表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「恋人のフリだけですから♡」と言った学校一のお嬢様が、毎日俺を本気で落としにくる。  作者: リディア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/39

第1話 学校一のお嬢様は、俺の前でだけ仮面を外す

白鷺しらさぎさん! これ、次の委員会で使う資料なんだけど……!」

白鷺しらさぎさん、ノート見せてくれないかな? どうしても数学がわからなくて」

「あのっ、白鷺しらさぎさん! 今度の日曜日、もしよかったら……あ、いや、なんでもないです!」


 放課後の教室。


 帰りのホームルームが終わるや否や、クラスの中心には人だかりができていた。

 その中心で、彼女はふわりと微笑む。


「ええ、資料はそこに置いておいてくださいね。後で目を通しておきます」

「ノートですか? ふふっ、構いませんよ。でも、次は自分で頑張りましょうね」

「日曜日? ごめんなさい、その日はお花のお稽古が入っていて……」


 誰に対しても平等で、優しくて、隙がない。

 白鷺 澪(しらさぎ みお)

 学校中が憧れる『完璧なお嬢様』。


 艶やかな黒髪は歩くたびにサラサラと揺れ、白い肌は蛍光灯の下でもどこか発光しているように見える。

 男子からの人気は圧倒的で、女子からは「お姉様」と慕われ、教師からの信頼も厚い。

 まさに、この学校の絶対的ヒロインだ。


 ……相変わらずの人気だな。


 俺——高坂 結弦(こうさか ゆづる)は、その光景を遠目に眺めながら、教科書を鞄に突っ込んでいた。

 目立たないモブ男子Aである俺からすれば、彼女は住む世界が違う。

 一生関わることのない、雲の上の人。


「それじゃあ皆さん、また明日」


 優雅なお辞儀ひとつで、生徒たちは満足そうに教室を出て行く。

 やがて、賑やかだった教室から人の気配が消えた。

 残っているのは、帰り支度を終えた俺と、窓際で本を読む白鷺さんだけ。


 ——よし、誰もいない。

 俺が席を立った、その瞬間。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ、疲れたぁぁぁぁ……!」


 どんっ!


 派手な音とともに、白鷺さんが机に突っ伏した。

 さっきまでの優雅なオーラはどこへやら。

 スライムみたいに机に張り付き、艶やかな黒髪をわしゃわしゃとかき乱している。


「お疲れ様、学校一のお嬢様」

結弦ゆづるくぅん……もう限界です……。愛想笑いしすぎて頬の筋肉が死にそうですぅ……」

「自分で『完璧なお嬢様』のキャラ設定を決めたのは白鷺さんだろ。自業自得だよ、それ」

「ぐっ……正論のナイフ……! もっと優しくしてくださいよぅ。結弦くんのいけずぅ」


 涙目でこちらを見上げてくる彼女に、俺は呆れ交じりのため息をついた。

 白鷺 澪(しらさぎ みお)は、完璧なお嬢様なんかじゃない。

 かなりの面倒くさがりで、甘えたがりで、子どもっぽい。

 それが、彼女の『素』だ。


 入学当初。


 旧校舎の裏庭、絶対に人が来ない場所で。


「もうお嬢様とか無理ぃぃぃ!」と芝生を転げ回っていた彼女を、俺が偶然目撃してしまったのがすべての始まりだった。

「誰にも言わないで」と泣きつかれ、秘密を守ると約束して以来。

 彼女は人がいなくなると、俺の前でだけ『素』を見せるようになった。


「また電池切れか」

「うぅ……充電してくださいぃ……」

「はいはい」


 俺は鞄から水筒を取り出し、コップに温かいほうじ茶を注いで机に置く。

 家から淹れてきた特製だ。


「わぁっ、結弦ゆづるくんのお茶だ!」


 ぱぁっと顔を輝かせ、両手でコップを包み込むようにして、ちびちびと飲みはじめる。


「……ほぇぇ」


 幸せそうに息を吐くその顔は、小動物みたいで、ちょっとだけ、いや、かなり可愛い。

 ……まあ。素はともかく、顔だけは元から反則級に可愛いんだけどな。


「美味しいか? 今日のは茶葉を少し変えてみたんだけど」

「んっ、最高です。どうしよう。もう私、結弦くんがいないと生きていけない体になっちゃったかも」


 コップをことりと置いて、こてん、と首を傾げる。


「責任、取ってくれます?」

「お茶一杯で人生背負わされてたまるか」

「ちぇー」


 くすっと笑って、白鷺さんは俺の顔を覗き込んできた。


「近い」

「そうですか?」

「そうですか?じゃないよ。白鷺さんの顔が俺の鼻先十センチにあるんだよ?」

「ふふっ。そんなに、見つめたいんですか?」


 小悪魔みたいな笑みを浮かべて、さらに距離を詰めてくる。

 ふわり、と甘いシャンプーの香り。


「白鷺さんが勝手に近づいてきてるんだろ。他の男子にこの距離感を見られたら、俺は明日、東京湾に沈められる」

「沈められそうになったら、助けに行きますから安心してください」

「いやいや、そういう問題じゃないって」


 俺は苦笑しながら、人差し指で白鷺さんのおでこを軽くつついた。


「あぅっ」


 額を押さえた白鷺さんは、少しだけ唇を尖らせる。


「ひどいです」

「近いの!!」

「……嫌でした?」


 こてん、と首を傾げる。

 ……もう、なんなんだよ。そんな顔されたら、調子が狂う。


「そういう問題じゃないって」

「ふふっ」


 悪戯が成功した子どもみたいに笑う。

 外では誰もが触れることすら躊躇う高嶺の花なのに、俺の前だけは、どうしてこんなに距離感がおかしいんだ。


「まったく……そんなに気を張ってて、疲れないのか?」


 俺がそう言うと、白鷺さんは少しだけ真面目な顔になった。

 首を、横に振る。


「ダメですよ。私が背負ってるのは『白鷺家』の看板でもあるので。……それに」

「それに?」

「私のこのだらしない素を知ってるのは、結弦くんだけでいいんです」

「っ……」


 上目遣いに、じっと見つめられる。

 頭の中が、一瞬で真っ白になった。

 恋愛経験ゼロの俺には、こういう不意打ちは心臓に悪い。


「……ま、白鷺さんがそれでいいなら、いいけどな」


 照れ隠しに視線を逸らすと、白鷺さんはなぜか、むぅ、と頬を膨らませた。


「……結弦くんは、まだそんなこと言ってるんですね。鈍感というか、なんというか」

「は? なんか言ったか」

「いえ、なんでもありません。結弦くんのバカ」

「理不尽すぎないか!?」


 ふいっとそっぽを向かれる。

 本当に、表情がコロコロ変わるやつだ。

 しばらくの沈黙のあと、白鷺さんが、ぽつりと呟いた。


「……実は、ちょっと困ってることがありまして」

「どうした。またラブレターの束でも下駄箱に入ってたか」

「まあ、似たようなものですけど……今回はかなり厄介というか」


 指先で、自分の髪をくるくると弄る。


「生徒会長、いるじゃないですか。御堂筋みどうすじ先輩」

「ああ。学校一のイケメンで実家が大金持ちで、成績優秀な完璧超人ってあの」

「その人に、最近ずっと付きまとわれてて。毎日のように告白されてるんです」

「はぁ!? あの生徒会長に!?」


 毎日って……本気か?

 そんな話、本当なら学校中が大騒ぎになっていてもおかしくない。


 けれど。


 目の前の白鷺さんは、少しも嬉しそうじゃなかった。

 むしろ、心底うんざりしたように眉を寄せ、小さくため息をつく。


「何度もはっきり断ってるんですよ? 『お付き合いする気はありません』って。でもあの人、『君の照れ隠しも可愛いよ』とか言って全然引き下がってくれなくて。メンタルがチタン合金でできてるんですかね?」

「……白鷺さんも大変だな。完璧な令嬢を演じるのも楽じゃない」

「……結弦くん。なんだか他人事だと思ってません?」

「いや、他人事だろ。俺にはどう逆立ちしても関係ない世界の話だし」


 肩をすくめて言うと。

 白鷺さんは、すっと立ち上がった。

 そのまま、俺の目の前まで歩いてくる。


「……白鷺さん?」

「結弦くん」


 制服の袖を、きゅっと小さな手で掴まれた。

 少し潤んだ瞳で、上目遣いに見上げてくる。

 いつもの、俺をからかう時の小悪魔な笑みじゃない。

 真剣で、どこか切なげな表情。


 ——なんなんだ、この空気。


「私、結弦くんにお願いがあるんです」

「お願いって……?」


 小さな、消え入りそうな声だった。


「はい。結弦くんにしか、頼めないことなんです」


 静かな教室に、彼女の声だけが響く。

 袖を掴む手に、わずかに力がこもるのがわかった。


「……私と」


 そこで、白鷺さんは言葉を止めた。

 静かな教室。

 窓の外から、運動部の掛け声だけが小さく聞こえてくる。

 白鷺さんはゆっくりと息を吸い、真っ直ぐ俺を見つめた。

 その瞳は、冗談を言う時のものじゃなかった。


「——結婚してください」


 …………。


 頭の中が真っ白になる。

 時間が止まったみたいだった。


「…………は?」


 二秒。

 三秒。


 白鷺さんの肩が、小さく震えた。


「……ふふっ」


 堪えきれなくなったように吹き出す。


「なんてね」

「なっ……!?」


 固まる俺を見て、白鷺さんは、いたずらっぽく笑った。


 でも。


 その笑顔の裏で、耳だけが真っ赤に染まっていることに——鈍感な俺は、まだ気づいていない。


「冗談は置いといて、本題はこれからです。結弦くん、覚悟しといてくださいね」


 甘くて、どうしようもないくらい眩しい笑顔で、彼女はそう言った。

 ——毎日仮面を外すこの時間が、まさか本物に変わっていくなんて。

 その時の俺は、まだ知らなかった。







最後までお読みいただきありがとうございます!


「続きが気になる!」「白鷺さん可愛い!」と思っていただけましたら、ぜひ星やフォローをお願いいたします! 皆様の応援が執筆のモチベーションになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ