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2017冬-2

中央駅前のホテルを取り、夜まで部屋に閉じこもって買い込んできた新聞とテレビのニュースを追っていた。

さすがに地方版は地元だから事件の詳細に触れていた。


『ここ数年、二代目伊勢組から首藤組へ移籍する組員が大量に続き、古くから名の知られた伊勢組だったが、その勢力は減退の一途をたどっていると言われていた。


殺害実行犯である岡本隆二容疑者(25)は二代目伊勢組傘下の構成員であるため、県警は二代目伊勢組組長の長尾健二(68)の指示による組織的犯行があったのではないかとの見方を強めている。長尾組長はこれを否定している。』



伊勢組は昔、親父が所属して若頭まで務めた組だ。

代が変わる時揉め事があって、親父と照也の父親は組を離れて独立し、長尾が伊勢組の二代目に収まったとぐらいは聞いたことがあった。

そんな経緯があったからか、以前にも町中で組員同士がぶつかって小競り合いになったことはあったが、今になって照也が殺されるような理由はわからなかった。



※ ※ ※



夜にまたマンションを訪れると、香苗さんは戻っていたがまだ喪服のままだった。


小さな骨壺を持ち帰っていて、それが白木の経机の上に置かれていた。

照也の奥さんの許にある骨を分骨してもらったと、香苗さんは疲れた顔で薄っすらと笑みをこぼした。

「あの丘の上の墓に一緒に入れておこうと思って。いずれ、私も入るから、親子三人揃うだろ」


俺の母親の墓の隣、照也の父親が眠っている墓。


「通夜にも葬儀にも顔を出さなくて、本当に申し訳ありませんでした」

俺は香典を置き線香をあげた後に、香苗さんの前で両手を突いて詫びた。


「いいよ、あんたにはできないことなんだから。盛大な葬式だったよ。立派な親分衆も顔を揃えてくれてたし・・・一之も・・・組長もできることは全部やってくれた」

「照也がこんなことになるなんて・・・まだ、どうしても信じられない」


照也は兄貴だった。

香苗さんは俺にとって母親も同然だった。本当の母より母親らしかったと言ってもいい。


「そう・・・私はずっとこうなると思ってた・・・いつか、照也はあんたの身代わりになるんじゃないかって・・・」

その香苗さんが、隣に座る俺をまるで見知らぬ人間を見るような醒めた視線を向けてきた。


「昔、うちの人が刑務所に入ってた時、照也を連れて面会に行ったことがある。収監中に癌だってわかって、刑務所の病院みたいなとこに入ってた時。

照也はまだ小学生だった。6年生になったところだったかなぁ~」

香苗さんは、こつんと窓ガラスに頭をぶつけてそのままもたせかせた。


「そんな小さな子に、あの人は手を握って『大きくなったら、首藤組を守れよ。一之の援けになってやれ』 そう言って、何度も約束させてた。肺癌がもう脳に回ってたから、正気を失くしてたのかもしれない。

そんなになってもあの人の頭にあるのは一之の・・・・あんたの父さんの心配ばかりだった」

涙一つこぼれない乾いた目で俺を見つめたまま、香苗さんは静かな声で続けた。


「同じ中学で、二人でいつもつるんで悪さしていて・・・・一緒に町を飛び出して行った。二人で小さな組を立ち上げて、伊勢組の傘下に入って・・・。いつまでも中学の延長みたいに、むちゃくちゃやって・・・楽しそうだった。


あんたの父さんが伊勢組の若頭になった頃、組長が急死した。跡目を争った今の二代目の長尾に嵌められて文書偽造で逮捕されて。それだけならたいしたことなかったのに、家宅捜索で事務所から覚えのないシャブが出てきて・・・」

震える唇をぎりっと噛んで、かなえさんはあくまで涙を見せなかった。


「あの時、あんたの父さんが刑務所に入ったら首藤組はおしまいだった。だから、うちの人が全部自分で被って・・・

収監中に死んだのは仕方ない。病気だったんだから。あの人は一之のために死ねて本望だったろう。でもね、自分の息子まで一之にくれてやるなんて・・・」


それ以上続けさせたくなくて、伸ばした俺の手を香苗さんが払いのけた。

「ヒロは照也があんたから首藤組を取り上げたと思ってたんだろ。そんなんじゃない。あの子は父親の最後の言葉に縛り付けられていたんだ・・・私がどんなに止めても、あの子は聞かなかった。

父さんの代わりに首藤組を守るんだって・・・その代わり、あんたは自由にしてやりたいって。ヤクザなんかにしたくないって」


香苗さんの乾ききった目は、俺を憎んでいた――死んだのが照也じゃなくて、俺だったらよかったのに・・・・と。



照也が全身に刻みこんでいた鮮やかな藍色の菊と龍の彫り物。あれは、自分に引き返すことを許さない絶対の覚悟の表れだった。

だが、香苗さんから見れば、俺の自由と引き換えに照也の身体に彫りこまれた呪詛に見えていただろう。


照也は組のために、自分の人生の全てを捨てた。

俺と親父は、香苗さんの夫と息子を二代にわたって奪った。


俺はもうそれ以上の言葉を出せずに、もう一度頭を下げて、マンションを後にした。


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