくんは廊下から覗いているだけだったが)談笑したり記念撮影したりしながら夜はふけていった。


 日泰寺の除夜の鐘が聞こえてくる。1つ鳴るごとに鬼乃崎邸に静謐な空間が広がるような感じがして、この屋敷に集う者たちの今年1年のわだかまりが少しずつ薄れていくような気がした。


「はあい、みなさん。今年もあと1分ですよぉ。」

 樹が、壁に映し出されたタイマーの画像の前に立って声をあげた。ノートパソコンにつないだプロジェクターから映し出されたものだ。時代がかったアナログ時計の画像で、秒針が1秒ごとに、カチッ、カチッ、と動いてゆく。

 この日のために美柑がアプリを作って、タイマーとシンクロさせておいたものだ。


「10、9、8・・・」

 誰からともなくテンカウントが始まり、皆が声を合わせた。その背後に除夜の鐘があらゆる憂いを拭い去るように響く。

「5、4、3、2、1・・・」

 ゼロ!


 秒針と長針と短針がそろった瞬間、壁の画像は花開く花火の画像に変わった。


「おめでとう!」

「新年おめでとう!」

「あけましておめでとう!」


 花火の画像はすぐに走り回る七色の光の点となって、部屋の天井や壁一面に広がった。

「おお——!」という皆の歓声の中、樹が用意した3台のプロジェクターの脇で満足そうな顔をするのが見えた。

 きっと今年はいい1年になる———。



 そう。この時はまだ誰も、迫り来る見えない敵に気づいてはいなかったのだった。



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