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シャングリ=ラ・ら・ら・・・  作者: 春海 玲
第八章 東京Ⅱ
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1996初夏-4

週刊誌の発売されたその日から、マスコミの攻勢は凄まじかった。

巨額の金をカジノで使い果たした放蕩息子の扱いから、創業家の会社を乗っ取られた気の毒な御曹司のお涙ちょうだい物語まで、虚実の入り混じったありとあらゆる記事が世間に氾濫した。


直(じき)に報道される内容はどんどん事件として膨れ上がっていった。株券の半ばは母親と靖彦のものでも、残りは他の一族の所有するものだった。

一族代表が靖彦に対して横領の刑事訴訟を起こし、ライバル会社に大口の株を譲渡される形になった三つ葉通運も旭通運に対し、譲渡無効の訴訟を起こした。


東京地検特捜部による任意聴取が続いた後、7月初め、靖彦は会社法違反(業務上横領)で逮捕された。



※ ※ ※



一ヶ月半近く転がり込んでいた靖彦のマンションを出ると、俺は取りあえずのねぐらにも困ることになった。

以前の住まいはもうガス・電気どころか水道まで止められているかもしれない。

手持ちの金も心細かったし、それまで俺に声をかけてきていた女たちのところを転々とする本物のヒモになりかかった。



俺が靖彦のマンションを出たのを早速聞きつけたのか、【アレキサンドライト】の生島が店に呼びつけてきた。


「柘植とのことは俺が間に入って話をつけてやる。知ってることをしゃべってくれれば、お前にとっても悪い話にはしないぜ」

カウンター前に立った生島は猫なで声で俺の肩に腕を回してくる。


「金でもふんだくるのか。俺は何もしゃべる気はない。靖彦はあんたにとっても金蔓だったんだろ。さんざん儲けさせてもらったくせに、まだ毟ろうって言うのか。アンデッドの総長の名前が泣くぜ」


こいつのやってることは、ヤクザと何の変りもない。それよりも性質(たち)が悪いのは、汚れた手を後ろに隠して表の顔しか見せない姑息さだ。

俺はこいつらがヤクザより嫌いだ。


そんな俺を醒めた眼で眺めながら、生島はカウンターに肘をつき、バーテンの出すウィスキーグラスを受け取った。



「なぁ、ヒロ。俺も昔天下を取った気になったことがある。800人を超す族の頭だったからな。だが、あんなものは所詮ガキの遊びだ。ただの幻だ。本当に世の中を動かしてるのは金を持ってる奴らだよ」

生島はグラスの酒を一息に空けて、中の氷がカラカラと音をたてるのをカウンターに叩きつけた。


「いつまでもガキのままでいるな!拳の代わりに、もっと効果的なやり方であいつらをやっつけるんだ。こっちの世界でも天辺(てっぺん)を取るんだよ。

お前もこっちへ来い、ヒロ。俺と一緒に天辺を取ろうぜ」

生島の目の奥に燻るものがあった。


バーテンが俺の前にも置いたウィスキーのグラスを呷る。アルコールの熱が身体に入ると、かえって気持ちが冷えた。

「――あんた、今、楽しいか・・・」

不意に口を突いた俺の言葉に、生島が怪訝そうに眉を寄せた。


「こんなくだらない世界で天辺を取ってほんとに楽しいのか、生島。

俺は馬鹿でどうしようもないガキだったけど、昔は楽しかった。仲間がいて、隣に一緒に並んで走る奴がいて、傷が絶えなかったけど毎日が楽しかった。生きてるって気がしてた。


俺たちの取った天辺は確かに狭くて小さいものだったかもしれないが、光り輝いてた。

今のあんたの周りにいるのは仲間じゃない。金に群がってる蛆虫みたいな奴らだけだ。

あんたがこれから取る惨めで薄汚い天辺には、あんた一人が立てばいい。あんたはたった一人でじわじわ腐っていけばいい」


殴られるのを覚悟していたが、生島はそんなガキの煽りにびくともしなかった。

「今のてめぇの形(なり)を見てから、そんな偉そうな口を叩くんだな、ヒロ。お前は俺の店には出入り禁止だ」


俺の背中に怒声を浴びせて、生島は乾いた笑い声と共に俺を放り出した。

「テナント料さえきちんと払ってくれれば、もうこの店に来ることは無いさ」

言い返してやったが、分厚いドアは既に閉ざされていた。


それでも、もっと昔の生島に会えていたら、俺はきっとあいつが好きだったろう。


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