『過剰なエンジン、星を拓く』
『過剰なエンジン、星を拓く』
「お前の頭、どうなってんだよ」
幼い頃から聞き飽きた言葉だった。
教室の隅、イーロンは窓の外の青空の、その先にある宇宙を見つめていた。頭の中で数式が火花を散らすのに、口を開くと、言葉が奇妙に引っかかる。
「おい、アスペ、宇宙人」
罵声と共に背中に投げつけられた泥水の、カビ臭い鉄の匂い。肌に張り付く冷たさに心臓がドクドクと跳ねる。世界はうるさく眩しすぎて、彼には刺激の暴力だった。
「…僕は、火星に行きたいだけだ」
クラスメイトの嘲笑が沸く。悔しさはなく、ただ氷のような孤独が胸を締め付けた。誰も僕を理解できないなら、誰も追いつけない場所へ行くしかない。
イーロンは自分の特性を「過剰なエンジン」と定義した。
夜、古い本を貪り読む。乾いた紙の匂い、蛍光灯の微かな雑音すら思考のBGMにした。微かに漂う夜の湿った土の匂いを吸い込み、「集中しろ。脳の回路を組み替えるんだ」と呟く。自分を毎日アップデートし続けた。他人の感情は読めなくても、宇宙の法則は裏切らない。
大人になり会社を立ち上げても「発達障害の誇大妄想」と叩かれた。ロケットが爆発するたび、周囲は笑った。
夜の工場。焼け焦げた鉄の苦い匂いが鼻を突く。全財産が底を突き、額の脂汗が目に入ってチクリと痛んだ。
「もう終わりだ><」
共同経営者が首を振る。だが、イーロンの目は燃えていた。
「終わる? 冗談だろ。まだ計算の微調整が残っている。もう一度、鉄を叩き直すんだ」
恐怖で指先が震えた。だが、それ以上に執念が血を沸騰させる。胃が絞られるほどのプレッシャーの中、彼は不敵に微笑んだ。
そして、運命の打ち上げ。
「3、2、1……」
轟音。鼓膜を破る振動が背骨を伝って脳を揺さぶる。真っ赤な炎が夜空を切り裂き、ロケットは重力を振り切って星の海へ吸い込まれた。
歓声が爆発する。画面の資産額が、世界一の頂点を示した。
かつて彼を蔑んだ世界が、今は「天才」と称賛している。
だが、イーロンはただ窓の外の夜空を見上げていた。ガラスに触れた指先に、冷たい夜の感触が伝わる。見上げる宇宙は冷徹で、しかし息をのむほど美しく瞬いていた。
「僕の頭がどうなってるかって?」
彼は小さく笑った。
「世界を、次のステージへ進めるためにできてるのさ」
彼の目には、もう地球の境界線すら映っていなかった。
泥水の
カビ臭き鉄
耐え忍び
星の海へと
エンジンを吹く
俺は今、世界最大の富豪と呼ばれる男になった。




