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シャングリ=ラ・ら・ら・・・  作者: 春海 玲
第九章 帰郷Ⅱ
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2001春-8

鳥居に会ったことで、カイへの未練がすとんと落ちた。


俺たち二人はもう二度と出会うことはないのだ――と、肺腑に染み入る。

きっとカイもそうなのだろう。そのために俺に会いに来たのではないか。

肩を並べて一緒に走って行きたいと願った二人のガキの幼い夢に決別するために。


監物組を背にして踏み出した俺の一歩は、初めてカイのいない一人で歩いて行く世界に繋がっていた。



※ ※ ※



喫茶店のコーヒーがあまりにも不味かったから、中央駅まで戻ったところでドトールに寄って飲み直すことにした。

相続関係の手続きは一段落していたから、明日には東京へ戻るつもりだった。



「首藤くん・・・・じゃない?」


東京ではありえない、地方都市で知り合いに出会う確率の高さ。

俺の座るカウンター席前のガラスを外から、軽くノックする女の口が俺の名前を形作っていた。


なかなかよみがえらない記憶の底で、まっすぐ見つめてくる強い眼差しの面影が掠めた。

「――菊川・・・」

中三の始業式の日、切り刻まれ、浴びせられた水に濡れた髪の頭を高く持ち上げたまま、不良の女たちに囲まれながら怯みも見せなかった菊川美雪の姿は鮮烈だった。


「やっぱり首藤君だった。久しぶりね」

店内に入ってきた菊川は俺の隣の席に腰を下ろして、微笑みかけた。


中学でもほとんど口をきいた記憶はなかったし高校も別だったから、懐かしいとか、会えて嬉しいとかいう感慨は特になかった。

すっかり見知らぬ大人の女の格好で、ただ眼だけが昔と変わらない強い意志を感じさせた。


「ずっと東京に行ってるって聞いてたけど、帰ってきたの?」

「おふくろの葬式」

あっと言って、菊川は口をつぐみ、しばらくしてからやっと詫びとお悔やみの言葉を口にした。


「知らなくてごめんなさい。私も今、東京で働いていて、帰ってきたの久しぶりだったから」

長い髪をかきあげる菊川の左手薬指には結婚指輪がはまっていた。

俺の視線に気づいたのか、さっと手を下げて、「二年前に同じ会社の男と結婚したんだけど、今、離婚調停中」と苦笑した。


コーヒーを取ってきた菊川とテーブルに席を移して、しばらく話を続けた。

クラスも違ったし一緒に遊んだことも無いから、話はそれほど弾んだわけでもない。それでも、互いに知った名前が出ると懐かしさに笑い合った。


「私は中二の終わりに転校してきたから、とうとう女の子たちのグループには入れなかった。だから、首藤君たちが仲間とつるんで大騒ぎしてるのが正直羨ましかったなぁ」

「馬鹿だと思ってたろ」

「うん、なんて馬鹿で幼稚なガキだろうと思ってた」

二人で声をそろえて笑った後、菊川の笑顔がきれいだと思っている自分に気づいて居心地が悪くなった。



「そう言えば、お前、ケータと一時期つきあってただろ」

祭りの屋台で焼きソバを売っていた中三の夏休み、ケータが連れていたのは菊川だったはずだ。

「一ヶ月で別れたわ。あいつ、三股もかけてたんだから。私、男運が悪いのかも。今の旦那も浮気してばっかりで。そういう男を選んじゃうのかな」

「ケータは昔からモテモテだったもんな。ホストは天職だよ。あいつまだホストやってるのか」


菊川の笑顔が消え、コーヒーカップを包み込む両手に力がこもった。

「ケータ・・・死んだよ。女に刺されて・・・・あいつ、いつかそんな目に合うと心配してた通りになった」

「――いつ・・・」

一年ぐらい前、と答える菊川の声が耳の奥でがんがんと渦巻く。



『いいか、ゴムつけるときは手早くするんだ。こう端っこを咥えてぴっと破るのが格好いいんだぜ』

俺たちはケータに導かれて、男になっていった。

女のことなら、ケータは何でも知っていた――その女に刺されて死んだ。


みんな俺を置いて行く。キキもケータも・・・・カイも。


それとも俺がみんなを置いて、前に進んで行かなくてはならないのか。

少年の日々の仲間たちは少しずつ薄れて色褪せ、思い出の影になっていくのだろうか。




まだ二、三日こっちにいるという菊川と別れるとき、そのうち東京で一緒に飯でも食おうと携帯の番号を交換した。



※ ※ ※



三年後、俺は菊川美雪と結婚した。


時々上京してくる親父とはたまに飯を食うぐらいだったが、娘が生まれた頃から俺のマンションにも立ち寄るようになっていた。

嬉しそうに孫娘のための土産を抱えてくる親父は、上部団体の執行部幹部に登りつめていた。


照也は周囲にも首藤組の跡目を継ぐと目され、若頭の地位に就いた。


銀竜会の加納は他の組と軋轢を起こしたらしく、多額の金を持って姿を消した。フィリピンあたりに飛んだらしい。


生島の店は摘発を受けては閉店し、すぐに別の場所に別の業態の店を開店する繰り返しで、それでもその勢力は着実に伸びていった。


俺は少しずつ事業の拡大を計り、不動産管理売買の他に人材派遣とレストラン経営にも手を広げていた。


俺の歩く道は、陽の降り注ぐ表通りの道だった。



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