璃々那アラタ-02
「アイドルを辞めた理由、ですか?」
「うん。……ファンに聞かせる事じゃないから」
「アンチ、ですか?」
「……よくわかったね?」
「心当たりありまくるんですよ、特にオレやマリア、エリやカーラさんみたいな動画配信者は」
オレも投稿した動画に粘着するアンチはよく見て来た。けどオレは別にドル売りじゃないし、気にする事無く自分なりのプレイをしてきた。
多分一番アンチがひどかったのはエリだろう。
彼女は色々と敵に回す発言が多い女性だったから、多くアンチがいた。……まぁそのアンチを晒し上げて炎上する回数の方が多かったけど。
「私は、その……アンチって言葉は、あんまり好きじゃないの。だって、実際に私の事を見てくれている人なんだから、それってファンの一人なんじゃないか、って」
「それは無いですよ。そりゃ正当な批判をする批評者もいますけど、アンチは違う。ただ自分が気に食わないから叩くだけです」
正当な批判は受け入れるべきだ。
けれど、人に対して心無い罵詈雑言を垂れ流す、理由のない悪意という存在も、確かに存在する。
「……私も、そんな風に思えたら、多分アイドルを続ける事が出来たと思うの。でも、中学生だった私は、そんな風に考える事が出来なかった」
何を言われたのか、どんな嫌がらせをされたのか、オレにはそれを問う事なんか出来ない。
それは、先輩にとって心に負った深い傷だ。
中学生だった幼い先輩が心に負った傷を、アイドルと言うアンチの攻撃が止む事などない環境で癒す術など、ある筈もない。
だからこそ、彼女はアイドルを辞めた。
「……ファンの人たちには、本当に悪いと思ってた。私の事を好きでいてくれて、いっぱいいっぱい応援してくれたファンの皆を、悲しませる事になって、辛かった。
だから、学業を理由に引退したの。
アイドルが『辛い』『悲しい』なんて言葉を言って、ファンを不安にさせるべきじゃないって思ったから」
けれど、先輩は今岐路に立たされている。
ゲーム内の事だけとは言え、再びアイドルとなるのか。
それとも――。
「先輩、もしやりたくないのなら、それでもいいんですよ?」
「で、でも、何か称号があるかもしれないんだよね? それに、村のおばあちゃん達も、私達の力で村が復興できるかもって期待してくれているんだもん。その期待を裏切る事なんて出来ないよ」
「誰かの心にある傷を抉ってまで、結果を求める事なんか出来るはずない」
彼女の手を取り、しっかりと目を見据える。
先輩は、僅かに泣いていた。
こうして、心に負った傷の事を話すだけで、泣いてしまう様な繊細な女性だ。
――ならば、オレなりに彼女を守らなければ。
「先輩が、その心に負った傷と立ち向かいたいというなら、オレも応援します。
けど、他人に求められたからやるなんて、後ろ向きな理由で傷を抉りに行けば、ただ痛みを伴うだけなんだ。
オレは、先輩が傷つくところなんか、見たくない」
「リッカ君……」
「先輩、オレの母親が死んだって話は、前にしましたよね?」
「え、あ……うん」
「それ以来、オレはゲームを楽しむことが出来なくなっていた。
ゲームをプレイして、褒めてくれる母さんがいたから、オレはゲームで頑張る事が出来ていたんだって気付いて、だからプロゲーマーを引退した。
……今こうやって、FDPの攻略に従事してますけど、それはオレに出来る事だから、皆を、先輩を助けなきゃって、オレが決めた事です。
でも、今の先輩は違う。ただ誰かの言葉に流されて、心の傷を抉る事だけは、止めて下さい」
オレの言葉が、どれだけ伝わったかなんか、分からない。
所詮人間は、誰かの言葉を聞いて、その真意を全て理解できるほど、完璧じゃない。
でも、だからって言葉で諭す事だけは、忘れてはならないから。
「……うん。ちょっと、考えてみる」
少しだけニコッと笑った先輩につられ、オレも口角を上げた。
「良かった。一応明日ミュージアムに向かいます。けど、もしやりたくないって思ったら、オレに相談してください。適当な理由を付けてマリアを焚きつけて、アイツに全部押し付けてやればいい」
「え、いやそれはちょっとどうだろう……」
「アイツやりたいって言ってたし平気ですよ平気」
彼女の手を引き、共に立ち上がり、歩き出す。
「何時も、リッカ君は私の事を、励ましてくれるよね」
「そんな事ないです。……逆なんです。オレは、いつも先輩に励まされてた」
「え、私何かしたっけ?」
「むしろオレが先輩に何かした覚えもないんですけど?」
互いに互いが与えた影響と言うのがわからなくて、二人してキョトンとしていると、何だか笑いがこみ上げてくる。
でも、それでいいじゃないか。
人間が、何をどう自分の支えにしているかなんて、そんなものは人それぞれなんだから。




