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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
1部

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【オサキ様】1

 アタシの目の前で、弟は憎らしいくらい整った顔で楽しそうに笑っている。

 隣でパフェを食べている息子の頭を撫でながら。

 なんてことのない、家族団らんの光景。

 アタシだけが不機嫌そうな顔をして、そんな二人を睨むように見つめている。


「トアくーん、オレにも一口ちょーだい」

「また?」


 トアは生クリームのたっぷりついたアイスを弟に差し出した。


「うーん、美味い♡ ありがと、トアくん大好き♡」


 弟はトアの頭を優しく撫でて礼を言う。


「トアくんさあ、もう10歳だっけ……彼女出来た?」

「昨日隣のクラスの女子に告白されたけど、タイプじゃないから振った」

「アハッ、いいよいいよ。女は顔で選ぶもんだからね」


 弟はケラケラ笑いながらトアの頭を撫でる。


「オレ、今彼女募集中だけど……どう? 大事にするよ」

「んー」


 トアは、ふと言葉を止めて首を傾げた。うさぎのぬいぐるみを顔の前に翳したトアは、ぬいぐるみの横から顔を覗かせる。


「今日、ここに来るまでに二人の女の人を泣かしたくせに?」

「あら」


 弟は別段驚いたふうもなく目を丸くして笑う。


「さすがトアくんのお友達は何でも知ってんね」

「うん。いつになったら結婚してくれるの? って言ってた」

「アハッ、そうそう。他人のフリしたら馬鹿みたいに泣いてたんだよね。ウケる」


 大人が子供に合わせた、なんてことない会話。なのに、二人の会話は妙に噛み合っている。

 まるで見てきたかのように言うトアに、それを当然のように受け入れる弟。


「トア、何を言ってるの? お友達って……誰?」

「ボクの友達は何でも知ってるんだよ」


 弟によく似た顔でニヤリと笑う。その不気味な笑みは、弟が幼い頃ふとした時に見せる表情に似てる。

 トアはテーブルの真ん中にうさぎのぬいぐるみを置いた。


「このぬいぐるみは神様の依代。神様がボクとお話するための入れ物なんだよ。ボクとお話出来ないと神様が困るから仕方なく持ち歩いてるの。そうだよね、九兵衛」


 トアは、まるで駄々っ子をなだめるような口振りで説明した。すかさず弟が『お兄さんね』と訂正する。

 安物のぬいぐるみが神様の依代?

 この子は本当に、訳が分からないことを言う。


「あんたトアに何か吹き込んだんじゃ……」

「おっと。オレはねーちゃんと一緒の時にしかトアくんと会ってないんですけど? なあに〜、その怖い顔」


 ネクタイを掴もうと手を伸ばすと、弟はテーブルの上にいるうさぎのぬいぐるみを盾にして見せた。

 ふわふわとしたタオル地のぬいぐるみを軽く撫でながら弟が笑う。


「ダメだよねーちゃん、愛息子の前でそんな怖い顔したら」

「アハッ……今日はママが怒られちゃったね」


 弟がニヤニヤ笑いながらぬいぐるみを撫でるのと、トアが笑うのはほぼ同時だった。

 まるで兄弟のように、よく似た顔でニヤニヤと笑いながら目の前の弟と息子がアタシを見つめている。

 ゾッとするような光景だった。


「トアくん、マジでオレの彼女になっちゃいなよ。怖いママから守ってあげる」

「ボク男だよ」

「いいよー、男でも」


 弟がぬいぐるみの頭を撫でて息子の腕の中に戻した。トアは平然とした顔でぬいぐるみを撫でる。

 黙りこくったアタシの前で息子が再度口を開こうとした時だ。


「相変わらずだな、君は」


 人の良さそうな笑顔を浮かべてあの人がやってくる。

 アタシの最愛の人。アタシをこの状況から救ってくれる人。


「どーも、義兄サンこそ相変わらずイケメンっスね。オレと重婚しない? そしたら親子丼できちゃうね」


 スラッとした長身の男は弟の冗談を苦笑気味に受け流してアタシの隣に腰掛けた。


「この前付き合ってた女の子はどうしたんだ?」

「別れたっスよ~、いくら体の相性が良くても束縛激しい子ムリだもん。今度は義兄サンが恋人になってくれる?」


 アハハと笑った弟はストローに口をつけてアイスティーを飲みながらチラリとメニュー表を見た。


「何か頼んでいい?」

「……好きにしたら」


 どこまでもマイペースな弟にアタシはため息をつく。

 アタシは、嬉しそうに旦那へパフェを差し出すトアをぼんやりと見つめた。

 今のアタシがこうして人並みの生活を送れているのは、旦那のおかげ。

 旦那は、アタシが尾崎の人間だと知っても変わらず接してくれた。

 弟も早く誰かと幸せになってくれりゃいいけど、毎月のように女を取っかえ引っ変えしてるようじゃ当分無理だろうな。


 傍目から見れば、優しい旦那とかわいい子供に恵まれて仕事も安定している、以前のアタシなら喉から手が出るほど欲しかった人生。

 そのはずなのに。


 そんなアタシにも悩みの種がある。

 それは、息子のトアのこと。

 小さい頃から原因不明の病気を患っている。

 初めは部屋の隅に向かってぶつぶつと喋っているだけだった。

 それがいつからか、ぬいぐるみを持ち歩くようになって、朝から晩までぬいぐるみに話しかけるのだ。

 それがあまりにも酷くなってくるものだからぬいぐるみを捨てると、キーキーと狂ったように泣いて暴れてしまい逆効果だった。

 旦那は、幼児期にはよくある事だと楽観視していたけれど、違う。

 こんなの、普通の病気なんかじゃない。


「ねーちゃんさあ」


 煙草を吸うために外に出たアタシに弟が話しかけてくる。


「あんなこと、いつまで続けんの?」

「……どういう意味?」


 弟は自分の煙草を1本差し出した。

 この子が言いたいことは分かってる。先日、うちの病院にやってきた鬼道家の陰陽師のことだ。あと少しのところで邪魔された。よりにもよって……アタシの弟に。


「あんたこそ、人の仕事の邪魔しといてよく平然とこの場に顔出せるわね」

「アハッ、ねーちゃんと同じで神経図太いから」


 弟はおどけるように笑った。

 病室での一件、忘れたなんて言わせない。あと少しで鬼道楓の霊気が取れるチャンスだったのに。

 アタシはため息と一緒に煙を吐き出した。


「トアくんのため?」

「……悪い?」


 そう言って睨むと、弟はなだめるような目でアタシを見た。


「かんなぎが見つかってもトアくんは治らないよ。あれは病気じゃな──」

「うるさいわね! あんたに何がわかるの!?」


 アタシは思わず叫んでいた。


「良いわよね、あんたは毎日遊び歩いてるだけなんだから。アタシは毎日あの子のことで頭が痛いの! あのくだらないぬいぐるみだってあんたが──」


 そう言いかけて、思わず声量を下げる。


「……苦しんでるのはトアくんのほうだよ」


 弟がぽつりと呟いた。その眼差しは、悲しげに細められている。何でアンタがそんな顔するのよ……。


「かんなぎ探しは引き続きオレがやる。東妖高校周辺は龍脈が強い場所だから、絶対にかんなぎの一族も居るはずだし……」


 弟はネクタイを緩めながら、笑って肩を竦める。


「わざわざ東妖高校に潜入までしてガキの面倒まで見てんだ……あの年寄りよりも早く見つけないとね」


 そう言って煙草を灰皿スタンドに放り込んだ。


「……何でアタシに協力するわけ? アンタにメリットなんかないのに」

「そりゃあもちろんトアくんのためだよ。オレにとってかわいい甥っ子だもん」

「へえ。で……本心は?」


 アタシがネクタイを軽く引っ張ってやると、弟はちょっと目を丸くしてからニヤリと笑った。


「かわいい弟の親切くらい素直に受け取れっつーの……」


 そう言いながら、弟がアタシの耳元に唇を寄せる。


「当ててみて」


 弟の鼻にかかった甘い声が低く囁いてくる。


「何を企んでるのか知らないけど……危ないことはしないでよ。アンタはアタシの……たった一人の肉親なんだから」


 弟は少しだけ意外そうに目を丸くすると、アタシの背中に腕を回して軽く抱き寄せてきた。

 頭の弱い女が好みそうな甘ったるい香水の匂いが鼻腔をくすぐる。


「なにその殺し文句。優しいじゃん。オレが弟じゃなかったらホテルに連れ込んでた」


 弟がアタシの耳元に囁いてくる。背中を意味深に撫でる手が鬱陶しい。

 鼻にかかった甘い声がアタシの名前を呼ぶ。


「オレも、ねーちゃんはたった一人の肉親だよ。だからこそ、トアくんのことが心配なの。オレは子供居ないし──ね……」


 そう囁いた声の主が、ゆっくりとアタシの耳たぶを食むものだから、思わず後ずさろうとする。だけど、強く抱き寄せられた。


「馬鹿……人に見られる」


 押しのけようとするアタシの手を掴んで、あいつは首筋に唇を寄せた。

 チリッとした甘い痛みを感じる。首筋に歯が当たってもどかしい。


「き、姉弟でこんなことする奴がどこに居んのよ……」


 首筋を逸らしながら弟の髪を撫でると、アイツはアタシの首筋に顔を埋めたまま不意に低く囁くのだ。


「キョウダイでするセックスが気持ちいいってことくらい、ねーちゃんが一番よく知ってんじゃねえの?」

「──ッ!」


 そう言った弟を、アタシは反射的に突き飛ばしていた。

 琥珀色の瞳が、ニコリとも笑わずにアタシを見下ろしている。


「九兵衛、アンタ……何を」


 何を知ってるの、と言いかけた言葉をのみこむ。

 弟は、そんなアタシを無表情で見つめると、ニタリ、と恐怖すら感じるような不気味な笑みを浮かべた。


「オレ、帰るよ。ねーちゃんは家族水入らずを楽しんで。くれぐれもトアくんには優しく、ね。あんまりいじめると──オサキ様に嫌われちゃうよ」


 弟はアタシの肩に手を置いて優しく言うと、何事もなかったかのように立ち去っていく。

 アタシは……その場から動けずに冷や汗をかいていた。

 知ってるはずがない。あいつが知ってるはずがないんだ。

 両親も知らないことだもの。九兵衛が知ってるわけがない。

 アタシの、墓まで持っていかなきゃならないくらいおぞましい罪を。


「……アタシのことも見てるの? オサキ様」


 奥歯を噛み締めて呟いた言葉は、誰の耳にも届かない。

 呑気にファミレスであの人とパフェを食べているトアの耳にも。

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