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薄氷の恋 ――不倫した妻と僕を結ぶものは、罪悪感という名の感情、ただひとつ――  作者: 書峰颯


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第33話 ※巻島視点

「実はね、私……ゼン君の子供、妊娠しているの」


 別れの挨拶へと向かったマヤの自宅にて、俺はとんでもないご報告を受けた。


 マヤが妊娠。

 マヤが妊娠、だと? 


「妊娠って、避妊、してなかったのか?」


 震える声でマヤへと問う。


「してなかった」


 なんで? お前達の関係は不倫、しかも仕掛けられた不倫なんだから常識的に考えて避妊するに決まってるだろうが! 


 などと。


 激昂しながら叫びそうになった言葉を、必死に飲み込む。


 妊婦相手に怒鳴ったらどうなってしまうのか、そんなどうでもいい理性が俺の本能を押し込めた。


「本気、だったんだもんな」


 俯き、額に手を当てる。


 別に、マヤへと向けた言葉じゃない。

 自分自身を納得させる為の言葉だ。

 

 妊娠した、だからマヤは俺達を裏切った。

 なるほどな、本当、ふざけてやがる。


「ゼン君はもう……私のところに、戻らないよね」


 戻る訳ねぇだろうが。 


 ああ、ダメだ。

 一度、深呼吸をした方がいいな。 

 このままじゃ暴言しか出てきそうにない。


 落ち着こう。

 まずは状況整理だ。


「悠全は妊娠したこと、知ってるのか?」


「まだ伝えてない。ユリカさんの離婚届を出す時に、報告しようと思っていたから」


 まだ、悠全はマヤの妊娠を知らない。 

 なら、このまま知らない方がいい。


 こんな事実を知ったら、もう、さすがの悠全だって参っちまうよ。

 

 現にもう、俺がいっぱいっぱいなんだ。

 こんな現実、受け入れられるはずがない。


「あのね、巻島君」


 申し訳なさそうに俺を見上げる。

 その目が物語るものは、悲壮、ではなかった。


「私、産むから」


 マヤの目が語っているもの。

 それは狂気だ。

 狂愛と言ってもいいぐらいの、歪んだ瞳。


「産むって、お前」


「分かってる、ゼン君はユリカさんを選んだ。あの時あの男が乱入したせいで、何もかもの計画が狂った。だけど、私に宿った命に嘘はない」


「言ってる意味、理解してるのか?」


「してる。ゼン君にも迷惑は掛けない。今のユリカさんにゼン君が必要だってことも、理解してる」


 それまでソファに座っていたマヤは、立ち上がり俺の方へと歩み寄る。


「でもね巻島君、私にもゼン君が必要なの」


「一緒になれないのに?」


 隣に座り、自らのお腹をさすりながら、微笑む。


「それでも、私のお腹の中には彼の子供がいるから。あのね巻島君、結婚なんて所詮、紙で繋がった薄い繋がりなの。でもこの子は、この子の存在はゼン君と私を繋いでくれる、絶対なる家族の証。それだけは、何があっても変わらないから」


 正直、気が狂ってるとしか思えない。


 母性に目覚めたから中絶出来ないと言ってくれた方がまだ理解出来る。


 マヤは悠全との繋がりを残したいが為だけに、宿った命を残したいと言っているんだ。


 子供という存在を自分の為に利用したい。

 そんなの、許されるはずがねぇだろうが。


 そんなの、絶対に許されるはずがねぇんだ。


 嫌な汗が喉の奥を流れる。


 そんな意味不明な不快感と共に、飲み込まなきゃならねぇ事実が、大事な事実が一個だけある。


 だから、堕胎しろとは、言わねぇ。

 何があっても、俺が言ってはダメだ。


 今回の件、どうあがいても俺に責任がある。


 悠全とマヤ、本来出会うはずのない二人を出会わせちまったのは、誰でもない俺だ。


 その俺が、一番言っちゃいけねぇんだ。

 

「あのね巻島君、勘違いしないで欲しいんだけど」


「……勘違い?」


「私は別に、巻島君に責任を取って欲しいとか、そういうことの為に伝えてるんじゃないの」


 視線は、既に俺には向けられていなかった。

 前をまっすぐに見て、誇らしげに語る。


「ただ、決意表明みたいなのを聞いて欲しかっただけ。一人で産むって、やっぱりちょっと大変だろうし、怖いっていうのもある。それにお父さんであるはずのゼン君は私の側にはいないし、この子の存在すらゼン君は知らない。それはとても悲しいこと。だから、巻島君にだけは知っておいて欲しいなって、そう、思っただけだから」


 本当なら、伝える必要、なかったのかもね。

 呟き、柔らく微笑みながら、自らのお腹を触る。


 そんなマヤを見て、俺もようやく理解した。

 理解して、覚悟を決めた。


「違うだろ?」


「……違う?」


「ああ、マヤは昔から本音を隠すのが下手くそだったけど、それは今も変わらないな。お前の本音は、巻島先輩、助けて下さい! なんじゃないのか?」


 妊娠した、そして産むと本人が言っている。

 ならば、俺に出来ることはたったひとつだ。


「俺も、最後まで付き合うよ」


「最後まで付き合うって……巻島君、それ、意味分かって言ってますか?」


「ああ、分かってる」


「お腹の子、ゼン君の子供ですよ?」


「そうだな」


「私、離婚したばかりのバツイチの女ですよ?」


「ああ、知ってる。円満離婚おめでとさん」


 マヤの奴、開いた口が塞がってねぇな。

 

「まぁ、なんだ。俺には恋人もいないし子供だっていない。子供の父親役をするには十二分過ぎるぐらいに適役だと思わないか? それに俺、悠全のこと好きだからさ」


 言うと、マヤはハッと表情を変えた。

 手を口にあてて、瞳をキラキラと輝かせる。


「あ、分かった」


「何よ?」


「巻島君も、ゼン君のことが好きなんですね?」


「今言ったばかりなんだが?」


「違います、好きの意味が違います。巻島君、巻島君は心からゼン君……有堂悠全のことを愛していたのですね? 私たちの問題解決に動いているように見えて、実のところ全てはゼン君の為だけに動いていた……違いますか? どうでしょう? 巻島先輩?」


 まるで、犯人はお前だ! みたいな感じで指差ししてきたけど。


「くだらねぇ、んなのどうでもいいよ」


「またまた、嘘が下手ですね、先輩」


 くすくすと笑っている姿は、昔のままだな。

 制服姿が思い浮かんで来そうだ。


 だが、悔しいことに大正解だ。

 俺は悠全を愛していた。


 悠全を救う為だけに、何もかも動いていたに過ぎない。

 じゃなかったら、誰がこんな面倒な役を引き受けるよ。


 だが、口には言わねぇ。

 言ったが最後、どんな玩具にされることか。

 

「それじゃ、さっそく病院に行くか。その後に俺の両親にも報告しないとだよな。住む家も引っ越しが必要だろうし、赤ちゃんを迎える準備もしないとか……なんだか急に忙しくなってきたな」


「ふふっ、でも、楽しそうですね」


「バカ言え、忙しいだけだよ」


 ソファから立ち上がり、玄関へと向かう俺の服を、マヤは優しく掴んだ。


「ありがとう、巻島君に相談して、良かったです」


「恨まれこそすれど、感謝される筋合いはねぇよ」


「それでも、ですよ。ありがとうございます」


 マヤと俺が一緒になる日が来る。

 しかも悠全の子供まで一緒に。


 それがどういう意味か、もちろん理解している。

 どれだけ罪深い、選択だったのかも。





 俺の出向先へと、二人で引っ越しをする。


 マヤは家を売りに出し、俺も住んでいたマンションを解約した。


 実家だから売る必要はないのではないか? そう伝えると、マヤは膨らみ掛けてきたお腹に手をあてながら、口端を緩める。


「あの家の場所を、ゼン君も知ってるから」


 知ってるから。

 もしかしたら来てしまうかもしれないから。

 

 マヤはあの家で、悠全から別れを告げられた。

 

 本当は泣いて引き止めたかったのを我慢し、マヤは笑顔で悠全を送り出したんだ。

 

 お腹の中に貴方の子供がいる。 

 その事実をしっかと隠したまま。


「マヤ、ちょっと話があるんだが、いいか?」


 引っ越しを終え、新しい環境にも慣れた頃、俺はマヤへとある提案をしたんだ。


 ある提案。

 それは、俺とマヤが籍を入れるということ。


「子供がいる夫婦なのに苗字が違うって、いろいろと問題あるだろうしな。それにマヤは専業主婦なんだから、俺の扶養に入っていた方が金銭面でも得だろ? マヤが嫌だっていうのなら、別に無理強いはしないけどよ」


 別に、金銭面で苦労していた訳じゃない。


 俺の給料も上がっていたし、マヤだって実家を売却したお金がある。 


 ただ、過ごしやすい環境を整える為。

 それだけの為、つまりは子供の為の結婚だ。


「それにマヤは前に言ってただろ? 結婚なんて所詮書面上のことだってよ。だからじゃないが、俺と結婚することにも抵抗がないんじゃないかな、とか思ったりもしたんだが」


 形だけでも夫婦を偽る。

 イミテーション、真似事みたいなもの。

 別にそれでいいと、俺は思っていた。


「悟君」


 なのに、マヤは違ったらしい。


「ありがとう……こんな私の側にいてくれるって言ってくれて、本当にありがとうね」


 いきなり泣き始め、俺の手を握りしめる。


「バカ、何泣いてんだよ」


「てっきり、もう終わりにしようって言われるのかと思ってたから。だって、悟君は何も悪くないし、何もかも私のせいだったのに」


 マヤの奴、そんな事を考えていたのかよ。

 

「俺がそんな軽薄な男に見えるか?」


 言うと、マヤは泣きながらも微笑んだ。

 そして不覚にも、可愛いと思っちまった。


「悟君、バカな私ですけれども……本当にバカで我儘な私ですけれども、今後とも末永く、宜しくお願いいたしますね」


 可愛い顔を近づけて、互いの意思を確認するみたいに、優しく唇を重ねる。


 こうして、俺とマヤは正式に夫婦になった。


 出向先なんだ、会社に報告しても悠全に結婚がバレることもない。


 式は挙げずに写真だけで済ませた。

 理由はお腹に子供がいるから。

 誰もが納得だ。


 そして月日が流れ、マヤの出産の時を迎える。


「お父さん、生まれましたよ。元気な女の子の赤ちゃんです」


 ガラス越しに、産まれたばかりの赤ちゃんを眺める。ベビーコットの中にいる赤ちゃんは、間違いなくマヤの……そして、悠全の子供だ。


「悟君」


 車椅子で運ばれてきたマヤは、ぐったりとしていて、顔面蒼白で。今にも死んでしまうのではないかと心配してしまうぐらい、やつれて見えた。


「元気な女の子だってよ」


「……うん」


「足に苗字が書いてあるのな」


「ちゃんと巻島って、書いてあるでしょ?」


「ははっ、そうだな」


 本当なら、有堂だったのにな。

 言葉にしないままに、互いの心でそう思う。


「じゃあ、出生届けを出してくるわ」


「うん……ねぇ、悟」


「ん?」


「本当に、その名前でいいの?」


 マヤが希望した名前。

 悠全のユ、それとマヤのマ。

 合わせて悠舞(ゆま)


「ああ、全然、いい名前じゃねぇか」


「悟の名前は……」


「俺の名前なんか入れたらユマルになっちまうぞ? なんかオマルみたいでダメだろ」


「……ふふっ、そうだね」


「っつー訳で、行ってくるわ。マヤはしっかりと休んでおけよ」


「うん……ねぇ、悟」


 やつれた顔、前髪をはらりと落としながら、マヤは微笑む。


「次は、私たちの名前の子にしようね」


 次……か、そうだな、次があるんだな。

 でも、それは今考えることじゃない。


「まぁ、まずは悠舞をしっかりと良い子に育てること。それが一番大事だ。次のことはその時考える、じゃ、今度こそ行ってくるわ」


 子供の名前は、巻島悠舞。

 とっても可愛い女の子だ。


 三人の生活は、間違いなく幸せだった。

 仕事も私生活も、何もかも順調だった。


 いや、順調過ぎたんだ。

 その結果として。


「巻島君、帰任の辞令が承諾されたよ」


 俺は、元の会社へと、戻るハメになっちまった。

 元の会社、つまりは悠全のいる会社だ。




————————————

そして、時系列は現在、悠全視点へと戻る。

次回……『最終話』お楽しみに。

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主人公になりそこねた男巻島 と思ったけどまあまあ幸せなポジション得てるなコイツ…
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