世界の母ー01
カーラ・シモネットさんはマリア・フレデリック以外で唯一、格ゲーとシューティングのスコアで負けた事がある人だ。
彼女のプレイスタイルは、マリアのように理詰めのモノではなく、基本こそしっかりと押さえているものの、感覚に身を任せたプレイで、理詰めによって裏打ちされた発想を元に勝利をもぎ取るオレにとって、彼女が繰り出す理にそぐわないプレイに気を乱されて負ける事が往々にして存在していた。
シューティングはまだいい。これは対戦ではなくあくまでスコアでの対決だから、冷静に幾らでも対処可能だ。
問題は格ゲーで、彼女との戦績は基本七割はオレの勝利だが、三割はほとんど流れを作る事が出来ずに惨敗、勝利している七割も非常に苦戦を強いられている場合がほとんどで、彼女に快勝できたのはカーラさんが初めてオレと同じ大会へ参加したアメリカでのチャンピオンシップのみ。
その時だって、彼女のプレイに驚き、けれど圧倒的に技術力が足らなかったからオレが勝利しただけの事。
――この人が技術を覚えたら。
オレはそう考えてブルリと震えた。
まだマリアと出会う前の事。まだオレは敗北を知らないトップゲーマーで、小学六年生だったオレが初めて恐怖した大人だった。
「アナタ、スッゴいコですネッ! おネーさん、オドろいちゃいマシタ!」
彼女は、オレと初めて会い、敗北した戦いでもオレとの健闘を称え、抱きしめた。
これが海外の距離感か、と考えつつも「どうも」と返事をすると、彼女は一度キョトンとした表情で首を傾げた後、ニッコリと笑ってオレの頬を、優しく摘まみ、ウニウニと揉んだ。
「コラコラー、コドモはニッコニコとワラうのがおシゴトですヨ? それに、ワタシにカったンですシ、もっともぉーっとウレしそーにしてくれナイト、ワタシがカワイそーデス!」
そう言いつつも、彼女の表情はずっと笑顔で、オレと記念撮影をしたりゲームのやり方を問うてくるこの人を、オレはずっと訝しんでいた。
その時から親父は、オレをゲーマーとして売り込んで自分の会社を宣伝する為だけにオレを利用していたし、周りにいる大人たちも、オレと接点を持つ事で得られるおこぼれを期待している汚い大人が多かった事は事実だ。
けれど、この人はどうしても、そういった人には見えずに、けれどならば何で、オレみたいなガキと、こうして笑っていられるのだろうと、その時は疑問だった。
けれど、数多くの大会で彼女と戦い、そしてその度に勝利を重ねて来たオレは、ようやく気付く。
彼女には、裏が無いんだ。
勿論大人だから、考えるべき事もやるべき事もしっかりとするけれど、でもそこに邪心はない。
彼女は、普段から彼女が言うように、オレに笑顔でいて欲しかっただけ。
自分の作る料理で、自分がプレイするゲームで、見も知らぬ子供たちや視聴者さん、対戦相手、そして自分の真似をして料理をしてくれる者の笑顔を求めているだけだったのだ。
「シモネットさんみたいな人を、大人っていうんだろうな」
何となく呟いた言葉。当時十三歳だったオレが、母さんが作ったお弁当とカーラさんが作ったお弁当の二つを突きながらそう言うと、首を傾げたカーラさん。
「オトナ? そりゃー、リッカよりはリッパにオトナですケド……デモまだジュウナナサイですよ?」
「え!?」
「シらなかったンデスかー? ワタシ、ニッポンでゆーコーコーにはカヨってナクて、ジューゴのトキからrestaurantでハタラいてマシタ」
「カーラちゃんってそうだったのね。てっきり私も二十歳越えてるかと思ってたわ」
「ムフー。コドモのコロからオッパーイもクビレもスッゴイビボーのオンナでーす」
その時、オレは初めてカーラさんとの年齢差が四歳差しかない事に気付き、にも関わらずこの違いは何なのか、それが分からなかった。
オレは、母さんと共に過ごす事で、大人としてこなさなければならない事を、全て母さんが肩代わりしてくれていたし、母さんでもわからない事、どうにもならない事には親父が絡んだ。
子供だからしょうがないと、今まではそう思っていたけれど、もう二年という年を経れば、カーラさんが働き始めた年と同じになるのだ。
「リッカ」
「……なに? シモネットさん」
「リッカのゆーオトナってなんデスカ?」
何時もの可愛らしい笑みとか、無邪気な表情では無くて、その時のカーラさんは、何というか……それこそ大人びた表情と言う言葉が似合う微笑を浮かべ、オレへと問う。
「……自分の事をしっかりと自分でやる人の事、かな。よく、分からないや」
「じゃーリッカもジューブンオトナです。ちゃーんとゲーマーとしておシゴトしてー、ショーキンやハイシンでおカネをモラってイキてるンですから」