第三話 ヴェルデンホルム中央駅
改札に辿り着いたケイが切符を渡すと、駅員は「ありがとうございました」と機械的な声で感謝を述べた。
改札を抜けたケイは、呆然と周囲を見渡した。
(えっと、確か……『時の広場』ってところで待ってるって書いてあったよな。うーん、時の広場、どこだ?)
高等大学からの手紙には、担当の教員がそこで待機していると記されていた。しかし、ヴェルデンホルム中央駅の改札前コンコースはあまりにも広大だった。行き交う人の波も凄まじく、初めて訪れたケイには右も左もわからない。
「うーん、このまま悩んでいても仕方ないし……」
誰かに道を聞こうかと思案していたその時だった。
「何かお困りですか?」
ふいに声が響いた。振り返ると、背の高いシルクハットを被った妙齢の男性が立っていた。
突然の出来事にケイは肩を揺らしたが、他に頼るあてもない。
「あ、えっと、あの。『時の広場』という所に行きたいんですが……どこにあるかご存知ですか?」
男は静かに頷いて答えた。
「時の広場ですか。でしたら、ここから向かって右の方向に進んでください。時計のついた大きな噴水がありますから、そこが時の広場です。よろしければ、私がご案内いたしましょうか?」
「あ、ありがとうございます。お気持ちは嬉しいんですけど、待ち合わせもありますし、多分一人で行けると思うので大丈夫です。でも、本当にありがとうございます」
ケイが丁寧に断ると、男は「そうでしたか。では、お気をつけて」とだけ言い残した。そして、どこか不気味さを感じさせる笑みを浮かべて会釈をすると、きびすを返した。
「こちらこそ、ありがとうございました」
ケイはキャリーケースの持ち手を握り直し、再度男が歩いていった方を向いた。しかし、コンコースの人混みの中に、すでにあのシルクハットの男の姿はなかった。
「……あ、まずい、時間がない。早く行かないと待ち合わせに遅れてしまう」
男の消失に僅かな違和感を覚えつつも、ケイは教えられた通り「時の広場」へと急ぎ足で向かった。
時の広場に到着したケイは、まずその圧倒的な巨大さに息を呑んだ。
広場の中央には、優に三階建ての建物ほどの高さがある巨大な噴水がそびえ立ち、その頂上には精巧な大時計が嵌め込まれている。そして、その噴水を取り囲むベンチのそばで、キョロキョロと辺りを見回している二人の男女の姿があった。
そのうちの一人に、ケイは見覚えがあった。
「あ、シュミット先生!」
「お、ストロームくん! 待っていたよ。長旅ご苦労さま」
ケイの声に振り返った男性は、安堵の表情を浮かべた。
「待ち合わせの時間から少し遅れていたから、駅で迷子になってしまったのかと思ったよ」
この人は、レオン・シュミット先生。高等大学の入学面談の際、わざわざ西部のポルトまで足を運んでくれた人物だ。まだ二十代と若く、背も高い。少し愛嬌のある整った顔立ちは、いかにも学生時代からモテてきただろうという雰囲気を滲ませている。
「いやぁ……あながち間違いじゃないっていうか、思い切り迷ってましたね……」
ケイが苦笑いしながら白状すると、シュミット先生は声を出して笑った。
「ははっ、まあ仕方がないよ。ポルトはおろか、この国でもここまで巨大な駅はここだけだからね。ちなみに、この噴水も世界で二番目に大きいらしいよ」
「へぇー、だからこんなに……すごいなぁ、首都は」
ケイが噴水を見上げて感心していると、シュミット先生は「あ、そうだそうだ」とポンと手を打った。
「紹介するのを忘れていたね。こちらはレイシア・バイアー先生だ」
横に立っていた華奢な女性が、静かに一歩前に出た。
「レイシア・バイアーです。担当教科は科学で、天文学を専門にしています」
彼女は落ち着いた、理知的な口調で言葉を続けた。
「一応シュミット先生とは同期でして、今日から君のこちらでの生活のサポートを二人で担当します。何か困ったことがあれば、何でも言ってくださいね」
「あ、よろしくお願いします! ケイ・ストロームです。ポルトから来ました」
ケイが慌てて頭を下げると、バイアー先生は「ストロームくん、今日からよろしくお願いしますね」と穏やかに微笑んだ。
一通りの挨拶を終えると、シュミット先生が口を開いた。
「さて、疲れているところ悪いんだけど、アルカディアで生活していくにあたって、まずは早めに住民登録を済ませておかないといけないんだ。早速だけど、まずは役所に行って手続きをしようか」
その言葉を合図に、ケイたち三人は広場を抜け、いよいよ圧倒的なスケールを誇る首都の街並みへと足を踏み出していくのだった。
遅れましたが第三話。




