先手
「さて、自己紹介から始めましょう。今回集まってもらったのはここにいる5人です。木田正文、木村隆正、正田学、真田正そして黒田正也。懐かしいメンバーですが、立場が皆違いますね。木田正文・殺人容疑で現在指名手配。私、木村隆正・10年前に交通事故で死亡。正田学・藤井組の幹部。真田正・警部。黒田正也・右翼の過激派幹部。皆、頑張ってくださいました。今のところ作戦通り。まずは警察のほうの話をしよう。正文を追っているで間違っていないか?」
「今のところは間違っていない。しかし、今回の事件でどうなるかは分からない。予想できるのは二つ。もっと大々的に捜査を行うか、今の状態で続けるかの二つ。」
「大々的にやるには証拠が少ないのではないか?」
「いや、少なくても警官が四人も殺されれば動かざるを得なくなるのはわかるだろ。動くのは遅くはなるだろうが…。」
「分かった。連絡を緊密にしよう。次は少し細かい話なるが…。右翼の動向はどうだ?話に乗ってきそうか?」
「う~ん、今は状況の把握段階かもしれない。幹部には話は通してあるが、真意を知りたいらしい。」
「そりゃあ、無理でしょ。」
「分かっていても知りたいのは事実。右翼は非常に大きな団体ではあるが過激派は少ない。たとえば行動を起こして過激派の組員が捕まれば、過激派はバッシングされ構成員は激減し…。後は言わなくても分かるよな…。」
「こっちも一緒だ。利益がどれぐらい出るか、そして被害がどれぐらい出るかということにかかっている。」
「被害はそこまででないだろうとは思っている。君たちも作戦の内容はもう話してあるだろ。俺たちは危険かもしれないが…。」
「そうだな。今からはいかに悟られないように運んで行くことが重要になるということは言うまでもない。」
「正文の言うとおり。今からが正念場だ。俺と正文で捜査を混乱させる。お前たちは作戦を実行してくれ。」
「分かった。」
「これからはガードはいらない。帰って注目を浴びることになる。」
「そういうことだ。じゃあ、解散にしよう。そろそろ警察が来るだろうからね。」
そうして俺たちは解散した。
7月21日、ある一つのビルが爆破された。そこに住んでいる人はほとんど助かったが、警察は2人の遺体を発見した。警察は2人の死亡をマスコミ各社に報道させたが、その2人が警部だったことは公にはしなかった。その発表は単なるガス漏れによるものだと説明したが、詳しいことは調査中としていた。警察は分かっていた。
「今回の事件は案外奥が深いのではないかと思っている。」
「山岸さん?」
「死んだのは警察関係者だけ…“セブン”は明らかに警察を狙って犯行を起こしているのではないか?どう思う…真田。」
「そう…ですね。言いにくいですが、もしあの爆破が人為でやられたものであるならば、狙いは警察関係者であると言いきれます。もっと民間人に被害が出てもおかしくない。むしろ出さないように計算した“セブン”のほうがすごいです。」
「お前、“セブン”からは何も情報がなかったのか?」
「私が任されているのは警察関係だけです。今回も山岸さんの指示通りのことしか話していませんし、それ以上のことは話していません。彼ら二人にわたった情報がどこから分かったもしくは発信源をいま、探っています。望みうすですが…。」
「そうか…。まあ、いい。今回が始まりなのがだれの目に見えても明らかだ。」
俺たちは重要なことを何か見落としているような気がした。
7月21日。正文は新宿を歩いていた。この間とは打って変わって笑顔があった。
そこらへんにいる若者の笑顔とは違い獰猛な笑みに近いもの。しかし、彼によってくる女たちが多いのは事実。彼はそれを振り切り、交差点で待っている女に声をかけた。
「山岸恵さんですね。」
「はい。夫のことを聞かせてもらえるということで…。」
「もちろんです。巷では俺が犯人ということになっていますがね。それはちょっと違うと言いたいので…。」
「あなたの言ってることは理にかなっていますが、にわかに信じられません。」
「順に沿って説明しますよ。その襟についているマイクを外しましょうか。ブラジャーの中にも入れてるんですか?あまりいい方法ではないですよ?ここに来たらそれぐらいは予想しています。全部外してくださいね。警察関係者は引いてもらいましょうか。まあ、俺が気にならなくなるほど大きな事件が起こるかもしれません。」
「それはどういう…。」
「行きましょう。あそこでよろしいですか?」
「はい。本当のことを話してください。」
「もちろんです。」
入ったカフェは若者でいっぱいだった。2人の雰囲気とはまるで違う。山岸恵は二の足を踏んでしまった。
「どうしました?」
「いえ、別に…。」
「以外でしたか?」
正文は少し笑っていた。案内されたところはちゃんとした指定席だった。彼が計画通りに事を進めているのがよくわかる。警察方から聞いていた。予想外に頭が回る。今も警察の方が見守ってくれているが…。
「どうしたのですか?警察の方がいないと不安ですか?」
「…。」
「黙ってしまうと分かりますよ。」
トイレから彼女は出てきた。あの様子だとすべて外してきたようだ。
風貌はかわいいというよりは美人。ここまで聞きに来たということは夫の死にかたに不信感を抱いている。そう断言できる。警察がすぐには来ることができない状況。自分が先手を取られている。明らかに不利。そういう場合は断ることもできる。相手は容疑者。手を出せば警察が動くことができる。わざわざ相手の思い通りに動く必要はないのだ。
「この状況でよく来てくれましたね。」
「私も夫の死には疑問を感じていましたから。ただあなたがいったことをうのみにするつもりはありません。」
「もちろんです。ご自分でお考えください。そんなに長くはなりませんから。」
「そんなことが…。」
「実際にあったかどうかは分かりません。あくまで予想です。私が殺したわけではありませんから。これを渡します。」
「これは?」
「分かっているはずです。旦那さんの所持していた銃です。これを山岸昇さんに確認してほしいと思いまして…。」
「分かりました。確認してもらいます。結果は後日…。」
「いや、こちらからご連絡します。3日後の7月24日の12時にご連絡しますので、結果を教えてください。今は警察もわずかしかいませんから、ばれていないでしょう。」
確かに少ない。一体何があったのだろうか?恵は困惑を隠し切れていなかった。
「代金は私がはらいます。10分したらここから出てください。警察の人もそれくらいには行動できるでしょう。」
「あなたたちは一体何をしようとしているの?」
「…あなたには分かる時が来るかもしれません。では、これで。」
「お久しぶりです。昇さん。」
「いえいえ、こちらこそ。恵さん。葬式にも出られずにすみません。」
彼女は少しやつれたように見える。それも無理もない。警察からもたらされた情報はわずかなはずだ。それは分かっているはずだが、身内にも厳しいのは最終的に首を絞めることになる。だからこそケアが大事なのは言うまでもないことだが、その役は親戚の俺に回ってくる。
「ところで、話とは?」
「これです。」
「これをどこで?」
「木田正文に渡されました。」
「警察はその行動に気付けなかったということですか…。分かりました。預かりましょう。」
「これは内密にしてください。この銃は夫が使っていたものだそうです。」
「それは!いや、しかし回収されたと…。」
「だから内密にということです。」
「彼はどうしてこれを?」
「分からないです。彼が何を考えているのか?でも私たちは彼らに先手を取られ続けています。」
「あなたは優秀な警部でした。参考にさせてもらいます。一刻も早く彼を逮捕して…。」
「違います。」
あまりの強い口調に俺は黙ってしまった。
「まずは彼らの目的を明らかにすることが重要です。彼らの目的を知ることができれば、予想を建てることができます。それにもう分かっているんじゃありませんか?こんなに報道規制がかかっているようでは分かります。」
「……。」
「慎重に調べてくださいね。昔もこういうことがありましたから…。」
俺は彼女に何も言うことができなかった。彼女は分かっていたのだ。全部。だったら俺がやることは真実を明らかにすることだけだ。




