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30話 誰でもやっていること。


 30話 誰でもやっていること。


 その夜から、蝉原は鷹宮の身辺調査を開始した。


 龍星会が抱える情報屋、金融関係に詳しい元銀行員、そしてダークウェブ経由で集めた裏帳簿。

 あらゆるルートを使って、鷹宮という男の足元を掘り返していく。


「……随分と身元を綺麗にしているね。普通、弁護士ならもっと穢れているものだが……流石、ヤクザを食い物にしている人権派……慎重だ」


 蝉原は、パソコンの画面を眺めながら、つまらなそうにそう言った。


(攻めれそうなところはゼロ?)


「紹介料ぐらいかなぁ……」


(それは……どういうこと?)


「弁護士は、本来、事件屋――資格を持たない仲介業者から仕事を斡旋された見返りに、紹介料を払うことを禁じられている。弁護士法と、職務基本規程でね」


 蝉原は、画面に映る取引履歴を指でなぞりながら、


「けど、鷹宮は、提携しているコンサル会社に、実質的な紹介料を継続的に支払っている。表向きは『顧問料』。中身は、ただのキックバック」


 よくわからないけど、蝉原が説明してくれた話によると、

 ようするに『本来は払っちゃいけないお金を、別の名称にして払っている』ということらしい


(それって……アウトなの?)


「うまいこと処理してあるから……業界的には、ギリギリグレーで通るかな……違法っていうか、見逃していい違反って感じ」


 蝉原は、ふっと笑った。


「道交法で言うところの、50キロ制限の道路を55キロで走るようなもの。変に摘発なんかしたら、業界の半分が道連れになるから、なあなあで処理するのが暗黙の了解」


(じゃあ、これを突きつけても……)


「痛くも痒くもない……と認識するだろうね……ただ……」


 蝉原は、データを保存しながら、ニヤリと笑った。


 ★


 二度目の対峙は、同じ応接室で行われた。

 蝉原は、プリントアウトした資料を、テーブルの上にそっと置いた。


「これを弁護士会に報告されたくなかったら、今回の件から手を引いてくれませんか?」


 鷹宮は、ちらりとそれに目を通すと、すぐに鼻で笑った。


「バカか、クソガキ。……まったく……愚かしいことこの上ないな」


 書類を指先で軽く弾いて、


「その程度は問題視されるほどのことではないのだよ。普通のことだ。頭の悪い貴様では理解できないだろうが」


 堂々とした態度だった。

 恥じる素振りすら見せない。

 自分の正義を、心の底から信じている目をしている。


 実際、今回、蝉原が提示した暴露ネタでは、鷹宮の根幹を揺るがすことはできない……って、蝉原自身が言っていた。

 正直、僕にはよくわからないけど。


「では弁護士会に懲戒請求しても構わないと?」


「全く問題ない。ハッタリにもなっていない。お山の大将、お前にできるのは、バカを騙すことだけ。本物の大人が相手では手も足もでないクソガキ」


「ただのバカではコミュニティのトップには立てない……そう思いませんか?」


「そうやって、ハッタリばかりでのし上がったのだろう? からっぽのチンピラが。私のような賢者を前にすれば、使えない嘘を並べ立てる事しか出来ない」


「威勢のいい先生だ。老婆心ながら、少しだけ忠告させていただきましょう。あまり俺をナメない方がよろしいですよ。もしかしたら隠し玉を持っているかも」


「なら、見せてみろ。いま、ここで。どうせハッタリだろうがな」


「そう簡単に、手の内はあかしませんよ。……では、またお会いしましょう」


 そう言って応接室を後にする。


 廊下を歩いている蝉原に僕は、


(ハッタリだってバレてたねぇ)


 そう声をかけるが、蝉原はニコニコと微笑んでいるばかりだった。


 ★


 その日のうちに、

 蝉原は、龍星会の顧問弁護士を使って、正式な手続きを踏んだ。

 弁護士会への懲戒請求。

 懲戒請求は、当事者でなくとも、誰でも提起できる正当な権利。


 ようするに『先生! 鷹宮くん、こんな悪いことしてます! 怒って!』と言いつけた。


「さて……うまくいくかな」


 蝉原は、紅茶を一口飲みながら、楽しそうに目を細めた。


(50キロの道を55キロで走るような違反でしかないから、意味ないって言ってなかった?)


 心の中で、僕は尋ねる。


「意味がないとは言っていないよ。痛くも痒くもないと認識するだろう、と言っただけさ」


(一緒じゃないの?)


「少なくともニュアンスは違うね。日本語というのは本当に複雑だ」


 蝉原は、笑った。

 いつもの、何かを企んでいる時の笑い方で。



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― 新着の感想 ―
「痛くも痒くもないと認識するだろう」という言葉の裏で、蝉原さんがどんな罠を仕掛けているのか…… 考えるだけでゾクゾクします!
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