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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
1部

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【蛟】2

「いつまで──甘ったれてんのよ!」


 椿の怒声と共に、彼女の袖から幾重にも伸びた枝が蛟の体を強く打ち返した。打たれた衝撃で蛟が体勢を崩し、辺りを震撼させる。あれに押しつぶされていたらと思うとゾッとしてしまう。


「あんた、いい加減にしなさいよ」


 椿は肩を怒らせて僕に歩み寄ると、躊躇いもなく頬を平手打ちした。


「私はあんたら人間がどうなろうが知ったこっちゃないわ」


 でもね、と椿が続ける。


「私の縄張りで好き勝手されるのだけは許せないの。式神の居ないあんたなんて雑魚同然よ──そのまま怯えて縮こまってるならいっそ私が息の根を止めてあげるけど? その後でゆっくり蛟を八つ裂きにするから」

「何を馬鹿なことを……」

「あら、私は本気だけど」


 冷たい瞳に見据えられて、僕は息を飲み込んだ。こいつなら確かにやりかねない……。

 その時、蛟の口の奥で妙なものを見た。蛟の口の中、ちょうど喉のあたりに何かが張り付いている。一瞬しか見えなかったけど、あの特徴的な御札は……?


「あれは……怨憎符(おんぞうふ)か……?」


 本で見たことがある。

 特定の相手を呪い、祟り、最終的に死に至らしめるための術式。それによく似た文字がチラリと見えた。


「アアアアッ!!」


 蛟は身悶えながら辺り一面に鱗をぶちまける。

 尖った一本角を壁に突き刺したり、尻尾で叩くような仕草をしながら蛟は暴れ続けていた。


「椿……」

「何よ。あたしは戦わないわよ、これはあんたの戦いなんだから」


 椿女は僕の視線に気づいて眉を吊り上げたまま答える。


「そうじゃない。僕を、アイツの口の中に放り込むことって……できるか?」

「はあ? できるけど……」

「なら頼む、葵はもちろんだけど……蛟のことを助けてやりたい」


 僕がそう告げると、椿女は少しだけ据わった目で僕を睨んでからわざとらしいため息をついた。


「……自分の身も守れない子供が他人を助けたいなんて千年早いわね」

「それは……自覚してる」


 苦笑する僕に、椿女はおもむろに両手の袖から無数の枝を伸ばした。


「放り込めって言うなら望み通りにしてあげる。その後は知らないけどね。いっそ丸呑みにされちゃえばいいんだわ」


 そう言った椿女は、しなる枝で僕の体を拘束する。僕の体は軽々と持ち上げられ、蛟の視線と同じくらいの高さで静止した。

 当然、視界に入った僕を始末しようと蛟が鱗を弾き飛ばしてくるが、そのたびに椿女の枝が網目状に広がり、僕の体を蛟の攻撃から守ってくれる。


「楓、準備は良い?」

「いいぞ……というか、椿」

「何よ?」

「僕のこと、ようやく名前で呼んでくれたな」


 そう告げると、椿女はしばらくの間を置いてから慌てたように声を荒らげた。


「なっ、何よ! あんただって私のこと、椿って呼んでるじゃない! 馴れ馴れしいのよっ!」

「ゆ、揺らすな! 姫野先輩のほうがいいのか?」

「養分にされたいのっ!? 舌を噛みたくなかったら黙ってなさい!」


 椿女の声と共に僕の体を拘束する枝の力が強まる。

 器用に蛟の攻撃を避けながら、椿女がタイミングを見計らって僕の体を蛟へ向けて放り投げた。

 驚いた蛟が口を上げると、僕は転がるようにして蛟の口腔へと放り込まれる。


「ぐぅっ……何も思いっきり放り込まなくても良いだろ……」


 ねばつく咥内で激しく背中を打ち付けた僕だったが、やがてすぐに葵の安否を確認するために辺りに手を這わせる。

 すると、咥内の奥まった部分に飲み込まれるようにして意識を失っている様子の葵が居た。

 すぐに手を伸ばすが、油断すると僕まで蛟の体に飲み込まれてしまいそうになる。


「葵、起きてくれっ! 手を伸ばせ……!」


 必死に声をかけてみるが葵の反応はない。もっと近くに手を伸ばせれば良いのに……。

 僕は肉壁に手を添えながら少しずつすり足で葵の元へ近づく。

 その時、蛟が体勢を変えたのかジェットコースターに乗せられたかのように大きく体が傾いた。


「うわ……!」


 飲み込まれる!

 思わず肉壁にしがみつくが、蛟の咥内は餌を招き入れるように大きくうねり始めた。

 葵の体がゆっくりと蛟の中に飲み込まれていくのが見える。


「ダメ……だ、葵っ!」


 肉壁に掴まりながら声を荒らげるが、その時僅かに葵の呻き声が聞こえた。胸を圧迫されたせいだろうか、水を吐き出すように咳き込んでいた。


「げほっ、ごほ……!楓……?」

「葵っ! 大丈夫か?」


 ぼんやりとした様子の葵が不思議そうに僕を見上げている。

 僕は肉壁にしがみつきながら片手を伸ばした。


「説明は後だ……早く僕に掴まれっ!」


 そう言ってめいっぱい腕を伸ばす。

 状況のよく分かっていない様子の葵は、しばらくぼうっとした顔で辺りを見つめていたが自分の体が得体の知れない何かに飲み込まれていることの異様さにようやく気づいたのか、すぐに片手を伸ばした。


「も、もっと手を伸ばせっ!」

「無茶言うなっ! これ以上伸びねーよ!」


 葵と僕の手の間には、ちょっと手を伸ばしただけでは届かないほどの距離がある。

 僕も何とか、飲み込まれない程度の距離を保ちながら葵に手を伸ばしてみるのだが、互いの手は虚しく空を切るばかりだ。


「く、そっ……! ダメだ、手が届かないっ!」


 僕は、肉壁に手をついてギリギリのところまで葵に接近してみる。葵もぬるつく粘膜の中から這い出すようにして上半身を引き抜こうとするのだが、蛟の体内がきゅう、と収縮してさらに葵の体を飲み込んでいった。


「馬鹿っ! お前は動くな! 僕が何とかするからっ……」

「馬鹿って何だよ!? お前も朱音みたいなこと言いやがって──」


 いつもの調子で葵が言い返す。ああ、これが蛟の口の中じゃなくていつもの教室だったら良いのに。僕も二人と一緒にプールに行っていれば、彼らを巻き込まずに済んだのに。


「そーだ……朱音は、大丈夫か?」

「伊南さんなら大丈夫だよ、そんなことよりお前は自分のことを心配しろっ!」

「そっか……大丈夫なら、よかった」


 葵は、ふーっとため息をついて胸まで飲み込まれた自分の体を見下ろす。


「楓、せっかく来てくれたのに悪いけど……オレのことは良いから、お前は早く逃げろ」

「そんなこと、出来るわけない!」

「いーから逃げろって!」


 やけくそって感じの声で葵が叫ぶ。その両目からは涙が滲んでいた。……こいつ、怖くてしょうがないくせに何強がってるんだよ。


「きっと……さ、弱肉強食ってヤツなんだよ……カエルは蛇に敵わないだろ?オレはそのカエルなんだって……」

「カエルだか蛇だか知らないが、諦めるなッ!」


 僕は肉壁から手を離して慎重に咥内の崖を降りようとする。けれど、すぐに葵に遮られた。


「来んなっ! 逃げろって言ってんだろぉ……」

「僕一人だけ逃げられるわけないだろ。葵、お前も一緒じゃなきゃダメだ」


 僕はそう言うと、勢いよく安全地帯だった咥内から喉奥へと飛び込む。

 ぐにゅんとした弾力のある粘膜が僕の体を受け止めた。


「に、逃げろって言ったのにぃ……」

「泣くなよ、もう大丈夫だから……僕と一緒に脱出しよう?」


 僕は、既に涙をボロボロ零している葵の手を取る。よっぽど怖いんだろう……葵はべソをかきながら何度も頷いた。

 握った手が熱いのは蛟の毒のせいだろうか? どっちにしても早くここから出ないと……。


「ひっく……でもよぉ、どうやってここから出るんだよお……」

「それは……」


 僕は少し考えるように言葉を詰まらせる。


「ノープランかよぉっ!? やだやだ! 死にたくねえ!」


 素っ頓狂な声を上げて泣きわめく葵のすぐそばに、僕が蛟に飲み込まれる前に見た御札が貼られている。


「これ、何だ……?」


 粘膜に貼り付けられたそれをゆっくり剥がす。御札に書かれていたのは間違いなく怨みや憎しみを強制的に植え付ける術式だった。

 一体誰がこんなことを……?

 たとえ一瞬でもそんなことを考えてしまったせいだろうか、蛟の体内が激しく収縮し始めたため、僕は受け身が取れずに尻餅をついた。

 途端に辺りの粘膜が僕達の体を押しつぶすかのように迫ってくる。


「おっ、おいぃっ! お前何やったんだよぉ!」

「ぼ、僕は何も……まさか御札を剥がしたせいなのか?」


 狼狽える僕と葵の体を圧迫させようと言わんばかりに粘膜が迫る。

 すぐに御札ケースから御札を取り出そうとするが、出来なかった。葵が僕のもう一方の手も掴んだからだ。


「あ、葵! ダメだって!」

「何がダメなんだよお! さっきは散々手を伸ばせって言ってたくせにーっ!」


 葵はすっかり錯乱して僕の両手を握りしめてくる。まずい、これじゃ……御札を取り出すことが出来ない。

 絶体絶命じゃないか……。

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