第一章21 アルカディシア「記憶干渉能力」
白銀の煌めきとともに舞い落ちる白き髪の人の姿。
その姿に審議場の誰しもの時が止まった。
静寂の包み込んだまま、音もなく、白き髪を宙にはためかせ、横たわる黒き髪の少年の相貌を静かに見下ろしている。それはまるで天界の天使が姿を変え地上に降り立ったと形容してもおかしくはない現象だった。レナードの泣き崩れるような叫びが無ければ気配すら誰も感じなかっただろう。
その存在通り、希望を信じる者にしか、その光は認識することができない。
「レナード!」
セルが地上に足を着く前に叫んだ。すでに動いていたレナードの足元で燃え盛った闇の影が、星婆とセルを取り込むようにその場を覆った。そしてその暗闇の中、セルが強い意志で言葉を放つ。
『記憶忘却』
影の隙間から青白い閃光が放たれると、渦を巻いて取り払われた影からセルたちが再び姿を現した。
「どうやら待たせたようだな」
その場を誰も動こうとはしない。否、動けなかった。星騎士全員の共通意識にあったのは、意識を失って倒れている黒い髪をした少年がセルではないということ。今現れたこの男がセルだということ。
星騎士が二手に分かれて再び戦闘態勢になる。突如現れたセル達と既に切り込んできているルバート達に向かって瞬時にそれぞれの剣先が向けられた。
静かに殺意を向けるレナードが先陣を切った。キューブイアリングが点滅。現れた黄金正方体が拡大――――アクルックスを突き飛ばされ、アルタイルが星剣でそれを受け止めた。
「シリウス―――アルファルド」
コールサックが二人の名を呼んだ。かざきりの刃を弾き返したアルファルドが剣を地面に突き刺す。シリウスも同様に手放しで剣を地面に放り腕を組んだ。コールサックの大槌を合図に三者の間に光の線が結ばれる。
「「「星の光よ重なりて」」」
辺り一帯に広がった光が氷の地面となり客席に蓋をしていく。天井にまで広がったそれはセルが通って来た穴も完全に塞いでいた。
アルデバランがルバートと剣を交える。レナードの元へ加勢しようとしたかざきりが、シリウスの大剣を短剣で受け止めた。
膠着した中で星汰を抱き寄せたセルが怒りを滲ませた表情で立ち上がり手を振りかざす。
「王国側はここに罪を犯した! セルではない無関係の青年の記憶を脅かしたのだ! ここにいる俺が正真正銘、本物のセルだ!」
その声は場内に余すことなく響き渡った。傍聴席の観客は怪訝な顔を浮かべる。王国の失態と目の前の事態を瞬時に理解するにはあまりに混乱し過ぎていた。
「起きやがれッ‼アルデバラン」
ルバートを押しのけて、セル目がけて一直線に走り出したアルデバランが飛び上がった。
「セルゥウウウウウウ!!」
湾曲した剣から炎の牙がセルへと振り下ろされる。地面飛び上がった巨大な狼の影が、アルデバランの星剣を挟み込んで地面へと叩きつけた。
かざきりが双剣を引き抜きその場から飛び上がる。
「轍鮒の急に宋襄の仁、月に叢雲風に知れ、颯星空隙剣に砕‼ 星刀ここに極まれり!サビク――」
かざきりの斬撃が風を纏って無数の刃となり、シリウスを退ける。シリウスの星剣が光を帯びてそれをかざきりに向ける。
「待てシリウス! 無暗に力を使うな! 足場が崩れる可能性がある! |星の力ステラを与えたまえ《ルース・ステラ》)――アクルックス――|星の力解放」
アクルックスの星剣が光を放つ。シリウスを射止めていたかざきりが増大した風の風圧をアクルックスに向けて解き放った。二人と応戦するかざきりと、拮抗するレナードとアルタイル。
その隣で星汰の様子を窺うセルの元へ、アルデバランが星剣と炎の剣を両手に再び襲いかかった。それを受け止めたクロウが地面に釘付けにされると、切り口から影が集束していく。慌てて無理やり剣を引き抜いたアルデバランがセルへ突進したその瞬間、
「雷獣石ノ軌跡」
セルの掌から放たれた電撃がアルデバランの胸元を穿つと、アルデバランがその場に倒れた。
ルバートとコールサックが鍔競り合いをする中、アゲナとゼロの周りを漂う巨大な無数の泡の中を、三人のアルファルドが水の槍で壊しながら進んで行く。
次から次へと口から泡を膨らませて吐き出すゼロの横で、アゲナが抜刀の構えで様子を窺う。
「裏切りものがッ!」
日本刀のような水の刀がアゲナの背後から現れる。それを受け皿のようにしてアゲナが剣でいなしていく。
「裏切り者。か……」
「星剣も持たずにッ! 償いのつもりか! 今の私はあの頃とは違う! お前を殺せるほど強くなった」
アルファルドの剣劇が凄まじい速さでアゲナに襲い掛かる。背後から現れたもう一人のアルファルドが挟み撃ちにしようとするも、拳を打ちつけられたアルファルドが水の身体となって吹き飛んだ。
「シュール、俺はお前を――」
「その名で呼ぶなああああッ!」
アルファルドの怒りと憎しみに満ちた顔がアゲナを睨みつける。ゼロが泡の上に寝そべって上空から二人の戦いを見下ろしていた。
短く息を吐き、冷徹な視線を向ける少女の姿は、白衣に決して劣らない勇ましい表情を掻き立てる。幼さを切り捨てたその姿に、アゲナは憐みの表情を向けていた。
「ケンタウロスはどうした。持っていれば貴様から奪い返したものを」
「あいつはな、少し難しいんだ……」
「難しいだと? 知ったような口を利くな!、あれは元々王国の物だ!」
「もともとはバベルに居た。それもそうだな。俺の物じゃない。だけど、あいつは誰のものでもない。当然王国のものでも」
「黙れ!」
アルファルドの剣を、槍を、水の砲弾を、ありとあらゆる攻撃を交わしていく。アゲナが切り捨てるのは水の分身のみ。本体にその切っ先が差し迫らない事実にアルファルドが更に激高した。
「貴ッ、様!」
視界に増える泡が二人の移動する空間を狭めていく、歯ぎしりをしたアルファルドが剣を地面に突き立てると、背後の水分身が飛び散り、空気中の泡を全て破裂させた。
「もういい、殺す」
「殺せない。今のお前じゃ。俺は殺せない」
アゲナに飛びかかったアルファルドが鍔のない日本刀を振り下ろした。アゲナの目の前でゆっくりと押し留まった星剣が、弾力のあるシャボン玉に押し戻されそうになる。アルファルドが背後で水のロングソード形成。瞬間、押し留まったアルファルドの目前でシャボン玉が弾けた。
「ゼロッ! そこまでしなくていいって言っただろ!」
「それくらいしないとそいつ、ほら」
アゲナの後ろから姿を現したゼロが目を見開いて指を差す。
後方に吹き飛ばされたアルファルドが乱れた前髪を押さえつけ、星剣を引きずりながらゆっくりと歩いてくる。
「素直に吹き飛んでれば記憶が損傷せずに済んだのにさー」
アルファルドは頭を押さえながら荒々しく息を吐き出して、止まった足を動かそうとする。しかし、震える体のせいで足が前に出ない。
「アゲ、ナ……どうして」
アルファルドは涙を流して剣を震わせていた。奥歯を噛みしめるように怒りの消えた少女の言葉に、アゲナが眉を顰める。
「どうして、私を見捨てたの?」
アルファルドの言葉にアゲナは苦悶の顔を浮かべた。
何かを断ち切ろうとすべく、拳を握りしめて歯を食い縛ったアゲナの元へ、騎士が一人右手を広げて立ちふさがった。
「ここまでにしてくれないか」
アルタイルは背中に大剣を仕舞い込んだまま柄を握っていた。
「これ以上、アルファルド……いや、シュールに近づくなら俺が相手をしよう。アゲナ」
「アルタイル」
その貫禄と落ち着きがアルタイルの決して高くはない背丈と肩幅をより大きく見せる。
「ここは退いてくれないか?」
「退くも何も、元々戦う気はない」
息を吐くと掌を上に向けて翻す。それでも向かい合う二人は気を緩めない。
「それに…………」
その先をアゲナは言わなかった。後悔を後に首を振ったアゲナがゼロを抱え、審議場を後にする。
「レナード! 撤退するぞ!」
星汰を抱えたセルが叫ぶと、クロウに包まれ飛翔する。
ルバートがコールサックを押し除けて影に捕まった。コールサックが棍棒をクロウに翳そうとするも、何かの痛みに胸元に手を当てて膝を着く。
コールサックの様子を見たレナードがアルタイルの代わりに応戦していたシリウスを完全正方体で包み込むが、シリウスが星剣でそれを切り刻んでいく。
「光石ノ完全正方体――三重層――|六十層《セクステット|‼」
拘束で剣で薙ぎ払うシリウスの斬撃により、光石ノ完全正方体が瞬く間に打ち破られていく。最後の一枚目で動きの止まったシリウスを横目にレナードがクロウの影を追う。
「かざきり!」
「破あああああああ!」
レナードに呼応したかざきりがアクルックスに風撃を放つ。星剣で防御したアクルックスは舞台袖の奥へと押し込まれるようにして膝を着いた。その場を飛び上がったかざきりが自身の巻き上げた旋風に乗って外へ出ようとするクロウの後を追った。
シリウスの元から現れた無数の光が光石ノ完全正方体を突き破った。
「|星の力解放――シリウス」
起き上がったアクルックスがシリウスに向けて星剣を翳すと、シリウスの星剣が眩い光を放つ。
審議場を覆う閃光に振り返ったアルタイルの横を、星剣が光速で駆け抜けて行く。
***
「星汰様と記憶共有をします――目覚めたとき少しでも記憶があった方がいいかしら」
クロウの中でレナードが星汰と額を合わせる。意識を失ったままの星汰を見守るセルが飛翔する地上に目を向ける。
前方で全身鎧をまとった騎士が一人手を振っていた。
「クロウ!」
頭上を通り過ぎるとクロウが闇の手を影から伸ばし、騎士を掴んでそのまま門へと向かう。突然持ち上げられた騎士が驚いた声を上げながら脚をバタつかせている。
「絵吏だ!」
刃を向けようとしたかざきりをセルが手で遮る。
数百メートル先の城門で、ゼロとアゲナが無数の兵士たちと交戦している。それを見定めていたセルが慌てて後ろを振り返った。
「クロウ!!!!!」
同時に巨大な光の十字架が影を突き破る。影が打ち消され、かざきり以外の全員が門を目前にして地面に放り出された。
「くっ、そがあああああああああああああ!」
叫び声を上げ、短剣を両手に体に覆い被せた風の斬撃で閃光の矢を受け止めるかざきり。
声を荒げ歯を食いしばるも焼き尽くされるようにしてかざきりの風撃が消えてゆく。裾や皮膚が焦げるように損傷し、深緑の髪が解かれ空に飛散する。かざきりが両手の短剣で光を左にいなして、自身の身体を右にねじ込むようにして閃光の矢の行く先から退いた。
星剣を手にする騎士の元へかざきりが空を蹴り、
「かざきりッ後ろだ!!!!!」
セルの言葉に後ろを振り返るかざきりの胴体に光の矢が突き刺さる。声にならない叫び声を上げるかざきりを貫通した矢が、そのまま主の元へと戻ってゆく。
意識を失い堕ちてゆくかざきりをレナードが受け止めた。その二人を守るようにしてルバートとクロウが立ち塞がる。先頭でセルが身構えた。
白髪を靡かせ、碧眼両目に据えた女騎士が何の表情も浮かべることもなくただ歩いてくる。
音もなくロングソードを片手に近づく白衣の騎士の姿はまるで狩人。
「シリウス・フリード」
セルの額に僅かに汗が滲む。
歩みを続けるシリウス・フリードとセル達の間に鎧の騎士が一人――絵吏が放りだされていた。そして、セルの背後には意識を失っている星汰。
――レナード、俺が食い止める。絵吏を連れ城壁から出ろ。
――セル様、しか――……――
レナードの記憶共有にノイズが混じり込む。
「二人取り逃しましたが、あなたたちは絶対に外へは出させません」
シリウス・フリードが近づいてくる。二人の会話は完全に途切れようとしていた。
――私 ちはこ で一緒 戦い すわ。
遮断されるように途切れる記憶共有にレナードが顔を顰める。
「私も、まだやれ、ます」
星剣を握りしめかざきりが体を起き上がらせる。
「かざきり無理をしちゃ」
「大丈夫ですレナード様。サビクは使えませんが戦えます」
「大人しく寝といた方が死なずに済むんじゃねーかー」
「黙れ殺すぞ、貴様の方こそ後で死んでも知らんぞ」
ルバートと肩を並べるかざきりを背後にレナードがセルの元へ歩み寄る。
「お前達――」
「ええ、目の前にいるギルド最大の障害をここで倒しておきましょう」
下した命令に反するレナードの言葉に後ろの二人も同意した。セルが嘆息してレナードと同様に自らを鼓舞する形で笑みを零す。
「クロウ星汰と絵吏を頼む。記憶干渉能力はまだ使えるか」
クロウが闇の手で星汰を包み込む。大剣を構えたルバートが首を鳴らす。
「さっさと終わらして帰ろうぜ」
シリウスがロングソードを片手で地面に振りかざした。
「さっさと、というのがどの程度のものなのかはわかりませんが、終わらすというのは私に向けた言葉なのでしたら、終わりません。私の方があなたたち全員よりも戦力的に優勢ですし、あなたたちの方が私によって終わってしまうというのが正しいでしょう。ですが力を有した者が対峙する時、相応以上のことが起こることも否めません。一応言っておきますが降参する気はありませんよね。わかっていますその気があっても無くても拘束はします。その気があるならば、そもそもこんな事態になっていませんし、あなたたちの目を見ればわかります。その気があればということですが」
「言葉に無駄が多い。己の力量を剣筋で示せ、程なくして他の星騎士が駆けつける算段を見越してのことだろうが、それを警戒した上でこちらはさっさと終わらせると言ってい――」
彗星の如く現れた斬撃をセルが両手で受け止める。セルのグローブから飛び散った火花を結ぶように電流が乱れ迸った。
「躾のなっていない狂犬だな」
側面から光石ノ完全正方体を拳の先で押し込もうとするレナード、それをシリウスが腕で受け止め、セルもろとも星剣で薙ぎ払う。後退する二人に変わってルバートとかざきりが挟み込む形で剣先を忍び込ませた。
シリウスの星剣眩い無数の閃光となり、二人に襲い掛かる。
それをかざきりが両刀で目にもとまらぬ速さで切り刻んでいく。斜めに切り込んできたルバートの大剣を足の裏側で受け止めると、回し蹴りをして大剣ごとルバートを弾き飛ばした。
「シリウス」
冷酷な声が響くと、地面が凍結するような音を立てた。
かざきりは側面に次いで地面から向けられた十字の閃光を弾き返すも、更に激しさを増すシリウスの攻撃に身体を切り刻まれていく。
「光石ノ完全正方体――無重層」
シリウスを囲う無数の光石ノ完全正方体が星剣の閃光を内側へ押しつぶしていく。しかし、幾重にも折り重なるレナードの壁をシリウスが目にも止まらぬ剣捌きで剥がしていく。
「馬鹿な――ですがそれも想定内でしてよ」
四方に飛び散ったシリウスの星剣が光石ノ完全正方体を打ち破った瞬間――セルとルバートの二人が挟み込み、上空からかざきり、三点の同時攻撃が繰り出された。
内から放たれた三本の閃光と、四方に飛び散った閃光が三人の身体を串刺しにする。
星剣のロングソードを手にシリウスが回転する瞬間、レナードの光石ノ完全正方体が三人の身体に割って入り、衝撃だけで済んだ三人が弾き飛ばされた。
「雷獣石ノ軌跡」
消えた二つの姿がそれぞれの雷電をぶつけ合う。瞬間ではセルが優勢に思われたが、閃光の星剣がセルを押し戻していく。セルが大剣を受け止めていない方の左手を押し付けると、星剣の纏っていた光が霧散した。
背後からルバートが大剣をぶつける。が、力で優勢と思っていたルバートが跳ね返される。シリウスの鋭い視線がルバートを睨みあげた。その背面の足元からかざきりが短剣を振り上げる。シリウスが片手をかざきりの方へ向けるとそこに十字の閃光が現れた。かざきりの斬撃を見向きもしないで弾き返していく。
スカイブルーの円形がセルの放った渾身の蹴りを受け止め、同じ効力を跳ね返した。
「時間切れです」
頭上から振り下ろされるレナードの拳に向かってシリウスの十字の閃光が再び突き刺さる。
「アークトゥルス、適当に星剣でも抜いて拘束の準備をしておいてください」
蹴り飛ばされたレナードの背後で、絵吏が腰に据えた剣に手をかける。湾曲したサーベルを握る手が小刻みに震えていた。
立ち上がったレナードが両手にブロック状の盾を形成しながら走り込む。同時にセルが飛び込み、ルバートが後に続いた。
シリウスは十字の閃光を形成、セルとルバートに向けると、自身はレナードの方に向き合い拳を交える。高速の打撃が両者を分かち無数の反動が大地を震わせる。
「あなたっ、素手で」
反対側では飛び交う閃光の矢をグローブと大剣で弾きながらセルとルバートが歩み寄る。
「セル! かがめ!」
ルバートの声に体制を低くくしたセルの頭上を大剣が空中を切り裂いて閃光の中心に衝突する。開いた隙間目がけて両手に石を握りしめたセルがそのまま駆け抜け、両手のグローブに雷光が乱れそのままシリウスの懐めがけて拳を打ちつけた。
「砕け散れ」
嘶きと振動が雷電と共に、閃光の十字を圧迫する。それに耐えきれずして閃光が火花のように飛び散り、シリウスの前に大剣が姿を現す。セルがもう一方の拳で大剣を殴り飛ばし、すかさずシリウスに蹴りを繰り出す。それに加勢したかざきりが刃を向けようとしたその時だった。
「おい、ま、じ、かよ……」
その場に居る誰も動けない。胴体に突き刺さった十字架は墓標のよう。シリウスフリードが弾かれた大剣を握り直し振り上げる。
「無効石を使ったはずだ」
苦渋の表情を隠しきれないセルが息を押し殺しながら言う。
「星剣の力も断罪するこの力の前では――記石・魔石・あらゆる石の効力を無効化します。それに加えて、王国私有地のちょうどこの付近は、いくつか点在する私の星域でもあります」
「セルさまあああああああ!!!!」
星剣の十字架がセルの元へと無常に振り落とされる。レナードを含めたギルドメンバーの叫びを縫ってシリウスの手元に緋色の光が纏わりついた。
後方から伸びる光の先には剣を引き抜いた鎧の騎士が両手を震わせていた。
「これは――どういうことですか」
背後を静かに振り返ったシリウスの問に、絵吏は答えない。
必死に剣を握り、剣先から伸びる光でシリウスを拘束している。目を見開いていたセルがクロウの方を見る。星汰を護るため自衛していたクロウが、シリウスの十字に拘束はされていないものの、星汰に覆い被さるようにしてシリウスの光に押しつぶされた僅かな影が地面に溶けていた。
「バベルの星域でない限り、星の力と記憶干渉能力を同時に、完全に無効化するのは不可能ということだ――絵吏ッ!」
セルが正面に向かって叫ぶ、それに呼応するように絵吏が片手で腰元に手を伸ばしてポーチを取り出し、何かを握りしめる。
「クロウ!」
クロウの背中で特異石が影に取り込まれると、闇の炎が灯った。
シリウスの頭上高くで待機していた閃光の十字架が絵吏の元へと放たれる。向かってくる光に向けて、絵吏が握りしめた万象石を突きだした。
青白い輪が広がると、シリウスの閃光を勢いよく消し飛ばす。
同時にクロウから闇の炎が勢いよく宙に燃え上がる。地面を伝って放射状に延びるとギルドメンバーに突き刺さった十字の閃光を燃やし溶かしていく。だが、その前に十字の閃光が一瞬で消え去った。
「クロウ!」
セルは目を見開いて前のめりに駆け出す。足元にクロウの影と迸る電流が踏み出した足の先へ駆け巡っていく。
セルが拳を握りしめその場から瞬間移動するも、残像の如く消えたシリウスがセル達の元から離れた十字の閃光に突き刺されたアークトゥルスの背後へ現れる。
栗毛色の髪揺らした絵吏が涙目を浮かべていた。身体に突き刺さった光の剣を両手で握り締めて必死に引き抜こうとする。
「絵吏――いいいいいい――ッ」
セルの言葉叫びに絵吏が僅かに微笑んだ。
「シリウスウウウウウウウウウウウウウ――」
――虚像であればいい、残像であればいい、過去に自身が記憶したバベルを駆ける姿のただの投影であればいい。虚像であれば、残像であれば――――
心臓の慟哭共にセルは言葉を失う。しかしそれは僅かなブレを修正するように、絵吏の背後に姿を現していた。剣はすでに振り下ろされている。少女は笑みを浮かべたまま後ろに視線を向ける。振り向く暇すらなく振り下ろされる斬撃は少女の首元めがけて頭上から下へ移動する。シリウス・フリード以外の誰しもがその瞬間を、僅か一瞬が過ぎるのを躊躇い、逡巡し、悔恨し、僅かにも満たない時間の中で時が止まったかのように時間を分解していた。
――絵
――間に合わない――吏
――やめ――――ろ
――誰かの声が反響している。ここはどこだ、遮っていた暗闇が無くなった。そうか、審議場で僕は……地面? 誰かの足が見える。ここは外だろうか。
――後ろだ!
――後ろ? 視界がぼやける――後ろだ――さっきの声が波のように揺らいで反響している。確かさっきも、絵吏って言って――絵、吏? 絵吏がどうしてここに、どうして、どうして、どうして絵吏があんなところに居るんだ!
――絵吏、剣が、誰か、どうしてあそこに絵吏が居る、誰か、どうして、誰か! ――風が目と耳に入る。音が匂いが視界が鮮明になる――どうして、どう、声が出ない、心臓が口が震えて、剣が絵吏の首筋に、止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ、どうして、どうして絵吏が! 脳内に記憶が流れ込む、誰の記憶だ? 視界の先に僕が映っていて、列車を降りて、それから、それから大きな扉、妖精? 暗闇、そしてまた僕が映る。階段を降りて、ここは審議場だ、僕の背後を見ている。上空から、白髪の、僕と瓜二つの顔、闇が包み込んで、外に出る。突然放り出されて、シリウス・フリード、光の矢が白髪の僕と、ルバート、かざきりに、僕は意識を失って倒れている。シリウス・フリードの身体に光が巻き付く。鎧の騎士、味方じゃ――ないのか、どうして、ああ、なんで絵吏がここに、誰か、僕は何をしている、起きろ、早く! 身代わりになって守れよっ――‼
――めろおおおおシリウスウウウウウウ――――。
――何度記憶を巻き戻しても反響する声が消えない。段々と大きくなる。駄目だ、駄目だ駄目だ、どうする、どうする、どう、しよう、もない。どうして、どうしてこんな、何で絵吏が鎧を着て、剣を握って、もう絵、吏、――
――希望を捨てないでください。
――必ず生きて帰りますわよ。
――レナード……そうだ、これはきっと。
――ただ、そこにある記憶のために。
――レナードの記憶共有でセルと僕の記憶が繋がっている。そうだ。そこにある記憶、そこにあるのは、何よりも大切な記憶だろっ‼
「絵吏いいいいいいいいいいいっ!!!!!!!」
――視界の先が止まった。なんだこれ、逆行していく意識が無くなって――とにかく手を伸ばせ――絵吏の持っているのは星剣アークトゥルスうしかい座の恒星絵吏はこの世界で石の力に適合しやすい体質だったんだ自ら発動しない万象石の発動シリウス・フリードの星剣の斬撃も万象石で無効化した何より強力な星の力を有していても選ばれた者しか力を発揮しない星剣アークトゥルスを使いこなしている絵吏がこの世界を統べる二つのうち一つを宿したなら――それなら僕は――この世界で何より大切なもの、なんだっていい、信じろ、絵吏を、そこにある記憶を、守る――――――――――――――――――――――――――――
『記憶干渉能力‼』
誰しもが時を止めていた。その中で一人だけ、地面に這い指先を伸ばす星汰。
その指先に僅かに灯る光は幻影か否か――今にも消えそうな希望の光が絵吏の元へと放たれていた。
硬直したシリウス・フリードの背後から駆けてくる兵士の喧騒が遠く聞こえ、その姿を見たギルドメンバーが我に返った。
「セ、ル!」
星汰から発せられた声にセルが大地を蹴りあげて、絵吏の元へと駆け寄る。首筋でぴたりと止まった剣を蹴りあげ、シリウスを蹴り飛ばした。絵吏を抱きかかえると瞬時に身を翻した。
「クロウ!」
闇の炎が巻き起こり、セルと絵吏を巨大な腕で掴んでその場を跳躍する。闇の塊が勢いよく門へ飛んでいく。
「あとはうちらに任せて列車に乗り込みな!」
門の上で機銃を抱えたヘルミーナとエミリーが追ってくる十字の閃光目がけて迎撃する。
一同は門を飛び出して下降した先の噴水の傍につけたレイヤードの列車に飛び乗った。
受け身を取ろうと身構えていたアゲナとゼロを押し倒して無残に転がり各々に体を打ちつける。
セル達はそのまま言葉を交わすこともなく意識を失った。




