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2017冬-1

2017年1月、俺は45歳になった。


「――ヒロさん」

電話の向こうの声は、ひどく切羽詰まって掠れていた。

「すぐにテレビでもやるだろうから、先に知らせとく。照也が殺(や)られた。昨夜、死んじまった・・・」


首藤組の事務長だった小森のおやっさんはもう引退して、名ばかりの相談役になっていた。

苦しげに喉をぜいぜい鳴らしながら、おやっさんの声は年老いて打ちのめされていた。

「誰が殺ったんだ!」

一瞬で、忘れていた皮膚の下の血が逆流した。音をたてて脈打つ。


「栄光会。殺った奴はもう出頭してる」

聞いたことも無い組の名前だった。首藤組とどんな関係があるのかも知らない。

「オヤジがヒロさんはこっちへ来るなと言ってる。組の方へは絶対顔を出すなと。わかったな」

それだけ言って、おやっさんは電話を切った。


昨夜、サウナでナイフを持った若い男に背後からいきなり襲われた照也は、不意を突かれて滅多刺しにされ、反撃もできないまま絶命した。



昼のニュースで、その事件は小さく取り上げられていた。

『1月28日午後10時30分ごろ、北区成見3丁目のサウナ【ロンド】から男性が刺されたと110番通報があった。

県警によると、男性は客として訪れた指定暴力団「首藤組」幹部南條照也(48)、サウナ更衣室で若い男にナイフで襲われ、背や腹など数カ所を刺されて心肺停止状態で病院へ運ばれたが、直後に死亡した。 


現場から逃走した男を県警は殺人容疑で行方を追っていたが、同日午後11時50分南署に出頭してきた指定暴力団二代目伊勢組系栄光会構成員岡本隆二(25)が犯行を認めたため、殺人と銃刀法違反の疑いで逮捕した。


首藤組と二代目伊勢組の間には以前からの対立があったと言われ、県警は今回の事件の背景にその可能性もあるとみて慎重に調べを進めている。』



照也の葬儀は組をあげて盛大に執り行われることになった。

死亡した三日後に密葬を終え、翌日からの通夜、告別式と続いた。


俺は密葬にも出るなと小森のおやっさんに言われていた。それでも、線香の一本を上げるために帰らないわけにはいかなかった。



告別式当日、新幹線の中でスマホのニュースを拾うと、首藤組の組事務所や葬儀場周辺はパトカーだけでなく、機動隊のバスがずらりと並んで道路を検問している。

その間を縫うようにして黒塗りの車が次々と乗りつけ、各地の組長たちが配下に警護されながら降り立つ姿が映し出された。


親父が幹部を務めている上部団体からも、名の知れた大物組長たちが参列するためにマスコミは葬儀を大きく取り上げていた。




事務所に直接向かうわけにはいかず、京町のマンションに寄ってみた。

俺の母親が死んだ後、照也の母親である香苗さんが住んでいる部屋だ。

今日の告別式に香苗さんは参列しているかどうかわからなかったが、誰かいるだろうと思って押したインターホンに応えてドアを開けたのは見知らぬ顔の少年だった。


詰襟の学生服を着ていたので、中学生だとわかった。上着についているのは見慣れた千種中の頭文字の入ったボタンだった。


「東京から来た首藤博之だが、香苗さんはいつごろ戻りそうだ?」

「ばあちゃんは夜まで帰ってこない。俺もこれから出かけるから」

窮屈そうに首元のフックを止めながら、俺を押し出すように靴をはき始める。


長く伸びた髪は金色に近い。耳に並んだ赤いピアス。まだ身幅は無いが、背は俺とそれほど変わらないから中三になっているのだろう。

見間違えなどできないほど、照也に似ていた。


「お前、照也の息子か・・・」

カイと最後に別れた日、「子どもができた。男の子だ。会ってくか」

そう言った照也の言葉を無視したから、今初めて会うことになった――照也の息子。


「馴れ馴れしくすんじゃねぇよ」

下からねめつけるように睨んで、肩に掛けた俺の手を払いのけた。


棘の生えた鎧で身を包んでいる15歳の少年――ヤクザの親の看板は彼にとっても重いのだろう。昔の俺と同じ。

精いっぱいの虚勢と反抗を全身にみなぎらせて、自分は一人前だと信じようとしているが、不意にその目に不安と幼さが剥き出しになる。


あの頃の俺は、周囲の大人にはどう見えていたのだろう。


「香苗さんに、東京からヒロが来てると伝えてくれ。後でまた寄るから」

首藤という名前には気を使ったのだろう。無言で頷いてそのまま廊下を歩いて行った。


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