カーラ・シモネット-03
「申し訳ありません。看板に表記させて頂いております通り、当店は個人経営で限られた食材を調理・ご提供させて頂いておりますので、お並び頂いてもご案内出来ない場合がございます」
珍しくカーラさんがまともに喋っているが、今彼女はフランス語で喋っているだけだ。元々お客さん相手はああして翻訳を頼った敬語を使う人なので、それ自体は大した事じゃない。
「カンケーねぇよ! オレら二人とも並んで待ってたんだから、ちゃんと飯食わせろって!」
「おい、その辺にしとけって。ちゃんと店は看板出してんだから」
どうやら客は二人組のようで、一人は看板に書かれた注意事項に納得していたようだが、もう一人は読んでいなかったか、読んではいたけれど納得していないか。
この応対する人が先輩とかマリアならオレが割って入る所だが、問題はない。
「大変申し訳ありませんが、看板表記通りでございます。切れていない食材がありましたらそちらだけでもご案内は可能ですが、現在は調理できる食材が無い状況となりますので、ご案内が出来かねます」
「じゃあ待たせた分の補償はどうしてくれんだよっ」
「お待たせいたします事も、事前にご案内をさせて頂いている通りでございます。そしてお待ちいただいてもご案内が出来かねる場合もあるという事も合わせて、看板表記の通りです」
「それしか言えねぇのか!? 臨機応変に対応しろよ!」
「勿論、私どもも可能な限り臨機応変な対応を心がけておりますが、状況によってはお受けできない場合もございますし、過去にお客様と同様の状況でご理解いただいたお客様もいらっしゃいます。特例を一度でも許してしまえば、他のお客様に示しがつきません。誠に勝手なお願いだと重々承知ではありますが、ご理解とご協力をお願いいたします」
淡々と言い放ち、カーラさんは深く頭を下げた。
溜飲は下がっていないようだが、それ以上何を言っても無駄だと考えたか、男は「チッ」と舌打ちした上で去っていく。申し訳ないとは思うが、カーラさんの言う通りだから仕方がない。
「……ふぅ」
二人が去った事を確認してから、カーラさんが扉を閉めて客の前ではニッコリと笑う。
「お騒がせして申し訳ございません。どうぞごゆるりとお食事をお楽しみください」
まるで男に怒鳴られた事を何とも思っていなさそうに笑う彼女の表情を見て、食事にありつけている客はホッと息をついて、のどかな外食に戻っていく。
「大丈夫ですか?」
「ヘーキヘーキ。それに、ワタシもモーシワケないとはオモってますが、ルールはマモるべきデース。ゲームもニチジョーも、ルールをマモってタノしくPlayしナキャ、デスね」
カーラさんはそこで何か思いついたようにスタッフルームへと行き、小さなチラシのようなものを各席に座る客へと配っていく。
「何です、それ」
「ゴメーワクおかけしたオワビに、ジカイからツカえるムリョードリンクケンです! さっきのおキャクさんをミかけたら、ワタさないと、デスね」
「そんなのいいと思いますけど」
「ルールをマモってとオネがいしましたケド、あのヒトタチもルールをマモってナラんでたンデスから、それクライはしてあげナイト、デスよ。……それに」
カーラさんが呟き、しかし首を振って「ナンでもナイデース」と苦笑した。
――多分、この人は「あの人たちにご飯を食べさせることが出来なかった」と悔やんでいるのだろう。
食材は有限だ。そして、その上でカーラさんは適切に食材を仕入れ、その仕入れ内だけで経営を行っている。
食物の保存安全性を考慮している事の他に、例えば一日中食事を提供できる場所としてしまえば、必ずどこかでしわ寄せがくる。
それは、カーラさんの体力だったり、普段であればアルバイトの者達に来る負担が主だ。
今後お店の規模を拡大せざるを得なくなった時の事も考えているだろうけど、その前に現状、どの程度のキャパシティがあり、その上でどれだけ従業員に来る負担を減らせるか。
カーラさんは、やはり大人だから、そうした事はしっかりと考えている。オレの様に子供じゃないから、考えて考えて、考え抜いて取捨選択をしなければならない。
でも、現実と理想は違うものだ。
現実を見れば、さっきの客は断るしかなかったけど、カーラさんの理想は「全ての人達に料理を振舞う事」だ。
だからこそ、彼女は「それに」と言葉を言いかけただけ。
理想を口に出来るほど、自分は立派では無いと、そう自分に言い聞かせたのだろう。
「ア、リッカ。ソッチのおサラ、おネガいシマース」
「え、あ……はい」
何時の間にか何人かが退店していた。当レストランのお会計は注文時なので、既にお支払いを頂いている客は自然と帰っていく。
中には、カーラさんへ直接、ご飯の感想を言う者もいて――
「とってもおいしかったです!」
「また来ます、カーラさん」
「はい、お待ちしておりますね。先ほどのドリンク無料券、お忘れないようお願いします」
笑顔で客の感想を聞き入れて、また来てくれと頼む彼女の姿が――何時も理想を追い続ける、彼女らしい笑顔だった。




