20 若きタマゴたちの悩み
「後藤おまえ、なに落ち込んでんの?」
11月に入って間もない日の午後、デザイン科のアトリエ棟で九郎はなんとなく元気のない樹に声をかけた。
「んん? 何でもないよ。」
樹は背筋を伸ばしてみせた。が、手元のクロッキー帳は真っ白のままだ。来週木曜日には『照明効果』の課題のエスキースチェックがあるのだが。
「アイデア浮かばないの?」
「ん・・・まあ、それもあるかな・・・。」
樹はなんとなく光の弱い目を九郎に向けた。樹のこんな表情は珍しい。普段の彼は、どこからこれほどアイデアがあふれてくるのか、と思うほど常に多方面のアイデアの宝庫のような男なのだが。
「オレ、演出家・・・向いてないかなぁ・・・。」
「ああ、それ。」
と九郎は合点した。
樹は、ハロウィン・パーティーが樹の考えた演出とは全く違うものになってしまったことに引っかかっているらしい。
「そんなことないよ。みんな楽しんでたし、新しい予約も取れたし、大成功だったじゃん。」
九郎のそんな言葉に樹は少し力弱く微笑んだが、すぐにため息と共にそれは苦笑いになってしまった。
「あれは演出じゃないよ。演出になってない。ただの妖怪コンパだよ——。プロを目指す者としては失格さ。」
「プロの道は甘くない——ってことだよ。最初から100%なんて普通できるわけないだろ? それはおまえ、少し自信過剰だぞ。」
「いや・・・、そういうつもりじゃ・・・」
樹は九郎の言葉に怯んだように、ちょっと言い訳がましい顔をした。
「最初から100%になっちゃったら、それ、伸び代がないってことかもだぜ。そっちの方が怖いよ、後藤。」
そう言ったすぐ後に、九郎は(オレは伸び代だらけってことか?)とやや自嘲的な自問が浮かんで、内心苦笑いした。
後藤プロデューサーのちょっとした落ち込みにはお構いなく『ペンション幸』の客足は好調だった。まだ食事の提供もないというのに、11月、12月と順調に予約数を伸ばしていった。
12月に入ってからは、曜日限定で喫茶も始めて売り上げがさらに伸びた。
「なんだかこれで食べていけそうだわよ。クーちゃん、もう就職考えなくてもいいかも——。」
「いや・・・、オレは・・・」
ペンションがやりたいんじゃなくて・・・。九郎はちょっと口ごもった。
「デザインの仕事がしたい・・・。」
そう言いながらも、具体的にどういう仕事か——と問われれば、まだイメージがない。とりあえず、大学の課題をこなしているだけだ。樹のように明確に目標があるわけでもない。
ひょっとしたら、あの親父とは違う「何か」になりたくて美術大学を選んだだけなのかもしれない——とも思った。
これって、ただの逃げかもしれない・・・。
「うちのパンフやグッズをデザインすればいいじゃない。発信のための動画だって要るし——。わたしはクーちゃん才能あると思うわよ。まだ方向が決まらないだけで。ほら、動画の編集だってみんな感心してたじゃない。」
そうか・・・。編集——か。
映画の世界にでも飛び込んでみようか——。
漫然とそんなふうに思ってもみたが、そこにどんな仕事があるのかさえ九郎は知らない。
そうやって改めて樹を見てみると、彼は目標に向かって着実に知識を蓄え、スキルを磨いているように見えた。
魔界系イラストレーターを目指している美柑も、呪術や古今東西の紋様に関しては人後に落ちない知識や資料を持っていた。
オレって・・・、甘いなぁ——。
そうこうするうちに、再び「妖怪コンパ」になってしまった『ペンション幸』のクリスマス妖怪パーティーも無事終わり、予想以上の収入に幸子や美柑が樹の才能を大いに持ち上げた。
何しろ、まだ始まって2ヶ月弱だというのに、樹や美柑のバイト代(取り分)も結構いい金額になってきているのだ。
クリスマスパーティーでは、樹ももはやパーティーを「演出」することは半ば諦めた顔で、妖怪たちのなすがままに身を委ねてしまっている様子だった。
「まあ、プロはお金になればいいのかも・・・。」
と弱々しい笑いと共につぶやいた樹に、美柑が容赦ないツッコミを入れた。
「学生のうちに、そこへ逃げちゃマズいんじゃないの?」
大学も休みに入って、あとは大晦日のカウントダウンイベントにまっしぐらだ。




