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シャングリ=ラ・ら・ら・・・  作者: 春海 玲
第九章 帰郷Ⅱ
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2001春-3

「少し回っていきたいところがあるんだけど・・・いいか」

カイが俺にためらいがちに聞いてきた。

「おう、どこでもいいぜ」

昔の俺のように気軽に聞こえただろうか。


「――俺たちが・・・行ってた中学の辺り・・・」

「よし、久々二人で走るか」


信号機が青に変わった瞬間にアクセルを強く踏みこむ。急激な加速にもベンツは微塵の揺るぎもなくついてくる。

カイが窓を開け、温まっていた車内に冷たい風が奔流のように流れ込んできた。

風を切って疾走する感覚を忘れていた。あれはもうずいぶん遠い昔のことのような気がする。



「お前の香西中へ行くか」

「いや・・・・ヒロさんのガッコでいい」



※ ※ ※



閉ざされた校門の前で車を停めた。

俺が三年間通った千種中は、闇の中にしんと建物の影だけが浮かんでいる。

三年生の時使っていた旧校舎はもう取り壊されて、新校舎だけが残っていた。生徒の数は俺たちの代がピークで、学区が再編成された後は新校舎だけで足りたのだろう。


「――こんなに狭かったっけ・・・」

門の柵の間から校庭を覗き込みながら、カイが驚いたようにつぶやく。


「おう、卒業式の日、お前が乗り込んできた時は校庭がやけに広かったけどな」

「あれがヒロさんに会った最初の時だったな・・・名前の売れてる千種の頭を倒してやろうと思ってた」

「あの時、俺がズボンの裾を踏んでひっくり返らなかったら、俺が勝ってたのにな」


――それは嘘だった。ひっくり返らなかったら、俺が負けていた。

カイはそれをちゃんと承知で、「そうだな。ヒロさんが勝ってたよ」と、笑って嘘で返した。

あの日、俺たちは一度だけ闘い、俺は最強のカイと引き分けたということになっている。


三年生の一年間ほとんど毎日、カイはこの校門のところで原チャリに寄り掛かったまま俺を待っていた。



車に戻って、俺たちの【駅】まで走り、小さな駅前ロータリーを回って、人気のない寂れた夜の商店街を抜け、【ジャバウォック】のあった跡地の前を通り過ぎた。

玄さんは二年前に借金が膨らんで夜逃げしたという噂で、ボロ店舗は競売にかけられたが買い手がつかず更地にされてなお放置されたままだった。


解体屋(ぼっこや)の松爺が店を構えていた場所も跡形もなく片付いて、全国チェーンのタイヤ屋の店舗が建っていた。

壊れた車やバイクが野積みされていた松爺の裏庭は、昔の俺たちの宝の山だった。

殺しても死にそうもない妖怪だったくせに、あっけなく心臓麻痺で死んだ。松爺に心臓があったことが証明されたわけだ。

バブル崩壊後の不景気ではどうせ潰れただろうから、儲かっていた最中に死ねたのは幸運だったのかもしれない。


畑や林に囲まれていたバタのじいさんの家もなくなっていた。俺たちがたまり場にしていた古い木工所も取り壊されて、一帯はこぎれいな建売住宅になっていた。

じいさんは借金があったから、土地はバタの手に残らなかった。

仕事を転々としていたバタは、もうずいぶん前に地元を離れたらしい。




「どこかで飯でも食うか」

カイはまだ夕飯を食べていないのではないかと心配になり、声をかけたが首を振られた。

「工業団地の方も回ってみてもいいか」


そこまで全部回っても車では、たかだか30分もかからなかった。

俺たちの縄張り。俺たちが死に物狂いで守ろうとした中学校の学区。俺たちが手に入れた天下は――ひどく狭くて小さな世界だった。



工業団地の中央公園で車を停め、一度も噴水の上がっているところを見たことのない小さな池を覗いてみた。

マッポ(警察)に追われ、カイのパッジョクに乗せてもらって逃げてきた場所。痛んだ足をつけた冷たい水は、今はチラつく街灯でもひどく淀んで見えた。


カイも池の縁に腰を下ろして水を覗き込んでいた。尻の下の冷たいコンクリートに寒そうに肩をすくめている。

仮眠用に入れてあった毛布を車から引っ張り出して、カイの肩に掛けてやった。


隣に座ると、カイが毛布を広げて俺の肩にも回してくる。二人でくるまって、馬鹿みたいに同時に笑い声が洩れた。

俺がマルボロを咥えて火をつけると、カイもショッポを取り出して咥え顔を寄せてくる。

カイのショッポに火がつくまでの短い時間――二人だけの時のひそやかな行為はあの頃何度繰り返したのだろうか。


甘い煙を燻らせながらカイが離れていくと、冷たい風が顔を嬲った。


「俺たちはずいぶん狭いとこで生きてたんだなぁ・・・・蟻が喧嘩してたようなもんだ」

まるで初めて気がついたように、カイがしみじみとした声を煙と一緒に吐き出した。

俺は東京に出た時にそれを知ったが、ずっと地元にいたカイには本当に今初めてわかったような愕然とした響きがあった。




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