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シャングリ=ラ・ら・ら・・・  作者: 春海 玲
第七章 帰郷Ⅰ
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1996梅雨-4

頭(あたま)だとうぬぼれながら、俺はみんなを捨てたも同然だった。もう二年、高校の最後まで紅蓮を続けていたら、バタもケータもあさひも高校を辞めずに済んだかもしれない。

俺が6年も帰って来れなかったのは、自分が放り出したものを見るのが、ただ怖かったからだ。


「お前のせいじゃない。男はみんな自分の生き方は自分で責任を取るしかないんだ」

何も言わなかったのに、ショーヤは俺の気持ちをちゃんと知っていた。


「ヒロ、お前ももう大人になったから、ちゃんと話ができるだろう。俺が首藤組にいるのがお前にとってまだ許せないのなら、俺は組を辞めてもいい。だが、それでもオヤジはお前に組の跡目を継がせることは絶対にないぞ」

「わかってる。・・・・そんなことは初めからわかってた。俺は親父やショーヤのように強くなれない。俺は・・・・母さんに似てるんだ。母さんみたいに弱い人間なんだ」

本当は今わかった。痛ましいものを見るようなショーヤの目に気づかないふりをしても、自分の心に嘘はつけなかった。


「ヒロ。ヤクザになれない人間はどういう奴かわかるか」

ショーヤは俺の方へ手を伸ばしかけて途中で止め、静かに聞いてきた。

「俺みたいに弱い奴だろ」

「違う。弱い奴、ヘタレな奴はヤクザになれる。いや、ほとんどのヤクザがそうだ。どうしてもヤクザになれないのは、優しい奴だ。

ヒロ――お前は弱いんじゃなくて、優しい人間なんだよ・・・」


それは褒め言葉なのだろうか。俺には負け犬の烙印を額に押し当てられたような苦痛をもたらしただけだった。



駐車場で別れるとき、思い出したようにショーヤがウィンドウを下げて声をかけてきた。

「そうだ、監物組のカイが死んだぞ」

跨っていたフェックスがぐらりと傾きかけた。立て直そうともがいたが、足に力が入らない。


俺の動揺を察したのか、ショーヤが言葉を続けた。

「違う、香西中だったカイじゃない。父親の甲斐の方だ。今年の四月ごろだ。シャブの打ち過ぎでショックを起こしたらしい。死に方が死に方だったから、監物でも組の葬儀は出せなかったみたいだった」


「――カイは・・・」

「監物組でやってくだろう。監物の組長(オヤジ)が目をかけてるって話だから。・・・・ただな、そのうちあそこの若頭に鳥居が座る噂があるが、あいつはカイを嫌ってる」

「鳥居って南中にいた鳥居の兄貴のことか」


「鳥居組は最近人数も増えて羽振りがいいぞ。弟も入ってきてるみたいだ。まあ、カイも自力でやっていけるだけの力はあるだろうから心配するな。

おまえは自分の足元のことを考えればいい」



※ ※ ※



中央駅の近くの繁華街にある【鳥由】は昔から焼き鳥の美味いことで有名な店だった。


「ヒロ、こっちだ~」マリンさんが奥のテーブルで手を振りながら大声で俺を呼んだ。

懐かしい顔ぶれが10人ほど集まっていた。

俺たちのすぐ上の代のヘタレな先輩も、その上の極悪な先輩も、紅蓮で一緒に走った仲だった。初代のタクロウさんが今でもやっぱり一番威張っていて、マリンさんが使いっ走りなのも昔のままだ。


「元気だったか、ヒロ」「東京なんかろくでもないだろ、こっちへ帰って来いよ」

もう既に酔っているみんなが、遠慮なく俺の頭や肩をばしばし叩く。

ラーメン屋に婿入りした的矢先輩がまるで昔の悪さなどすっかり忘れた人のいい笑顔で、俺の首を絞める。


「そらは九州の駐屯地に配属されてる。めったに帰って来れんな」

仲のいい兄弟だったマリンさんは少し寂しそうな表情になったが、一番上の陸さんと同じ自動車修理工場で働いているようだ。


炭火の煙が充満している小さな店の焼き鳥とビールは、東京よりずっと美味く、俺はあっという間に酔った。

途中でショーヤが加わり、座は一層盛り上がってみんな大声を張り上げるが、店内は似たような客ばかりで誰も気にも留めない。


この町で生まれ、この町で育ち、この町で死んでいくのだ。子供の頃からの仲間といつまでもわいわい騒ぎながら、広い世界を知らずに一生を終える。

あの頃、紅蓮の世界は市の境界線で閉じていた。隣の市の暴走族と抗争して守り続けたのは、結局、俺たちの千種中の学区と大して変わりはしない。


その一方で、涯(はて)の無い東京で、誰ひとり見知った顔もないまま根無し草のように生きていく俺に得るものはあるのだろうか。


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