最終話 いつまでもキミと
「どうだ!」
手をつないで、走るようにして進んだ公園の中。
古びた遊具になつかしさを覚えていたとき、泰斗がようやく足を止めた。
彼が指差すほうには、まっすぐに伸びるイチョウの木。
その下は、根を傷つけないように掘られた穴がたくさんあった。
「どうだ、ってなにが?」
「……お前、またかよ。ゆいは頭いいんだか悪いんだかホントわかんねえな。」
「少なくともアンタよりは頭良いつもりですけど」
憎まれ口をたたきながら、木に近づいていく。
月明かりを受けて、青々と茂る葉があわくひかって見えた。
「ホントに覚えてねーのか? ほら、この木の下で」
イチョウの、下。
青く、ひかる葉っぱ。
暑い夏の日。
熱い泰斗の、小さな手。
その手に、持っていたものは。
「タイム、カプセル?」
「はい正解」
泰斗がしゃがみこんだそばの、穴の中。
のぞきこんでみれば、よごれたお菓子の缶が埋められていた。
「公園がなくなるって聞いて、いてもたってもいられなくてさ。昨日もずっと掘ってたんだけど見つかんないのな、案外。」
つないだままの彼の手から、土の感触がした。
そういえば、昨日の夜にあたしの頬には砂が残っていた。
「これ、探してくれてたの」
「ったりまえだろ。約束したじゃねーか。オトナになったら一緒に開けようってさ。ちょっとオトナには早いけどな」
少しだけ恥ずかしそうに笑った彼が、手を伸ばして缶を取り出す。
いつまでも子どもみたいで。
バカみたいにロマンチストで。
変わらない、幼なじみ。
大きくなって、見栄やプライドに固まって素直になれなくなったあたしは、こんな大事なことさえ忘れていた。
「なに入れたっけなー。タカラモノって約束だったろ?」
汚いお菓子の缶は横に振られてカラカラと、乾いた音を立てる。
あの頃。
あたしがまだ素直だった子どものころ。
いちばんのタカラモノをあの中に入れた。
決してなくしてしまわないようにと。
「あたし、覚えてるよ」
「マジ? なに入れたんだよ」
泰斗の手が、あたしから離れて缶に伸ばされた。
その指がふたを開けようとしたとき、あたしは彼の手に上から自分の手をのせた。
「……ねえ」
土に汚れた手。
制服もすっかり黒くなってしまっている。
「いまのあたしのタカラモノ、なんだと思う」
こんなに、必死に探してくれていたなんて思わなかった。
こんなに、頑張っていたなんて知らなかった。
「そうだなー。俺、とか言ってみたり――」
生ぬるい夜。
蜂蜜色した甘い月。
青くひかるイチョウの下。
すぐ隣にいる、泰斗の顔。
彼の肩口におでこをつけた。
心臓がおかしくなってしまいそうなくらい波打ってるけど、それすら心地いい。
「あたり」
口をついて出た言葉に、彼の肩が揺れた。
タイムカプセルの中で、あの頃あたしがいちばん大事にしていた、泰斗からもらったネックレスの音が聞こえる。
小さい頃のあたしは、泰斗からもらったものを全部たからばこにしまっていた。
ネックレスはその中でも、いちばんお気に入りのもの。
自分の恥ずかしすぎる言葉に、反応が薄いと不安に思って顔を上げれば。
まっすぐにあたしを見る、その目にぶつかった。
「窒息しても、しらねーからな」
その瞬間、あたしの目から、夜と月と青い葉が消えて。
大きな影にかみつかれた。
「おとーさん、おかーさん! 遅くなってスイマセンでした! でも、ついに、ゆいが俺のためにヤキモチを!」
「ちょ、なんなの!? 妬いた覚えなんてないわよ!」
「ほらほら、大きい声出すとまた立ちくらみでふらつくだろ? ただでさえ、酸欠なんだから」
「だれのせいだと思ってんの!?」
バカのバカみたいな声がいつものように響き渡り。
だけど、ふらふらしたままのあたしは体に力が入らず、バカの口を閉じてやることができなかった。
あのとき、一瞬でも素直になった自分を後悔したのは。
いうまでもない。




