璃々那アラタ-01
アルゴーラの街に辿り着いたのは、その日の夜だった。
このままミュージアムへと向かうという手も無くはなかったが、しかし先輩が疲労困憊と言わんばかりの感じだったので、逸るマリアも渋々と言った様子でアルゴーラにて夜を越す事に同意した。
宿屋に向かうも、やはり部屋は残り一室しか残っていない。
「自分もカーラ氏、エリ氏と同室なので、これ以上増えると大人は辛いっすわぁ」
部屋で着替えている二者の為に廊下で膝小僧となって待つ大柄のツルピカ頭がなんだか場違い感があった。
「所でメッセに関してなんですが、いいっすわぁ?」
「リングについてか?」
「イベントの難易度としては高めな感じっすわぁ?」
「オレとマリアがクリア出来たし、三人なら問題は無いと思うけど、油断はしない方がいいな。……後、一ついいか?」
「? なんすわぁ?」
「璃々那アラタってアイドル知ってるか?」
「璃々那アラタッ!!」
ちなみに今のはいきなりドアを開けて現れたエリのセリフだ。
「エリ、知ってるのか?」
「むしろリッカ君は知らないの!? 正直日本ネット民なら知らない人いないと思ってた……っ」
かなり興奮した様子のエリを見る限り、かなり有名だったらしい。
「自分も事務所へ取材をお願いした事あるっすわぁ。『教育上不適切なので九十九さんの取材はNGで』と断られたっすわぁ……」
「お前よくその評判で記者出来るな。確か彩斗の取材も近い理由で断られたって聞いたぞ」
「ま、まぁ本業はコラム記者だし…… (震え声)」
「話逸れそうだけど続けると……璃々那アラタはマジでネット界じゃ有名人だよ……わ、私も何度かライブ参加したし……」
「例のネット配信ライブって奴か」
「な、なんだリッカ君知ってるじゃない……っ、もしかして、隠れファンで明言できなかったの……? お、お姉さんなら全部受け止めるよ……!?」
「正直名前も知らんかった」
「Oh……」
しかしここまで興奮するエリはホストクラブで狂喜乱舞してた時以来か。ふひ、が付かないだけで口調とかは変わってないけど。
「でも、どうしてFDPで璃々那アラタの事を?」
「うん、と……今度時間があったら話す」
先輩はあまり過去がバレたくなかった感じだったし、言いふらすのもよろしくなかろう。
「所でカーラさんは?」
「オーッ、リッカどーしましタ?」
声が聞こえてそちらへ視線を向けると、カーラさんはバスタオル一枚だけのあられもない姿でそこにいた!
「カーラ氏、童貞の自分にはだいぶキチィ光景なので是非着替えてから現れて欲しいっすわぁ」
「ど、同意です」
いや、勿論嬉しい光景ではあるけれど。
「むーっ、ハダカでウロつくにはヤッパリhomeがヒツヨウですネー」
「カーラさん、実は裸族だったみたいだね……ふひ、私と一緒……」
「それでリッカ? ワタシにナニかヨーデスか?」
「あ、えっと、お店の方は順調かなぁと」
「イエースッ、マイニチマイニチいっぱいオキャクサン! ショージキツカれマース……」
ニハハと苦笑するカーラさんは確かに疲れていそうだ。しかし彼女曰く定休日を週に一回作るそうなので、そこでゆっくりしてもらうのが好ましいな。
「あ、そうだ。明日もし会ったら、先輩が渡したいものがあるって言ってました」
「? リリナがデスか?」
「砂漠越えた先の村が農村で、そこの畑で採れた色んなものをカーラさんにって」
「オーッ、それはタノシミでーすっ! ていうかコンド、そのムラもいきまーすっ」
ルンルンとスキップしながら部屋へと戻っていくカーラさんに手を振り、ツクモとエリとも別れる。
マリアと先輩のいる部屋をノックして、入室しても問題ないかを確認すると、先輩が一人そっとドアを開け、オレへ「しーっ」と人差し指を鼻先で立て、大きく音を立てないでくれとジェスチャーした。
「マリアさん、疲れて眠っちゃった。かなり興奮してたみたいだし」
「先輩がアラタだって知った時のアイツ、別人かよって思う位でしたしね」
苦笑しつつ、マリアの寝顔だけを少しだけ眺める。
正直、顔だけならそんじょそこらのアイドルには負けない位可愛い女の子なんだけどなぁ。
「……あの、リッカ君。少し、散歩しない?」
「え、今からですか?」
「うん。……その、お話したい事、あって」
「いいですよ」
部屋のカギを持って、夜のアルゴーラへと歩き出す。
日中は人に溢れるアルゴーラも、夜になると人はまばらだ。
勿論いないわけではないし、夜間営業しているバーなどもあるので、そっちに行けばまた別なのだろうけど、オレ達は未成年者だ。
だから自然と、静かな場所へと向かった。
アルゴーラの噴水広場。水の流れる音だけが聞こえる場所で、オレ達はレンガ造りの噴水に腰かけた。
「それで、話って?」
「その……璃々那アラタについて」
まぁ、そうだとは思っていた。このタイミングで話される事に、それ以外思いつく事は無い。