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7ダース・(回想)幽体離脱



「また手を付けていない。身体が弱るわよ」



 溜息を落としながら、無機質的ながらも厳しい看守の声。

それは何処か呆れた様な、気怠い様な、そして怒気が籠もる。

でも現在(いま)の香菜にとっては、全てがどうでもよい。



 鉄格子の受け渡し口で、全く手が付けられない食事。

此処に来てからというもの、彼女は話さず、食事も取らず

奥の壁に背を預けたまま、茫然自失と佇んでいる。

その双眸はなにを捉え、何を思うのか読めない。



__それはまるで魂を抜き取られた人形の様に。




「緒方香菜は、頑なに黙秘を続けています。

そして取調に移ると過呼吸の発作及び、自傷行為に

走りますので我々は易々と何も出来ません。


また看守によりますと、食事も取らないようです」



「アンチテーゼか………強かな娘だ」

「まあ養父母を無慈悲に殺めるあの根性なら……末恐ろしい」


 ベテラン刑事の笠原は頭を抱え唸り、

若手刑事の新田は静かに首を縦に振り同調する。

あれから養父母の娘を殺人として逮捕したものの、

事件の真相解明には難航の一途を、辿っているのである。




 頭を悩ます刑事達を見詰めながらも、

頑なな固定概念を持つ者に、首を傾げた者がいる。



「………?」




 それは、緒方香菜の主治医として指名を受けた、

宮川早生(みやかわさき)医師である。


 主治医として招かれてから、警察官、刑事とは違い

その愛らしい童顔に不釣り合いな

微かに(いぶか)しげな表情を浮かべる。



 先日、事情聴取に同席したいと申し出た。

様子観察をした際、緒方香菜は黙秘し続けた。

心理学の専門医、心療内科医である彼女は

好奇心旺盛な性格故に心のどこかで観察したかったのもあるだろう。



 様子観察をした際、

緒方香菜は黙秘し続けた。



 それは、何か反応を示す訳でもなく、

否認する訳でもなく、茫然自失の様に聞いていた。



__心ここにあらず。



そんな印象だが、

宮川は、少女の瞳の動きを見逃しはしなかった。



 事件、あの日の事を口にした瞬間から、 

皆、急に過呼吸の発作と口を揃えて豪語するが

実は、事情聴取の始まりから過呼吸発作の症状は、始まっている。



 最初は浅く、そして尋問聴取がつれ、症状は進み

突然、机の端で自分自身の頭を延々と打ち続ける。

それが、当日のタイムラインの聴取と合致するのだ。




 けれども単にあれは話したくない、だけではない。



 医師の視線から伺えた緒方香菜の態度は

挑発的なものではなく常に怯えた表情。

呼吸の頻度、そして時折に零れる涙。



「口を挟んで申し訳ないのですが

もしかして……彼女、PTSD__心的外傷後ストレス障害では」


 宮川がそう告げるとふたりの刑事は揃って首を傾げる。

殺害現場の第一発見者である緒方香菜が倒れた際、

主治医もそう口にしていた、と聞いている。


  

 あの頃はまだ、可哀想だと、哀れだと思っていた。

ただそれは、緒方香菜を被害者遺族として見ていたからだ。




 けれども今は違う。

養父母を無慈悲に殺害した加害者。

凄惨なモノを創り出した残酷な少女___。



 笠原刑事は首を横に振った。



「そんな事はあり得ない。彼女は養父母を殺めた殺人犯ですよ? 

そんなか弱い精神な訳が無い。あれも単なる演技でしょう」

「確かにそう思うのも解ります。


ですが、あなた方が

取調をしていた際に、彼女は始終苦しそうだった。

頭部を血が出る程にぶつけるところは、

見るに耐えませんでした」



 刑事が殺害現場の事や、動機に触れると彼女は壊れる。

それは刑事の主点。



 毎回、

自分自身を傷付け、頭部外傷の自傷行為に見舞われる。

過呼吸の発作、心的外傷後ストレス障害によるもの。

そして___宮川医師にはもうひとつ、疑念を抱いていた。





 「現場の指紋、凶器の指紋、

それらに彼女の指紋は一致しているんですか?

またアリバイとかは?」


 冷静沈着に、淡々と告げる。

鋭い眼差しに何処か狼狽えるが、悟られないように

状況説明をしたのは、新田の方だ。


「緒方香菜は、当日、新聞配達を終えて帰宅した際に

殺害現場となる室内を目撃。凶器が見つかっていないので不明。


ただ被害者夫婦の遺体に触れた際に

出来た指紋が確認出来ています」

「……それだけ?」


 「ただ、

近隣住民からの目撃情報、情報提供で 


現場の聞き込みに向かった際、

”普段は律儀で、仕事前に必ず訪れているのに

当日は新聞店に出勤するのが遅く、目の下辺りに隈があった“、

というものがありまして」




 宮川は腕を組みながら、首を傾げた。


「確かに夫妻の司法解剖で

殺害された時刻は深夜頃と括られていますね。

それに私達は別の意図を疑っているのです」

「どういうものです?」


 

 美しい髪を優雅に払いながら宮川はそう告げる。



「___娘である緒方香菜が、在宅している場合は可能です。

新聞配達に遅刻したなら、辻褄が合う」

「そうですか」



 抑揚のない淡々とした口調で、笠原が告げた。


  


 



 早川は人里離れた山の中にある

灰色の建物を怪訝に見詰めた。





 彼女は現在、医療少女院の閉鎖病棟、独房にいる。

情緒の不安定さ、自傷行為、

そして気になるのはもうは一つ。



 此処に来てから、彼女は著しくげっそりとし始めていた。

食事も取らず、眠りもせず、流動食ですら口にしない

点滴による経口輸液にて繋いでいる。



「看守さん、彼女の体重は?」

「先日の計測で34kgでした。前回は38kg。

測定の時に途中、よろけてしまって」


「彼女の身長………確か157cm。

まだ成長期でのぴしろもある。

急激に落ちているのは、一目瞭然かと」



 宮川は溜息を吐いた。

彼女はもう起き上がる力もなく、横に伏せている。


弱々しく痩せた指先も、顕著な顔色の変化も、

それにPTSDという診断、そして疑念だったものが

確信に変わった。



「今のこの状態だと、事情聴取に持ち堪えれもしない。

早く食べて貰って体力を……」

「日が暮れるだわ」


 断罪するかのように、宮川医師はそう告げる。




「私が緒方香菜を観察する様になり、暫く経ちますが

恐らく自律神経失調症、そして完全に神経やせ症、

神経性無食欲症ではないかと思います」


 看守の言葉に、宮川ははっきりと答えた。

正式的な診断に看守は気まずく表情を固めながら、



「それは……」

「はっきり申しますと、拒食症です」


 はっきりと宮川医師の言葉に、看守は目を見開く。



「拒食症は言い過ぎで、

あれは同情を拾う為のパフォーマンスでは……」


 苦し紛れの悪足掻きに、宮川医師は視線を流す。



「けれども、現に食事には手を付けていないのでしょう?



さっき、あなた。無理矢理食べさせようとして 

緒方香菜が拒絶して、その拍子にフォークが刺さった。 


流動食さえ受け付けない。嘘のパフォーマンスなら

人間は欲望がある以上、極限に追い込まれると

無意識的にモノを口にする。



彼女はこのままでは生命の危機に陥る。

治療法を考えていかねばなりません。




聞くところによれば彼女は、

真面目で自己主張が苦手だとか。

それに拒食症の痩せ方の特徴に、彼女は非常に似ている」


 宮川は緒方香菜の様子を、はっきりと告げた。



「ですが、拒食症とは殆どが………」

「精神的な消耗、急激な環境の変化もありますよ。

私がここ一週間観察したところ、彼女は自身には無興味。

拒食も彼女にとって自傷行為かも知れない。


取調での自傷行為を拝見したところ、

精神が衰弱しているのかと。


あと……私が思う病名をひとつ良いでしょうか」

「なんでしょうか」

「警察機関にはもう申し出ていますが、彼女は恐らく



【サバイバーズ・ギルド】 ですね」



 看守が目を見開く。



「…………それは」

「あまりお聞きになられない名前ですが

”自身だけ生き残ってしまった事に対する罪悪感”を表します。

彼女場合は慕っていた養父母が殺害され、その亡骸を

目の当たりにした。


経緯も、十二分に症状としては成り立つ。

自傷、拒食は、それらの現れなのかも知れないですね」

 



 





 (もう全てがどうでもいいのよ)




 あの准の音声データの肉声、“准が守り通していた秘密”を

知ってからというもの、香菜は自暴自棄になっていた。

それは逃げ場のない真実であると当時に、

認めたくないという感情が牙を剥く。



 (私は、無意味な存在でしかなかった)



 身体が崩れ落ちる。

身を丸めながら香菜は憂鬱味を帯びた双眸を横たわらせる。

力が出ない。重力に圧されている感覚が否めない。



(兄さん、美琴さん、ごめんなさい)


 

 不意に溢れた涙。








『新聞配達?』

『………はい』

『うーん………准さんは確実に猛反対するわね。

 視えるのよ、虎の様に怒る様が……』


 視線を上に向けながら、のほほんとした表情を見せる。

やっぱり、と肩を落とす香菜に美琴は、微笑んだ。



『私は、よい社会勉強だと思うけれど……どうして?』



 首を傾ける美琴に、香菜は躊躇う。

16歳を迎えて迷惑をかけたくない。甘え続けてもいけない。


 そんな思いが強くなった。

本音を吐露してしまうのは躊躇ってしまうのだが

本当の事を言わなければ認めて貰えない気がして。


 けれども未成年である事には変わりない。

親の承諾が必要で、自分自身が身勝手に決められる事ではない。



『その………親孝行………したいから』

『あらあら』



 美琴は微笑みながら、口許に手を添えてクスクスと笑う。


『すっかりおませさんになって〜

そうやって優柔不断に物を言う所、

准さんにそっくりよ。流石は兄妹ね』

『………そう?』

『でもその気持ちが嬉しいわ。香菜ちゃんも大人になったね。

良いわよ。私が保護者として保護者欄に記入するわ。

あ、でも准さんに見つからない様にしないとね。約束よ』


『有難う、美琴さん』





(大人びて、ませて、

早とちりした結果が、二人の将来を塗り潰してしまった)

 


 現在(いま)は、自分自身の全てが許せず、憎たらしい。

あの時、あんな事を申し出なければ。2人とずっといられたのかも知れない。


 守山綾の罠に易々と引っ掛かかった自分自身も、許せない。

兄と義姉を守れなかった自身も憎たらしくて堪らないのに。

_____そして、兄が守り続けた秘密も。




 感傷や哀傷に浸る事さえ許されない、この世界で。

天涯孤独の身に戻り生きていくしかない。




『緒方香菜、あれからどうですか』




 宮川医師は、あれから診断をきっちりと下し、

治療プログラムを作成したものの、緒方香菜に変化はない。



『全てに拒絶している、という感じですかね。

随分と随分と図太い神経の持ち主だわ』




 宮川は、その言葉に(いささ)か、違和感を覚えた。




 誰にも心を開けなかった。

生きている事に絶望視し、夢も希望もいつかは絶望に変わる。

そう、浅はかなものと考えていたから。


 誰かのマリオネットとして生きていればいい、

という概念を打ち砕いたのは、准と美琴だった。

自我を以って生きていいのだと教えてくれたのは、紛れもない2人だけだった。



 二人が消えた今。

もう緒方香菜は、息絶えたに等しいのだ。




(…………じゃあ、私は、何者なのだろう。



何者になれば、いいの?)



 


専門的な知識がないので、違和感や不快に思われた読み手様

申し訳御座いません。


投獄されてしまった香菜。

彼女はとうなるのやら………。

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