092 襲い来る代官の手
代官屋敷では、冒険者から報告が行われていた。
「・・・以上で今回の報告は終わりです。」
「そうですか。『月の滴』の輸送隊とは出会いませんでしたか。」
鉱山の町から月の光が発掘されたという報告は既に受けている。ならば近日中に搬送されるだろうと予想したのだが、こいつらは見つけることができなかった。
「はい。先ほど申しましたとおり、我々の強制調査を拒んだSランク冒険者しか発見できませんでした。もしかしたらその者が輸送隊かも知れません。」
「いえ、それは無いでしょう。先ほどの陽光反応時に彼女は私の目の前に居ました。あんな貴重なものを手放して私の元に来るとは思えません。」
あの時、激情に任せたまま斬りかかろうとしてしまったが、冷静になるとぞっとする。あんなSランク冒険者相手に戦闘になれば命は無かっただろう。
それにしても陽光反応はまさしく僥倖だった。私を冷静にさせるに十分な光だ。まったくもって『月の滴』様様だな。私に富と地位を与えるだけでなく、命まで救ってくれるとは。
「その光は私も見ました。きっと他の奴らが調査に向かっているところでしょう。」
今回は鉱山の町からの搬送ルートを変えていたのだろう。その所為で子飼いの冒険者から逃れたのかもしれないが、私の町で陽光反応を見せたのは運の尽きだ。私のステップアップの為の礎にしてくれよう。
―トントントン
「失礼します。」
ドアの外から聞き慣れた商人崩れな腹ぼて男の声が響いた。
「噂をしたら来たようです。」
「入れ。」
恭しく頭を垂れると、報告を始めた。この男は元商人なだけあって、私に対する態度がすごく良い。他の冒険者には無理な、私を気持ちよくする言葉を知り尽くしている。今回も良い報告が聞けることだろう。
「はい、お話中失礼します。先ほど陽光反応を目撃し回収に向かったところ、領主書状を携え巨大な狼を連れた冒険者が拒否しました。現在街から逃げ出さぬように全身革鎧の男達が乗合馬車等に封鎖命令を出しています。」
「ほう。それは手回しがよい。」
狡賢いことは良いことです。
「領主の書状ですがどうしましょう。」
領主か・・・。Sランク冒険者は「貴方の飼い主」と私を揶揄していましたが、飼い主の手は噛む為に有ると知らないようだ。既に何年も前から手を打ってるのです。
「普段は、正体不明の一団からの治安維持でしたね。今回は領主紋偽装罪に決まりでしょう。」
「判りました、ではその様に。」
「後継者の居ない領主など恐れるに足りません。この街は既に私の領地なのです。」
くっくっくっく。
笑いが止まらん。あの後継者は手下共により既に奴隷落ちしている。財力と武力を集めてクーデターを起こす日もちかいぞ。
目の前に居る2人も一緒になって笑っている。よいよい。もっと笑うが良い。時代は私の背中を押しているのだから。
あっはっはっは。
屋敷の中からは、何ともいえない腹黒い笑い声が響き渡った。屋敷の外まで響き渡り、それを聞いた街人は、不吉な事件の前触れと急いで家に帰っていった。
ひとしきり笑い終わると、2人は『領主紋偽装』をした罪人を捕まえに部屋からで行った。
―その頃ダーシャ達は
「ほら少年。この前やった馬車の動かし方は大丈夫だな。」
「はい。やらせて下さい。」
進路方向、歩行スピードは危なげなくできた。城門を出てカッポカッポと馬車が進む。
「おぉ、様になってるではないか。このままスピードを上げて駆け抜けろ。」
そういうが早いか、馬に向かって2~3度速度アップの指示をだす。
「ちょっと、アブさん! 早い! 危ないですって!」
パッカパッカパッカパッカ・・・パカラン、パカラン、パカラン・・・
馬車はどんどん速度を上げて領主の町に向けて駆けていた。
「アンナがな、お前達に感謝しておったよ。」
街から離れ、野営地で火を囲むと老紳士はしんみりと切り出した。
「アンナの父親はな、そりゃ不器用な男じゃった。料理の話じゃないぞ。生き方の話じゃ。」
パイプに火をつけ、一息吸った。
「困ってる奴が居たら、無料でメシを食わせたり、仕事の斡旋をしたりと、街中で知らん者は居ない程の人気者だった。」
口の中で燻した煙をプハァーと吐き出した。
「今、猫の歩廊亭を常宿のしている冒険者も、昔は素直でかわいい物じゃった。だが、ある日突然変わってしまった。金の魅力に取り付かれたんじゃろう。代官の手駒となり、我が物顔で街を練り歩くようになった。」
じっと、ダーシャの顔を見据える。
「こうやって見ると、あの頃の面影がまだ残ってますな。ダーリヤ・ダニイル・グリエフ様」
突然素性を言い当てられ、口に含んだお茶を危うく噴出すところだった。
「ダーリヤ様が覚えてないのは仕方ありません。この街の領主として任命され、代官をつれてパレードをした時に見てたんですじゃ。貴方様が失烙されてから代官がのさばりました。早く戻ってきてくだされ。その為なら、この老骨が折れてもかまいませんじゃ。」
そう言うと、深々と頭を下げた。老紳士の顔は、果てしなく本気だ。その為に、領主の街まで俺達を乗せたのだろう。この行為に応えずに何が領主だ。
「アブさん、頭を上げてください。」
山奥の温泉村でこの老人に会ったのも、きっと天の采配だろう。俺は心の底から神に感謝した。
「私は既に炭鉱奴隷から解放されています。後は領主邸に戻って公的身分を取り戻すだけです。それができ次第、炭鉱の町を代官の魔の手から開放しましょう。」
できない約束はしない。約束は必ず守るものだ。人から見ればツマラナイ内容でも『矜持』の守るためには全力を尽くす。それは我が家の家訓だ。さらに言えば自分が守るべき領民。それを守るために何の問題があるか。
自分のすべき事を再認識し、頭の中では今後の街の復興計画を考えるダーシャであった。




