100 懐かしの我が家 ( 第一部 完 )
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父に促されるまま空間を渡ると、越冬準備で忙しそうな街を見下ろす丘の上だった。その先には最後に見た日から何も変わらない領主邸がある。直接家の中じゃない理由はすぐに教えてもらった。
「『ただいま』が無いと、家に帰った気がしないからね。さぁ、」
手を引っ張ると、丘を一気に駆け下りた。突然父の周りに、金色の光が集まってきたかと思うと、虹色に輝き街中に広がる。
「街のみんな! 今夜はパーティーだ!!」
拡声魔術を使い、町中に響き渡る大声でパーティーの開幕を告げる。
「今年の冬はもうすぐ始まるが、そんなことは気にしない。」
作業をしていた人々は手を止め、大声を張り上げる父に手を振っている。『強気を挫き弱気を助ける』がモットーの父は人気者だ。
「収穫祭が1週間前に終わった?そんなのも関係ない。なぜなら!」
のりのりの父上。手を振る子供達に手を振り返す。時々、魔術で花火を打ち上げたりする。相変わらずだ。自分の思うがままに生きている。
「それは、まだ内緒だ。でも、パーティーで必ず発表するぞ!!」
テンションは何処までも上がっているが、悪戯心は無くさない。
そのまま、街中の人に手を振りながら領主邸まで歩いた。父はテンションを維持したまま領主邸に到着すると、館の人間全員が出迎えていた。
「セイゲル! ジラーノフ! 5年前から君達がこっそり隠し溜め込んでいる嗜好品を全て出すんだ! 今夜は騒ぐぞ! 」
父の言葉に2人は反応しなかった。いや、2人だけではなく全員が父ではなく俺を見ていた。俺は俺で、何て言って良いか判らずに固まっている。
「ほら、自分から言わなきゃ駄目だぞ。」
肘で俺を突付いて、止まった空気を進めてくれた。
「母上、みんな、ただいま戻りました。」
母の瞳から煌く涙は、あの日と別の意味を持っている。歩こうともせず、抱きつこうともできず、嬉しさに全身を震わせている。俺は自分から歩み寄り、母を抱きしめた。
「ダーシャ。本当にダーシャなのね。もうお勤めは終わったの? 大変だったわね。さぁ、そのお顔を良く見せて。」
俺の両頬を優しく挟み込むと、まじまじと観察する。
「本当に立派になったわね。でも、あの頃と同じ優しい眼をしてる。お帰りなさいダーシャ。」
再度母とハグをすると、マーシャと眼があった。お互い照れくさく笑い合った。言葉は要らない。あの笑顔だけでお互い通じ合えるんだから。
玄関ホールでの一幕が終わると、俺は相棒と一緒に、懐かしの洞窟を見に来た。あの頃と何も変わらず、うっそうとした木々を抜けること10分。子供の頃は20分掛かっていたのに今では半分か。これも成長って奴だなとしみじみ感じる。
「ココが俺達の始まりの地だな。」
「そうだな。」
あの戦いの後、相棒は「月の滴を返す」と言い、体内から魔素を抽出した。あの時砕け散った『月の滴』は、元通りに復元され相棒も狼の姿に戻っていた。ただし、狼の姿でも喋る事ができるようで、こうして会話が成立する。
「ダーシャは覚えているか? 私達の出会いを。」
「ごめん、正直覚えてない。」
頭をかきながら謝る。
「俺が覚えているのは、洞窟に迷い込んで怖くなって泣き出した所だな。そして誰かの声が聞こえたと思ったら足元に相棒が居た。」
「それでは補足しよう。」
こっちを向き、片目をつむって言葉を紡ぐ。
「あの日、迷子になったお前がココで泣いていた。私はグリエフの血筋を感じて話しかけたんだ。『何をしに着た。何を求める』と問いかけると『一緒に居てくれる狼の相棒が欲しいんだ』って言ってたよ。そして私は、古き盟約に従い、お前の相棒となったわけだ。」
「そうだったんだ。って、古き盟約って何だ?」
冷静に考えれば、あれほどの力を持つ相棒が子供の側にずっと居るのは過剰戦力というか、おかしいだろ。
「438年前の10月に、私はこの地に召還された。同時に、私の眷属は引きずられる様にこの地に流れてきた。それが世に言う『月が降る夜』だ。その実態は、お前の先祖でもある『ステファン・グリエフ』が成功させた召還魔術の副作用だったわけだ。」
「そんなことが・・・。」
「お前の相棒として頼みがある。5年で良いから私の為に時間をくれ。そして我が眷属を月に帰す手助けをして欲しい。」
「俺にできるのか?」
突然の真実を告げられ、また依頼された規模の大きさに戸惑いが走る。
「グリエフの血を引く者で無いとできない事だ。無理ならば、またココで誰かが来るのを待つさ。」
「質問いいか?」
判らないことがあるなら確認をしなくてはいけない。
「いいぞ。」
「1つ、それをすると、相棒も月に帰るのか?」
「それは無い。」
「2つ、5年でできなかった場合はどうなるんだ?」
「その場合は、お前が死ぬまで側に居る。お前が死んだらこの洞窟で次の奴が来るのを待つ。」
「判った。条件付きで付き合うよ。」
「その条件は?」
「5年でできなくても、俺と月に帰る方法を探すこと。それでも駄目なら、俺の子供と探す。さらに駄目なら子供の子供と。相棒の仲間が月に帰れるその日までずっとだ。」
「すまない。」
「元は俺の先祖のやらかしだし。バディは大切な相棒だろ。お前の願いは俺の願いだ。気にするな。」
相棒を抱きしめ、笑いあう。狭い洞窟の中に俺達の笑い声が反響する様は、まるで相棒の眷属が一緒になって笑っている様だった。
こうして俺達は、新しい旅の扉を開いた。
To Be Continue...
というわけで、祝100話 & 第一部完です。
ここまでたどり着けたのも一重に読んでいただける皆様が居たからです。
(ありがたや、ありがたや。
この区切りの良い機会に、是非感想やつっこみを頂けると幸いです。
さて、今後の流れですが
これより2週間更新をストップします。
これまで日刊で毎朝ほとんど見直しもせず書いたままUPしていたので
第一部の区切りで見直し、修正をかけたいのです。
読者さまの声も可能で有れば反映していきたいなと考えています。
たとえば、既に頂いた感想で、文字数が少ない→結合版でまとめ更新 など対応しています。
次回更新予定は11/1の土曜日です
途中、閑話や小話が入るかも知れませんが、本編開始は11/1なのでご安心ください。




