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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
1部

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【魂喰蝶】1

 小鳥遊香取先輩が僕の家に来て数日経った頃。

 あれから僕達オカルト研究部員は、部長の作ったビラを手にクラスメイトや他の学年、さらには先生までも巻き込んで、身の回りの怪異を見つけたら連絡しなさい! と命令口調で書かれたビラを配っていた。

 当然、ホームページのメールフォームは閑古鳥が鳴いていたし、時々手紙が入っていたかと思えばイタズラや卑猥な単語が書き込まれているという有様で。

 入学式の頃は桜でいっぱいだった校門傍の桜の木も徐々に青々とした葉桜になっており、四季の移ろいを感じさせる。満開の桜って本当にあっという間だよな。だからこそ美しいって思う。

 僕は部室の窓から校庭を眺めながら心地よい春の風を受けていた。


「はにゃあ〜、いい天気だにゃ……寝ちまいそ〜……」


 僕の後ろでゴウ先輩が猫のような欠伸を漏らして円卓に上体を突っ伏す。

 その姿はまるで縁側で日向ぼっこをする猫みたいだ。


「ゴウ先輩、あんなに面倒くさがってたのに一番にビラを配り終えましたよね……一体どんな裏技を使ったんですか?」

「んー? バイト先……結構客来るからさ、手当り次第押し付けてやったんだにゃ〜」


 ゴウ先輩が円卓にほっぺたを押し付けるようにしながら夢現で答える。僕はそんなゴウ先輩に、学食のおまけでもらったから飲め、と友達に押し付けられた牛乳の紙パックを差し出した。


「牛乳、要ります?」

「うにゃ〜……」

「みんな、集まってるわね!」


 突然、和やかな雰囲気だった室内の空気が一変する。

 部室の扉を開けて登場したのは我らが部長、ツインテールを靡かせて現れた高千穂レン先輩だった。後ろにメイド服姿のハク先輩も居る。今日はピンクと黒のメイド服のようだ。スカートの下から覗くピンクのふわふわとしたレースが、た……たまらなくかわいい……。

 小鳥遊先輩は相変わらず欠席なのだが、それは周りにとっては暗黙の了解らしい。


「週末、全員あたしの家に来ること! 新入部員歓迎と部活結成記念のダブルパーティーをするわよ!」


 突然の部長の宣言に僕は目を丸くし、眠そうだったゴウ先輩はネコミミをピンと立てて上体を起こした。


「ぱ、パーティーだあ?」

「そうよ、ちなみに発案者はハクだから」


 早速文句を付けようとしたゴウ先輩の言葉が部長の一声によって飲み込まれる。


「うふふ……ゴウくん、週末は珍しくバイトが無いって言ってたでしょ? せっかく楓くんが入部してくれたのにお祝いらしいことを全然してないから、レンちゃんに相談したの♡」

「余計なことしやがって……オレの貴重な休みが……」


 ゴウ先輩が盛大なため息をついて円卓に突っ伏す。続けて、助けを求めるかのように横目で僕を見つめた。


「……きどー、オマエだってパーティーとかそんな騒がしいの興味ねえよな?」

「そのパーティーって、ご飯は出ますか?」


 僕はちょっと考えてから部長に質問してみる。


「当然よ。元高級ホテル勤務のシェフに作らせるわ。和洋中、何でもござれのバイキング形式で貴方達をもてなすつもりよ。何ならお持ち帰りもオッケーだし、例の親戚の子……冥鬼ちゃんを連れてきたって構わないけど。もちろん送り迎えは高千穂家の者がさせてもらうから電車賃は心配しなくていいわよ。どうする?」


 部長の魅力的な言葉が僕の頭の中をぐるぐると駆け巡った。

 一食分の食費が浮き、さらに持ち帰りもできるってことは翌日の食費も節約できるじゃないか……。


「喜んで行かせていただきます」

「う、裏切り者ぉ……」


 僕が即決すると、ゴウ先輩の怨みがましい呟きが聞こえた気がしたが僕の心には響かない。


「決まりね。当日は車で迎えに行くわ」


 部長はそう言ってニヤリと笑うと、身を翻して扉に手を置いた。


「今日の部活は以上。各自真っ直ぐ帰りなさい」


 それだけ言って部室から出ていく。

 部室に取り残された僕達はお互いに顔を見合わせると、ゆっくりと帰り支度を始めた。


「ほぼ部活らしいことしてねーじゃんかよ……あの馬鹿千穂」


 部室の戸締りをして、鍵を職員室に返してからハク先輩の着替えを待った僕達は、ゴウ先輩のボヤきを聞きながら陽の傾きかけた空の下で駅に向かって歩いていく。

 僕は、ゴウ先輩の話をほとんど聞き流しながらパーティーのことばかりを考えていた。


 食事がタダで食べられるのは分かったが、部長の家は大変な金持ちだと言うし、もしかしてパーティーってスーツを着ていくんじゃないだろうか? 待て待て、スーツなんて持ってないぞ……。親父だって当然持ってないだろうし……ってことはレンタルか? 値段は?


「楓くん。レンちゃんのパーティー、楽しみ?」


 ゴウ先輩をなだめながら話を聞いていたハク先輩が、不意に僕の顔を覗き込んで微笑みかける。

 ちょうどパーティーのことを考えていた僕は、ハク先輩と至近距離で目が合ったこともあって二つの意味でドキッとした。


「え? あっ……はい、パーティーなんて初めてで……どんな服を着て行ったら良いかわからなくて」

「ふふふ……レンちゃんのことだから、ドレスコードは要らないって言いそう。気にすることないわ。いつも通りの楓くんでいいと思う。私とゴウくんも普段着で行くつもりだし」


 優しく微笑みかけるハク先輩の言葉には、人を安心させる力がある。少なくとも僕にとってはそうだ。ハク先輩の言葉で、憑き物が取れたかのように不安だった気持ちが楽になった。

 やっぱり、ハク先輩って素敵な人だ……。


 談笑しながら駅までやってきた僕達は下り電車のホームに向かう。

 ゴウ先輩が僕達を見送るように立ち止まった。


「先輩、またバイトですか?」

「ああ」


 振り返って尋ねると、眠そうな顔をしたゴウ先輩と目が合う。

 小学生低学年くらいの見なりをしたゴウ先輩がしているバイトが一体何なのか……ちょっと気になるな。


「先輩って──」


 何のバイトをしてるんですか? と僕が言いかけた時、ちょうど下り方面の電車がやってきた。


「気をつけて帰れよ、ハクも鬼道も」


 ゴウ先輩が眠そうな目を向けて、軽く小さな手を上げた。

 面倒くさそうにしながらもホームまで見送りに来てくれるゴウ先輩は、何だかんだで面倒見のいい人だ。


「ゴウくんも、知らない人について行っちゃダメよ?」

「オレは子供かっ! いーからさっさと乗れってばぁ」


 ハク先輩へのツッコミも忘れずにゴウ先輩が子供っぽく唇を尖らせ、早く電車に乗るよう促された。

 僕とハク先輩が電車に乗り込むと同時に電車のドアが閉まり、眠そうに目を擦っているゴウ先輩を見送るように、ゆっくりと電車が動き始める。

 やがてゴウ先輩の姿が見えなくなると、僕達は改めて空いている座席に腰掛けた。ハク先輩は座席の端、僕は彼女の向かい側にある座席に腰掛ける。やっぱり、隣に座るにはまだ勇気が要る……。


「パーティー、楽しみ……メイちゃんも来るんだもんね」


 ハク先輩が心から楽しそうに微笑む。

 僕は、そうですねと答えてからあくびを噛み殺した。


「あら、ゴウくんのあくびが移った?」

「……かもしれません」


 僕は照れくさくて変な笑顔になりながら頷くと、ハク先輩の表情を盗み見た。

 ハク先輩は絡まったイヤホンのコードをしなやかな指で解きながら機嫌良さそうに鼻歌を歌っている。何の歌だろう? 分からないけどとても綺麗なメロディだ。

 夕日がハク先輩の栗色の髪を照らして、言葉にできないくらいすごく綺麗だった。絵になる、っていうのはハク先輩みたいな人のことを言うのだろう。先輩の隣に僕が座れたら、また別の顔が見られるんだろうか……なんて。

 僕は先輩の向かい側に座ったまま思う。


「……」


 僕は欠伸を噛み殺した時に押さえたままの口から手を離すと、ハク先輩に話しかけることも、彼女の隣に座ることも出来ずに瞼を伏せて、先輩の最寄りである鬼ヶ島駅に着くまでひたすら寝たフリをした。

 つくづく自分をヘタレだと思いながら。

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