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璃々那アラタ-14

 そう言って笑う雨宮君の表情は――酷く歪だった。


無理矢理、自分が悪いのだと思い込んで、納得しようとする。



それは――かつての私と一緒だ。



ファンから受けた誹謗中傷を、私が未熟だからと決めて、彼らに非は無いんだと自分自身を納得させ、それでも耐え切る事が出来なかったから、引退の道を選んだ。


もし、このまま彼のタブレットが壊れたり、データが無くなったりすれば――彼は、一生立ち直れなくなる。



「……そんなの、嫌だ」


「先輩?」



 私は立ち上がり、職員室までの道を行く。


何時もなら人込みの中を突っ切る様な事をせず廊下の隅っこをコソコソと歩むけど、今は違う。一秒でもいいから、早く向かわなければならない。


 職員室のドアをノックし、返事を待つ前に入室する。



「湯道先生」


「ん、新庄か。どうした?」


「雨宮君のタブレットを、返却して頂きたいんです。アレは、文芸部での使用を、私と顧問の尾頭先生が許可しています」


「……そうなんですかぁ? 尾頭先生」



 湯道先生は、ちょうどそこに居合わせた尾頭先生に確認を取る。


尾頭先生は汗を流しながら「え、ええ。まぁ」と頷き、しかし湯道先生はそれでも「しかしなぁ」と不満げな表情を浮かべる。



「規則は規則だ。あくまで通信機器は緊急連絡用以外に使用を禁じているのだから、それを取り上げた私の責任じゃない」


「それを顧問の、尾頭先生が許可しているのにも関わらず、ですか?」


「それは尾頭先生が勝手に決めた事だろう?」



 尾頭先生は、この学校に努めて三年しか経っていない新米と言える。対して湯道先生は勤めて二十年程の、尾頭先生からしたら大先輩にあたる。そう言われても否定は出来まい。



 今、私を追いかけて来た雨宮君が、職員室に入室した。


私の手に触れて「先輩」と私の事を嗜めようとする彼の手を、私は解く事なく、言葉を連ねる。



「先生方は、社会人ですよね。社会人の常識として、報告・連絡・相談のホウ・レン・ソウは基本です。


 雨宮君は無断で使用したわけではなく、私と尾頭先生にしっかりと報告を行った上で、タブレットを持ち込んだのです。


 その結果、許可を出した尾頭先生が学校の総意でなければ、我々生徒は誰を信じればいいんですか?」


「……それは」


「私、ホントはこんな事言いたくありません。けど、先生たちは生徒の模範となるべき存在です。


 その先生たちが、自分は悪くない、アイツが悪いんだって、生徒をそっちのけて責任を押し付け合う様なんか、もっと見たくない。


 ――雨宮君のタブレットは、先生からしたら何てことない、堅い板かもしれませんけど、その中に彼のかけがえない大切な宝物が入ってるんです。それを、尾頭先生が許可したから、彼は持ってきているんです。


もし、湯道先生が今後持ってくるなというなら、部長である私と顧問である尾頭先生が、責任を以てタブレットの使用を禁じます。


 ですから、今回は『あなた方教師陣の不始末』として、返却を希望します」


「教師陣の不始末って、そんな言い方は」


「聞き入れて頂けない場合、私はあなた方教師陣を信用する事が出来ません。担任の清水先生と校長先生より頂いている『国際文化交流ボランティア』のお話を、お断りさせて頂く事にします」



 先日、突然お願いされたボランティアだ。詳しく話は伺っていないが、確かアメリカのハイスクールに通う生徒と交流を行い、共にボランティアに励むという企画で、模範的な生徒を集めているという事で、一応学内成績が一位の私に声がかかったというのだ。


そして、そういうと担任の清水先生が立ち上がり、それは困ると言わんばかりに首を振る。



「あの、湯道先生。先ほどからお話は伺ってましたけど、別に雨宮はタブレットで遊ぶ為じゃなく、部活動の為に使用していただけでしょう? ならそれを許諾した尾頭先生も決して間違ってるわけじゃないでしょ」


「いや、しかし」


「ていうか湯道先生はどこで彼のタブレットを没収したんです?」


「それは、カバンの中に入ってるのが見えたから、没収しただけで」


「……じゃあ使用してないじゃないですか。持ち物検査じゃないのに生徒のカバン勝手に見て、理由をでっち上げて没収したっていうのなら、それは立派な窃盗ですよ」


「で、ですが通信端末を連絡用以外に使用する事は禁じられていて」


「何言ってるんです? タブレットだって緊急連絡できますよ。アプリとか入れれば」


「清水先生はどっちの味方なんですか!?」


「正しいと思う側の味方です!」


「自分のクラスからボランティア参加生徒を出したいだけでしょ!? それが評価に繋がるから!」


「それの何がいけないんです!? 別に私が間違ってるわけじゃないでしょ!?」



 醜い言い争いが始まった。


私は、ため息をついて雨宮君の取った手を引き、職員室を後にしようとする。



「行こう、雨宮君。校長先生の所」


「え、いやでも」


「もしタブレット返して貰えないなら、尾頭先生に責任全部ツッコんであげる。それでも返して貰えないなら、ボランティアも断る」



 私の言葉に、今度は尾頭先生が焦ったように立ち上がる。



「い、いやいや、湯道先生! 私、間違った事しました!? 部活動規定に則って使用許可を出しただけじゃないですか!? 部活動規定には通信端末について書かれてないですし!」


「尾頭先生さっきまで我関せずだったのに!?」



 ちょっと面白くなってきたが、そこで清水先生がロッカーを開けて、タブレットを雨宮君に渡した。



「これは返却する。以降も部活動内であれば使用はOK。だが、もし部活動以外で使用していたり、部活動に関わる内容以外に使用した場合、今度こそ没収するからな」


「あ、清水先生勝手に!」


「ありがとうございます。……清水先生、ボランティアの件、前向きに検討するので、もし内容が分かりましたら、お話をまたいただけますか?」


「ああ! また連絡する!」



 職員室を退室し、私達は廊下を歩く。


そして、職員室からしばらくいった所で――私は膝を折った。



ガクガクと震える膝が今限界を迎え、勢いよく膝をついた事によって、伊達の眼鏡を落としてしまう。



「せ、先輩!?」


「め、メチャクチャ、緊張……したぁ……っ」



 あんなに喋ったの、ネットアイドル時代に生配信してた時以来かも……っ!



「な、何で……何でそんな、オレなんかの為に」


「……なんかって、言わないで?」



 彼の言葉に、私はつい、そう言ってしまう。



「雨宮君は、私にとって、大切な人だよ」


「え」


「私、ずっと一人だった。けれど、それは私が選んだ道だから、一人なのはしょうがないって、ずっと塞ぎ込んでいた。


 ……でも、そんな私の所に、雨宮君は来てくれて、私の事を、先輩って呼んでくれて、一緒にいてくれてる。


 それだけで、私にとっては大切な人なんだ。


 大切な人が、大切にしてる物を、その思い出を、私は守りたかった。……それだけ」



 この時、私は気付いていなかったけど――前髪は少しだけ、左右に分かれて、顔が丸見えだったらしい。



「……綺麗」


「え? 何?」


「え、いや、なんでもないれすっ! ……その」



 顔を赤くして、首をブンブンと振った雨宮君は――最後に、少しだけ笑い顔に、一筋の涙を浮かべる。



「ありがとう、ございます、先輩。


 ……先輩は、オレにとって、尊敬する大先輩ですっ」



その時に見た彼の笑顔は――



私の心をときめかせるには十分すぎる程、輝きに満ち満ちていた。

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