1.令嬢達の顔が魚に見える
[日間]異世界〔恋愛〕完結済 21位ランクイン!
応援ありがとうございます。
ーーー可憐なドレスを纏った婚約者候補の顔が、どこからどう見ても立派なマグロだった。
「……俺には、お前の顔色なんて読めない。
どうせ結婚後も、お前はマグロなんだろ……」
「マグロ……?」
ピキ、と部屋の空気が凍りついた。
背後に控えていた側近が、見たこともないほど顔を真っ青にして裏返った声をあげる。
「でっ、殿下!?」
側近の大げさな反応に、アルフレッドは首を傾げる。
トゥーニャはマグロの頭に小さな手を添え、不思議そうに、しかし至極真面目なトーンで問いかけてきた。
「マグロ……というのは、夜伽の際に受け身状態ということでしょうか?」
「なぁッ!?」
九歳の箱入り令嬢が、なぜそんな発言をする事になってしまったのか。
…話は数日前に遡る。
(……なぜ、魚の仮面をつけているんだ?)
アルフレッド第一王子が十歳となり、婚約者選びが開始された。
まずは国内の有力貴族の娘たち一人ずつに声が掛けられ、面談の機会が設けられることになったのだ。
その一人目と対面する日。
アルフレッドが通されたお茶会の部屋は、彼を歓迎する空気が満ちている……はずだった。
だが、彼は入り口でピタリと足を止め、椅子まで移動することも忘れてその異常な光景を凝視した。
そこに座っていたのは、仕立ての良い豪奢なピンクのドレス…――の上に乗った、サバ。
そう、本来なら少女の顔があるべき場所に、銀色に光る魚がついているのだ。
(デカいサバだな……。ずいぶんとリアルな仮面だ。というか、妙に薄くないか? 本当にあの幅の中に人間の頭が入っているのか? そもそも、あれで息苦しくないのか……?)
アルフレッドの脳内に次々と疑問が湧き上がる。
だが、給仕をする侍女たちも、付き添いの側近たちも、誰一人として動じる様子がない。
(これが最近の流行なのか?変な国と交易でも始めたか?
それにしても、王族との初対面で被るにしてはぶっ飛びすぎだが……誰も注意しないということは、これは正装扱いなのか……?)
ぐるぐると考えを巡らせた結果、アルフレッドはひとつの結論に達した。
きっと、この令嬢がこちらを試そうと、ふざけた悪戯を仕掛けているのだと。
王太子としての威厳を保つため、アルフレッドは精一杯に声を低くし、冷徹に言い放った。
「……その顔はなんだ?ふざけてるのか?」
すると、サバの口がパクパクと締まりなく動き、この年相応の可愛らしい声でオロオロとうろたえ始めた。
「えっ!?…わ、わたくし、何か殿下に失礼をいたしましたでしょうか……っ!?化粧が派手すぎでしたか!?それとも、なにか無作法を……っ!?も、申し訳ありません…!!」
(仮面の口が動いた…!!!)
あまりに自然な動きにアルフレッドが硬直していると、背後に控えていた側近が、見たこともないほど顔を真っ青にして慌てて割って入った。
「で、殿下!その発言はいささか不躾で……!
いや、殿下は少々お疲れのようでございます! 本日の顔合わせはここまで!!」
側近の必死の制止により、サバ令嬢は涙ながらに退室していった。
一人残されたアルフレッドは、ドアを見つめながらぽつりと言った。
「……なんで俺が怒られたんだ……?」
その後も、この不可解な魚の仮面の悪戯は続いた。
どいつもこいつも、全員がリアルな魚の頭をつけている。
(全員で俺をからかっているのか?それとも、俺の知らないところで、女性の最先端ファッションはここまで前衛的なことになっているのか……!?)
アルフレッドは必死に声を荒らげるのを耐えた。また「不躾だ」と側近に怒られるのは御免だったからだ。
完全にやる気が無さそうな顔で、見るからに渋々とその場に座っていた。
もはや相手の顔をまともに見る気も起きず、パクパクと動く魚たちの口を眺めながら、適当に話を流し始める。
ある日の公爵令嬢は、豪奢な青いドレスの上にタイを乗せていた。
「わたくしの領地の海はとても素敵なんですの。こう見えて、わたくしも泳ぎが得意ですのよ」
「ヘーソウダロウナ(魚だしな)」
またある日の侯爵令嬢は、丸々と肥えたカツオを乗せながら誇らしげに語った。
「わたくしの領地は食の宝庫として、毎日のようにたくさんのレシピが生み出されてますの」
「ヘースゴイナー(プランクトンでも養殖してんのか)」
さすがに、十歳前後限定でこんな奇妙なファッションが流行っているのはおかしいのではないか。
そう疑い始めたアルフレッドは、その日の夕方、十四歳の従姉妹を自室に呼び出した。
すでに社交界に片足を突っ込んでいる彼女なら、今の流行を知っているはずだ。
「……お前もか…!その変な頭はなんなのだ!?」
「はあ?急に呼び出して何よ。お茶の一杯も出ないわけ?」
部屋に入ってきた彼女を見て、アルフレッドは絶望した。
目の前で腰に手を当てるのは、大きなアジだった。
アジの口が、従姉妹の生意気な声に合わせて、滑らかに動いている。
「お前……いつからアジになったんだ?そのサイズにするならアジじゃなくて良くないか?そんなのが流行りなのか?」
「はあああ!?レディに向かってアジですって!?侮辱するならおじ様に言いつけるわよ!」
「おい、やめろ!」
告げ口を阻止しようと、後ろを向いた従姉妹に、アルフレッドは思わず手を伸ばした。
そのふざけた魚の尻尾を掴み、被り物を剥ぎ取ってやろうとしたのだ。
(――え?)
鱗の感触を覚悟したアルフレッドの手は、アジの尻尾を綺麗にすり抜けた。
少し遅れて手のひらに触れたのは、ふわりとした絹のような手触り。
それは、従姉妹がいつも綺麗に整えている美しい髪の感触だった。
「なっ……!?」
アルフレッドの目には、確かにアジの頭が見えている。
しかし、彼の手が触れている感触は、間違いなく髪の毛だ。触っているのに、見えない。見えているのに、触れない。
「ちょっと、何すんのよ! 髪が乱れるじゃない!
十歳になったんだから、もっと大人になりなさいよ!ほんとクソガキ!!」
激怒した従姉妹は、触られた髪のあたりを気にしながら、足音を荒らげて部屋を飛び出していった。
(違う……)
静まり返る部屋で、アルフレッドは冷や汗を流しながら、じっと自分の手のひらを見つめた。
(…おかしくなったのは、令嬢たちのファッションじゃなかった…。
――俺の頭の方だったのか……!!)
王太子である自分が狂ったと知れれば、即座に廃嫡。そんな事態、断じてあってはならない。
何としてもこの事実を隠し通さねばならない。
「……平常心だ。俺は狂っていない。
これはただの、ちょっとしたストレスによる、一時的な幻覚だ……!すぐに治る…、それまでバレなければ問題ないはずだ…!!」
翌日、アルフレッドは顔が引きつらないよう何度も頬を叩き、決死の覚悟で次の婚約者候補を待った。
昨日のアジの件で「触感は人間」だと分かった。ならば、見えている魚の頭はただの幻影だ。脳内で勝手に人間の顔へと変換すればいい。そう自分に言い聞かせた。
だが、現実は非情だった。
午前中に出会った四人目の令嬢は、人間の頭サイズにまで巨大化したイワシ。続く五人目の令嬢は、ポカンと口を開けたタラ。
脳内変換などできるはずもなく、アルフレッドが必死に浮かべた引きつった笑みに、令嬢は怯えたように足早に帰っていった。
ただただリアルな魚と対面し続ける生き地獄。神経をすり減らし、吐き気すら覚え始めた午後。
ろくに気分転換も出来ないまま、この婚約者候補選定のお茶会でトータル六人目――いや、アルフレッドの脳内ではもはや六匹目となる、ルイーバ伯爵家の令嬢が入室してきた。
割と魚知ってる系王子。




