009 もふもふは正義
「もー、待ってたのよ」とばかりにダーシャに飛びついた。背面は黒、腹面は白のふさふさな毛は、撫でる手に沿って沈み、通り抜けるとふわんと元に戻る。
ひと撫でする毎に、もっと撫でてと目を細めて顔を擦り付けてくる。
「こら、くすぐったいってば。」
数時間前に別れ、今日はもう会えないと思っていたのにまた遊びに来てくれたのだ。今日は好きなだけ遊ばせてくれるに違いないと、お腹を見せて撫でてくれるように誘っている。
「本当にバディは甘えん坊だな。」
文句は言いつつも、毛皮の感触に魅了されているのはダーシャの方だ。お腹を撫で、腕を撫で、肉球をプニプニするまでがいつもの挨拶だ。
地面に転がり、上へ下へ体を入れ替えながらじゃれあう。
種族の違いがなければ、仲の良い兄弟でも通るだろう。もしくは、共にもう少し年を重ねていれば、恋人の様に見えるのかもしれない。
息子が洞窟に入ってから10分経った。洞窟の中からは、時折響く嬌声以外は同行者を呼ぶ声はない。
さすがに気になり、ゆっくりと洞窟の中に近づいていった。
「こら、バディ、顔をずっと舐めたら息ができないってば。」
コホンと咳払が聞こえた。
オオカミは少年の顔を舐めまわしながら、ピクリを耳を動かし、テリトリーへの侵入者を覗った。
「えーっと、ダーシャ。そろそろ僕たちにも紹介してほしいんだけどなぁ。」
その声に、ビクリとした。ふかふかの毛皮に甘えられ、目的を忘れていた事を思い出した。
少年の反応でオオカミは侵入者への警戒を強くした。
「ウゥーーーーゥ。」
低い声で発せられた威嚇。耳を伏せ、いつでも飛びかかれる様に侵入者に正対した。
「バディ、大丈夫だよ。僕の父上達だよ。」
安心させるように手を首に回し撫でてやる。言葉の意味を理解したのか、警戒を解き、「何をしに来たの?」とばかりに首をかしげている。
「みんなに、君の事がばれて会いたいって遊びに来たんだ。」
オオカミに伝えた。
「もー。僕が呼んだら来てねって言ったのに。バディが怯えちゃったじゃん。」
ほっぺたをパンパンに膨らまして、父達に苦言を申し付けた。
「それは仕方ないよ。」
腕時計を指差し、更に続ける。
「10分も洞窟の前で待ちぼうけしてたんだから」
「そうよダーシャ。自分だけ可愛い子と遊ぶなんてずるいわ。」
妖精ではなかったが、ぬいぐるみの様な愛らしさでこっちを見ているオオカミに母やほほを赤めている。
「その子犬いつから飼ってるの?」
洗濯物に混ざっていた毛から犬だろうと予想していたマーシャも、みんなの手前自分が抱きしめたいのを我慢して、お姉さんの立場を崩さない。
「紹介するね。この子はバディ。雨宿りにこの洞窟にきて出会ったんだ。ここで一人で暮らしてるみたいだから、うちに連れて帰ってもいいでしょ?」
上目遣いに滅多に言わないオネダリをした。
「とにかく、私もその子を撫でてもいい?」
明確な回答を避けたが、先程から毛皮の虜になっている。
息子の返事を待たずにしゃがみ込むと、「とーとととと」と呼びよせた。その手には干し肉が用意されている。
干し肉に気が付くと、トテトテ歩いて母親に愛想を振りまいた。
「なんて可愛い子なんでしょう。はい、食べていいわよ。」
普段ダーシャがもってくる干し肉と味のランクが違う-父親のとっておきお摘み-は瞬く間にバディを虜にしてしまった。
「むむ、ずるいぞナターシャ。そんな小道具を持ち込むなんて。それも僕のとっておきじゃないか。」
自分の物を最大限に利用した妻を非難しつつ、自分も懐から何やら取り出した。革袋から取り出したそれは、金色に輝く塊だった。自己主張をするように甘い香りを辺り一面にばらまき、気が付くとあふれる涎を、皆呑みこんでいた。
「今回の視察で自分用にかった、とっておきの蜂蜜飴だ。この蜂蜜は島国の桜の花からしか蜜を集めていないという薫り豊な一級品だ。僕にその毛皮をもふらせてくれるなら、お礼にこれを進呈するのもやぶさかではないよ。」
掌に一欠片のせて、毛皮・・・もといオオカミを誘惑する。
干し肉を食べ終わり、甘い香りの方へを顔を向けた。
シルクハットにマントのスーツ姿の男をこれまで見たことがないのか、なかなか1歩目がすすまない。
横から、ひょいと蜂蜜をつまむと
「はい、ちょっと変な人でごめんね。でも悪い人じゃないからね。」
妻の容赦ない言動で、父の手から蜂蜜を強奪し、心の弱いところを容赦なくえぐった。
「ナターシャ、変な人はちょっと言いすぎじゃないかな?」
「だって、あなた、しょうがないじゃない。愛らしいバディが警戒したのよ。前に読んだ本にも書いてあったの『もふもふは正義』って。」
もふリストの皆さまお待たせしました。
予想通り1話で終わらせる能力(執筆時間)がなかったので
明日ももふもふします。




