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シャングリ=ラ・ら・ら・・・  作者: 春海 玲
第九章 帰郷Ⅱ
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2001春-4

しばらく二人とも無言で煙草を吸い続けていたが、

「カイ、約束守れなくて悪かったな・・・」

どうしても、これだけは謝っておきたかった。

「約束?なに・・・?」

吸いさしのショッポを水の中に放り投げて、カイは寒そうに毛布をもう一度肩まで引っぱりあげた。



「俺が首藤の組長を継いで、お前を若頭にするっていう・・・」

「そんな話、昔のことだろ。ガキの戯言(ざれごと)だ。俺は監物に入って、面白おかしくやってきたし・・・」

やっと吐き出した俺の言葉は、忘れていたというように軽くいなされた。それでも俺は、言わずにはいられない。

「あいつが戻ってきた時・・・・・あの時、二人でこんな町逃げ出してしまえば良かったな・・・・今頃になって、こんなこと言っても遅いけど」


カイの義理の父親が出所してきた時、カイを連れて逃げればよかった。

二人で遠くへ行って、二人で小さな組を立ち上げて、大きな組の傘下に入ってのし上がっていけばよかった。

首藤の看板なんか、最初から捨てていればよかった。親父も母さんも捨てればよかった。

カイが隣にいて、二人並んでどこまでも走っていければ、それでよかった。



「俺も謝らなくちゃならないことがある・・・」 

無言で聞いていたカイが、やっと絞り出すような声をだした。


「首藤組のステッカーを貼ったレビンが羽衣狩りをしてると聞いた時、すぐヒロさんだとわかった・・・ヒロさんが俺を探してるんだと」

「俺がやられてる時、クラウンから降りてこなかったじゃないか・・・」


いくら大人になっても、俺の口調が少し拗ねたようになったのは仕方ない。

カイの隣にいれば、俺は15のガキに戻ってしまう。


今でもあの時の痛みは忘れない。身体よりも心が血を流していた――降りてこい、カイ・・・

そして、クラウンの窓から突き出された右手とその指先のショッポの煙。


「タバコの火を借りに――降りてくればよかったんだよ!」

自分でもガキのままだとわかる恨みがましい言葉がこぼれる。



「・・・ヒロさんが紅蓮を代替わりして辞めた頃、照也さんが俺を呼びだしたんだ」

ぎくりとしてカイを見たが、淡々と言葉は続けられた。


「ヒロさんも俺も首藤組には絶対に入れないと言われた。ヒロさんはヤクザにはしないで堅気の生活を送らせると。

そう言われたら、ヒロさんの隣に俺の場所は無い。喧嘩が強いだけの俺がヒロさんの役に立つことなんか、何一つ残らない。

それでも、あの時降りていたら・・・・俺はきっとヒロさんと一緒に行きたいと望んでしまっただろう」


全てはもう帰らない過ぎた日の繰り言だ。

俺たちは無言になって、暗い水面をじっと見つめていた。



「みんな忘れたと思ってた・・・だけど、一度だけ夢を見た」

ポツリとつぶやいて、くるまった毛布の中でカイは俺の肩に頭を乗せた。

酷く痩せて硬い身体が隣にあった。


「フェックスに乗ったヒロさんが、『迎えに来たぞ、カイ』って俺を呼んでいた・・・・嬉しそうに笑って。

・・・・目が覚めた時、俺は自分が何て返事をしたか覚えてなかった」


たった一人、暗い中で夢から目覚めた時の胸を抉るような絶望感を俺も知っている。


「だけど、俺にはきっと美佐ちゃんが捨てられなかった・・・俺には・・・美佐ちゃんを捨てられない・・・」

同じ言葉を繰り返すカイの軽い重みの預けられた俺の肩が、じんわりと濡れて冷たくなっていった。


「・・・・どんなに、ヒロさんと行きたくても・・・」 声が途切れて、小さな嗚咽が洩れた。


かあさんの細くて優しくて冷たい手。俺を抱きしめて離さなかった茨の蔓。

カイの何も無い部屋にただ一つ置かれていた、ダイヤル付きの黒い電話。あれは、カイにとっての茨の蔓だったのだろうか。



俺たちの当代でナンバーワンの強さだったカイが泣いたなんて、決して誰にも言わない。

昔、俺が一度だけカイの前で泣いた時、「誰にも言わないよ、ヒロさん」と、約束してくれたから。


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