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70話 破壊

「それより壁はどうなったの?」


 恥ずかしさが経過時間と小突きの回数が増えるにつれて紛れてきたのか、フランさんは心配そうな顔をしながら僕にそう尋ねてきた。


 フランさんは今ちょうど壁を背負っている位置に居て僕と対面しているので、壁がどうなったか分からないのも無理ないだろう。なので僕は、ぽっかりと口の開いた壁――フランさんの後ろを指さしながら、


「後ろを見てください」


 フランさんは恐る恐るといった様子で後ろを振り返る。


 フランさんからしたらあれほど派手にやったのにも関わらず、何の成果も無しだったという結果になることには、些か恐怖心が芽生えるのだろう。


「……あ、開いてる」


 ぼそっと呟いた後、目の前の成功を噛みしめるが如く大きな声で、


「開いてるよ、真冬くん!!」


「はい、おめでとうございます!」


 その喜び様はさながら難関校を受験し、無事入学を許可された受験生のようで、僕は再度微笑ましく感じるのだった……が、もう1匹――1人の言葉で僕は、置き去りにしていた重要事項を思いだす。


「おめでとうにゃ」


 ――その事項とは、みゃーこの人間化についてだ。


 何故みゃーこが人の言葉を話せるようになったのか、何故ナビーと同じように念話みたいなものが使えるようになったのか……etc。疑問を挙げていては一向に尽きることはないが、一番気になることを訊くことにする。


「「みゃーこはステ――みゃーこちゃん、“話せるようになった”の!」」


 止まる所を知らずに湧いてくる疑問の数々に、時間の都合と尺的な問題から厳選に厳選を重ねやっとのことで聞こうとした僕の質問を、壁破壊の成功によってテンションの天井をも破壊してしまったのかと思うほど、吹っ切れているフランさんによって遮られてしまった。


「猫が話せるようになることは、この世界では普通なんですか?」


 僕はフランさんの“話せるようになった”という言葉からある引っかかりを覚えた。その言葉はあたかも話せるようになる事が、この世界で普通ではないにしろ、異常でも無いことと思えるような言い方だったからだ。


 そんな僕の推理とは打って変わって、気持ちよさそうに喉を鳴らしているみゃーこを、撫で回しているフランさんはあっけらかんとした口調で、


「え……?普通じゃないよ?」


「え……?」


「猫人族じゃないなら猫は話さないよ」


 ――これはあれだ。


 多分今のフランさんはいつもの状態ではなく、文字通りハイテンションになっている。この状態で何が起こるか分からない壁の向こうに行くのは危険と判断し、フランさんがある程度落ち着くまでは、一先ず壁の向こう側に行けるようになった事を喜ぼうと思った。


 そうしてフランさんが落ち着きを取り戻すまで一頻り壁の突破を喜んだ後、僕たちは壁の中へ向かって進むことにした。


「じゃあ、そろそろ行きましょう」


 そう言って顔をしっかりと引きしめた仕事モードのフランさんと、感覚を研ぎ澄ますように鋭い眼光で先を見据えるみゃーこ、今までよりも気を引き締め細心の注意を払っている僕たちは、暗闇の中へと足を踏み入れる。

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