始動
山岸の遺体が発見されたのは1週間後のことであった。後ろからの打撲以外に外傷は見られず、毒殺と考えられている。発見場所は樹海であった。もちろんのこと、警察は他殺とは発表せず、自殺と発表した。それは警察庁内で彼の血痕が発見されたためである。このことで木田正文には極秘に殺人容疑がかけられている。単純に彼の調査によって命を落としたからでもあるが、大きな点は銃が紛失していたことにある。もし、内部に殺人者がいるとしたら銃を持ち逃げするとは思えないからである。そして鑑識によって彼の携帯から木田正文の指紋が検出された。この3点が決め手になったわけである。
2010年7月18日
警察庁で、ある会議が開かれていた。
「これより木田正文逮捕の極秘任務の会議を行います。まず、お手元の資料をお開きください。木田正文。年齢18歳。今年、二田正文と名前を偽り、高校を卒業。その後足取りがつかめなくなっています。彼は10年前の父親殺害事件で指名手配されています。殺害したのは父親のほかに、当時同級生だった石川奈々をレイプした後に殺害したものと考えられています。」
「高校を卒業するまで彼だと分からなかったのか?」
歯ぎしりしながら答えた。
「…はい。苗字が変わっている上に彼は中学卒業の証明書を持っていたそうです。」
「これだから下っ端は…。もう少しちゃんとしろ。今回の事件が起きてからでは遅いだろう。怪しいと思った奴は職質でも任意同行でもなんでもしろ。」
「彼は今、銃を1つ所持しています。複数人で調査するのが妥当だと考えています。現在彼の通った小学校、高校の聞き込み調査をしています。彼は礼儀正しく、授業にも真面目に出て成績も良かったそうです。聞き込み調査で有効な証言はとれていません。しかし、調査で1人の人物が浮かび上がってきました。今、顔写真を張ります。彼は木村隆正。年齢はおそらく25歳。」
「おそらくとはどういうことだ?」
「それが…彼は十年前交通事故で死んでいるのです。戸籍も確認しました。警察内部の関係資料にも死亡と書かれていました。」
「なりすましている、または…」
「生きている可能性があるとのことです。彼はひき逃げされて死亡しました。検死が終わって、家族に死体が引き渡されたはずなのですが…。家族はまだ葬儀を上げてないと…。」
「その死体が盗まれたと?」
「はい。そうするとこの事件は計画的犯罪とも考えられています。しかも木村隆正は秘密結社“セブン”の幹部であると噂されています。昨日、右翼の過激派と密会していたとの噂もあります。」
「厄介なことなりそうだ…。ここにいるのは100人。“セブン”の人数は200人、右翼の過激派は把握できない。人数が足りなさすぎる。」
「そうです。しかし、こちらには切り札がいます。」
「それは?」
「ここにいる浜田夏樹です。彼女は“セブン”結成当初のメンバーであり、今回の右翼の過激派とも接触しています。心配には及びません。彼女はもう6年も警部としてやってきています。信頼できる部下です。」
「しかしな…潜入スパイとなると…失敗した時の首は誰がとるかということになる。」
幹部がざわざわし始めた。これだから上は…。山岸昇は心の中でぐっとこらえていた。今回殺されたのは自分の弟なのだ。イラつくのも無理はなかった。早く捜査をしたい。もしかしたら、警察に内通者がいるかもしれないのだ。その可能性があるために今回の事件は極秘事件となっている。上は警察関係者が犯人だとしたら、絶対に公表しないだろう。木田を調べていた…それだけは変わることのない事実だ。その捜査によって弟が何に気がついたのかは分からない。でも何かに気がついたに違いない。俺とは違い、天才だった。何よりも情報解析が恐ろしいぐらいうまい。欠点は人がよすぎ、信じてしまうことだった。そのために厄介なことになったこともしばしばみられた。
「私がとります。」
「山岸君、君ひとりじゃすまないよ。」
「弟の仇が討ちたいんです。」
「…分かった。いいだろう。」
「藤井さん、しかし…。」
「俺が責任を取ろう。」
「藤井さん、ありがとうございます。」
「いや、彼はしっかりやってくれていた。頼んだよ。」
正文はテレビを見ていた。
「今夜未明、東京新宿で遺体が発見されました。警察の情報によりますと…。」
『ブチッ』
どうやら、警察は今回の件についてはもみ消すつもりらしい。情報規制が行われるとしたら、こちらもうかつには動くことはできないが日常生活は普通にできる。指名手配されていたら動くことは難しいが、ていうか指名手配されているんだが10年前だ。全く顔が違う。おそらく大丈夫だろう。後は連絡を待つだけだ。
『プルプル』
「はい、もしもし。」
「決行日は1ヶ月後…。新宿でやるつもりだ。お前はあの役でいいんだな?」
「ああ、頼んだ。」
「うっ…」
くそっ…。発作か…。発作とはいっても痛みが大きい。薬を飲んではいるが、徐々に動ける時間が減ってきている。一日に6時間は寝ないとしんどくなった。病気なので仕方ないのかもしれないがもっと動かなくてはと思う。
しかし、今も外に4人警察の者が張り付いている。2人はおとりというよりも分かるように配置している。心理作戦のつもりかもしれないがいつも覆面などを使っている警察が急にこんなことをしたら逆に警戒心が生まれる。
もちろん、それは山岸にも分かっていた。
「よいのですか?」
「ああ、心配するな。あれらはすべておとりだ。彼もそれは分かっているだろう。問題なのは彼が路地などに入った時だ。弟もそれでやられている。1人ではなく複数人をバラバラに配置することによって、彼がどこに行くかつきとめるだけの目的だ。まず、彼の目的が何か分からないと、逮捕する前にまた我々が後手に回ってしまう。いまは2人一組で動いてもらっている。そうすれば、1人が負傷してももう一人が動け、追跡がより確実になる。A~Dで班わけをしているから覚えておけ。」
「はい。」
山岸はこれで彼の動きを封じ込められると思っていた。
「よお、正文。見られているな。」
「ああ、動きがとりづらい。」
「そこら辺は考えているよ。奴らはお前が1人で動いていると思っているみたいだな。お前が動いているときにいろんな奴が動いているということを知らないんだよな。」
「…民間人にセブンがいるっていうのは考えにくいんだろうな。」
「まあ、そういうことだから…。今から会議がある。最後だけどな。後は個人がどれほど頑張るかにかかっている。」
「わかった。今から俺も出る。護衛を頼むよ。」
「大丈夫大丈夫。」
俺は普通に外に出た。鍵を閉め階段を下りる。捜査官を見過ごし、反対の道を行く。そこに…。
『プーッ、プーッ』
「うあ!!」
「こらあ、きをつけろ。どこ向いて歩いてんだ。」
「すみません。気をつけます。」
「頼むよ、ほんとに!」
「こちら、A。木田を見失いました。」
「何だって?どこに行ったか?」
「分かりません。」
「じゃあ、CとDにも応援要請を送れ。Bだけじゃ難しい。B、正文の追跡を行え。おい、B!くそっ!A!そっちからも追跡できないか?もしもし、A!応答しろ。」
「今連絡が入りました…。AとB、計四人が殺されました。木田は現在、どこにいるか分かりません。しかし、一度に4人も殺すことができるとは到底思えません。近くにセブンが複数人いると考えられます。あと、銃もすべて奪われました。全員が二丁持っていましたから全部で八丁。」
「…。畜生。」
俺は新宿を歩いていた。集合場所は前に歩いているジャンバーを来ている青年が先にある。俺たちは集合場所は常に変えるためにある服を着ている人について行くという形にした。そうすれば、携帯などで本人が連絡を取らずに場所を変えることができる。
彼は中華のお店に入っていった。何か不穏な空気が立ち込めている。ここはよく、裏の人たちが使うお店だ。この店のオーナーは中国のマフィアではないかといわれている。
案内されたのは個室だった。見たことある隆正以外は3人いた。
「よお、正文。こっちに座れ。」
自分が思っていた以上にいろんな思惑が絡みそうだ。




