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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
1部

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【豆狸】2

「わあ〜、タヌキさんだあ!」


 帰宅するなり出迎えてくれた元気な式神、冥鬼が嬉しそうな声を上げる。

 もふもふとした豆狸を僕から受け取った冥鬼は、まるでぬいぐるみを相手にするように抱きしめる。


「かわいいよぉ〜!」

「ぐええっ……待て待てお嬢ちゃん、絞まってる……」


 思い切り抱きしめられた豆狸が苦しそうなうめき声をあげていた。


「えっと、何もないところですが──」


 そう言って傍らを見やると、小鳥遊先輩は目をキラキラさせて玄関を眺めていた。


「おっ邪魔しまーす!」

「カトちゃんカトちゃん、このタヌキさん、なんておなまえ?」


 冥鬼は豆狸を抱きしめたまま小鳥遊先輩に問いかける。先輩はウイッグに跡がつかないように裏返してからスクールバッグに入れると、冥鬼に視線を合わせるようにして腰を落とした。


「んーと……それなんですけど、マメルヒオールとかどうですか!」

「ま、め……?」


 いやに具体的な名前だ。


「何ですか、それ」

「豆狸のマメとメルヒオールを足してみました!メルヒオールは賢者の名前ですよ。今絶賛放映中の東方の三犬者っていうアニメに出てくる超絶イケメンのケモミミ青年犬者なんですけど、あっ主人公は何の変哲もない高校生男子なんですけどね? ある日異世界から犬者……ケモミミの生えたイケメン三兄弟がやってきて主人公を嫁にしようとするんですよぉ」


 すごいだろ、今の……息継ぎなしなんだぞ。

 僕は小鳥遊先輩の勢いに圧倒されながら苦笑した。


「し、知りませんけど……青年、って……男の賢者が男子高校生に求婚するんですか?」


 うっかり尋ねてしまったのは間違いだったかもしれない……。

 小鳥遊先輩は目をキラキラさせながら身を乗り出して教えてくれた。


「あっ他にもイケメン犬者は出てきますよ!主人公が大好きなのに素直になれないツンデレのバルタザールと処女ビッチ風のお兄さんカスパール!実はこのキャラ達、ディアブル風魔法少女ネージュたんの派生キャラで……いわゆるスピンオフアニメなんですよ。ちなみにメルヒオールは正統派イケメンって感じの性格ですね! 彼らのお父さんもこれまた美形でして!」

「はあ……」

「オイラは日熊大五郎だぞぉ」


 小鳥遊先輩が聞いてないことをぺらぺら話してくれる傍らで、豆狸は不満そうに唇を尖らせる。

 ふわふわもこもこの毛玉が喋るのが面白いのか、冥鬼は満面の笑みを浮かべてもう一度豆狸を抱きしめた。


「じゃあくまちゃんってよぶからね!」


 力いっぱい豆狸を抱きしめる冥鬼を見かねて、僕は軽く冥鬼の髪を撫でた。


「冥鬼、ぬいぐるみじゃないんだから生き物を抱きしめる時は優しくするんだ。冥鬼だって優しく撫でてもらう方が好きだろ?」

「そっか……わかった!」


 冥鬼は僕の言う通りに力を弱めると、豆狸を優しく抱き直した。そして、ちゃんとだっこできたよっ! と僕に再度頭を撫でるようにねだってくる。

 僕は冥鬼の頭を撫でながら、天井をしげしげと見上げて感嘆のため息をつく小鳥遊先輩の呟きを聞いていた。


「ほぁー……ほんっと、大きな家ですねえ……。陰陽師の開祖も此処で過ごしたんでしょうか?」

「何度も改築してますから当時の物なんてほとんど残ってませんけど……本当に先祖がこの家で過ごしたのかも今となっては分かりませんよ」


 僕はそう言って我が家の玄関を上がると、小鳥遊先輩を居間へと案内する。

小鳥遊先輩は、少し緊張した様子で家に上がると、おもむろに眼鏡を外した。つり目がちの瞳はクールで、まさにカリスマモデルって感じだ。

 初めて出会った小鳥遊先輩も、眼鏡を取った姿だったっけ。


「……ん。何?」

「い、いえ……どうぞ」


 眼鏡を外したことで憑き物が落ちたように大人しくなった小鳥遊先輩が僕の視線に気づいて首を傾げる。

 僕はまじまじと小鳥遊先輩を見つめていた自分に気づいて、慌てて視線を外した。


「あのさ──前も思ったけど、楓クンの家ってお父さんとお母さんは?」

「おとーさんはパチンコなの!」

「こら、冥鬼!」


 冥鬼が無邪気に答える。慌てて冥鬼の口を手で塞ぐと、小鳥遊先輩は目を丸くしてから少しだけ眉を下げた。


「──何か、ごめん」

「や、まあ……パチンコなんですけど、悪い親父では無いんですよ。一応家には帰ってきてくれるし。母親は僕が小さい頃に亡くなってるので物心ついた時から男所帯で」


 あまり家庭のことを話したく無かったが、冥鬼が口を滑らせた手前引っ込みがつかず、慌ててフォローを入れる。

小鳥遊先輩は視線をそらして呟いた。


「そーなんだ。お父さんと二人……アタシと同じだね」


 そう言った小鳥遊先輩の表情は少し寂しげに見える。

 何となく小鳥遊先輩の家庭について聞きづらい雰囲気だが……先に口を開いたのは先輩のほうだった。


「アタシのお父さんはさ……」


 そう言いかけた小鳥遊先輩の言葉に被るように、グゥ、という間抜けな音が響く。


「冥鬼、そんなに腹を空かせてるのか?」

「メイじゃないもん!」


 思わず冥鬼に視線を向けると、冥鬼は頬を膨らませてかぶりを振った。たぶんだけど、豆狸でもない。

 とすると……。


「小鳥遊先輩……?」

「ごめん……アタシ。今日、昼飯食べてなくて」


 僕達の視線に耐えきれなかったのか、小鳥遊先輩は恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「僕、何か作りますよ。冥鬼と一緒に居間で待っててください」

「い、いや……別にいいって。悪いから」


 小鳥遊先輩が慌てたように両手を振る。


「おにーちゃんね、おりょーりすっごくじょうずだよ!」

「昨日の残り物のカレーくらいしか出せないけどな」


 無邪気に足に抱きついてくる冥鬼の頭を軽く撫でながら答えると、さらにぐぅ、と小さく小鳥遊先輩のお腹が鳴る。


「……カレー、好きだよ」


 小鳥遊先輩は恥ずかしそうに唇を尖らせてぽそぽそと呟いた。


「じゃあ、すぐに用意しますね。口に合うかはわからないですけど」


 僕はそう言ってキッチンへと向かった。

 昨夜食べたカレーは、傷まないように鍋ごと冷蔵庫に入れられている。どうやら夜中に親父が少し食べたらしくて量が減っていた。

 人数分用意できそうではある。


「んー、炊飯器にご飯は無かったから……アレを使うか」


 僕は鍋に火をかけてから、冷凍庫にしまっている冷凍のうどんを人数分取り出す。

 鍋の中のカレーに水を足し、ちょっと贅沢にツナ缶を油ごと入れた。

 冷凍のうどんをほぐしながらコトコト煮込めば、具沢山の和風カレーうどんの出来上がりだ。少々やっつけではあるが、鬼道家ではカレーの残りはうどんでシメるのがお決まりである。

 僕は来客用のどんぶり茶碗と子供用のどんぶり茶碗にカレーうどんを盛り付ける。最後に刻みネギを添えてそれぞれの茶碗をトレイに乗せると、僕は居間へと向かった。


「ふわぁ〜! いいにおいするぅ」


 居間に入ると早速、お腹を空かせた様子の冥鬼がはしゃいだ声を上げた。

 僕はテーブルにカレーうどんの盛り付けられたどんぶり茶碗を置いてそれぞれの箸置きに箸を乗せる。


「ちょっと具材が主張してますけど……美味いですよ。どうぞ、食べてください」


 僕がそう告げると、小鳥遊先輩はカレーうどんと僕を交互にまじまじと見つめてから両手を合わせて箸を取った。


「い、ただきます……」


 そう言って、箸を使ってカレーがほどよく絡んだうどんを絡め取った。

ふー、ふー、と息を吹きかけてからうどんをすすって、すぐに二口目へと取り掛かる。


「ん──これ、カレーと……何か入れてる?」

「ツナ缶ですよ、いい味出るんですよね」

「メイね、ツナすき!」


 冥鬼が元気よく笑ってカレーうどんを豪快にすする。

 小鳥遊先輩は刻みネギとうどんを一緒に口に運ぶと、目を細めて幸せそうなため息をついた。


「アタシもこれ好き……懐かしい味がする」

「よかった」


 小鳥遊先輩に褒められて気を良くした僕は、キッチンに戻ってコップにミネラルウォーターを注いで、それから一味唐辛子を手に再び居間へと戻った。


「どうぞ、一味をかけても美味いですよ」

「ありがと……」


 小鳥遊先輩はテーブルに置かれた一味唐辛子をカレーうどんにかけると、再び箸でうどんをすする。


「……おいし」


 そう言って微笑んだ小鳥遊先輩は、味わうようにカレーうどんを食べ進めた。


「アタシのお父さんさ、唯一作れる手料理が袋のラーメンなんだ。具材はもやしばっかりなんだけど……アタシはそれが大好きなの」


 小鳥遊先輩は目を細めて笑う。


「カトちゃん、おとーさんとなかよし?」

「ん、仲は良いよ。芸能活動も応援してくれてるし……今は離れて暮らしてるけど」


 冥鬼の問いかけに、小鳥遊先輩がうどんに息を吹きかけながら答える。


「お父さんの作ってくれたラーメン、思い出しちゃった」


 小鳥遊先輩はそう言ってカレーうどんをおいしそうにすすってくれた。

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