6ダース(回想)夢から目を覚ます
苦手な方は前半、過激な残酷描写有。
苦手な方はご注意下さい。
悪寒と震え止まらない。
薄手の毛布を掛けられている中で、香菜は塞ぎ込む。
隣には寄り添う様にして女性警官が、傍に居た。
____これは、夢でも見ているのだろうか。
それとも
生の実感と現実味を抱かなかった、私への天罰だろうか。
生きているというのだと実感を持たせる為に……。
リビングルームは赤い赤い深紅の海が、広がっていた。
壁にも、天井にも、まるでそれらは純白の壁を切り裂いた様な深紅色。
壁に深紅色は隠れていたか。海はそう染まるものか。
そもそも海はこんな漆黒混じりの深紅色だっただろうか。
それに、壁や天井を切り裂いたら、赤色は現れるものか。
一面、深紅の世界。
その血の海に転がる、
壊れた人形の様にその場に横たわる“誰かが”見えた。
違う。違う。
脳裏で否定しながら、その元へ茫然自失と歩みを進める。
うつ伏せ気味のシャツを来た人物の肩を起こし触れた。
違う、違うと近付いていくうちに
動悸が脳裏に残響が鳴り止まらない。
次の瞬間、香菜は絶句して無意識的に後ろへ後退ってしまう。
そして後退りしたと同時に仰向けに転がったモノ。
白シャツの裾がまた、鮮血が浸透してゆく様に。
「兄さん………?」
白い生気のない顔。
ただ眠っている様にも見えるかも知れないけれども、違う。
恐る恐る伸ばした香菜の白い手から、脳に伝った。
それは氷の如く冷たくなっていて、一瞬で、物事を悟らせる威力がある。
「___美琴さん……?」
兄の隣に白状が転がっている事に気付いた。
ベランダに繋がる硝子戸に背を預ける様にして、硝子戸の縁に留められたまま、美琴の姿。
震える指先を伸ばして触れると、
軸を失った身体は斜めに落ちそうになり、思わず抱き止めた。
彼女もまた深紅に染められ、顔色は白く眠っている様に、
そして兄と同じ様に暖かみがなかった。
心に浸水する、氷と水。
目の奥が熱くなる違和感と共に、涙が頬に伝う。
(嘘と言って)
(お願い、嘘と言って………)
まるて異世界に来た様な、
刑事ドラマで観た殺害現場のように。
ぐるぐると渦巻きの様に回る思考回路が、追いつかない。
その後の事は、斑だ。
生気を奪われた様に虚空を見詰める瞳。
あの後、香菜は精神的なショックから気絶した。
「診察した所、PTSD___心的外傷後ストレス障害かと」
医師は切羽が詰まる思いで、そう告げた。
第一通報は6時49分。
現場に警察が駆け付けると、凄惨な殺害現場で
夫婦の遺体の中で茫然自失と座り込む緒方香菜が居た。
養父母の殺害現場を目の当たりにした、少女の心の打撃は計り知れない。
警察は、第一通報者でもある娘であり少女の証言を
最も早く聞きたかったのだが、到底、無理だと悲観的になった。
司法解剖の後で、火葬され遺骨は骨壷に納められた。
喪服ワンピースに身を包んだ少女はまるで人形の様で、
密葬の中で茫然自失と化し、時折に涙を流す。
魂を抜かれた、人形のようだった。
少女は今にも崩れ落ちそうだった。
遺影と膝には2つの骨壷を抱えながら、呆然自失に壁に背を預け、項垂れている。
虚空の双眸は何処を見詰めているか、分からない。
誰もいない中で、香菜は遺影を見る。
(もっと、素直になれば良かった)
脳裏に浮かぶのは、暖かな微笑み。
何処かでまだ素直になれないままだったのだと痛感する。
そして同時に_____
(私は、暖かな夢見心地から、目覚めたのだ)
内心、誰かが嘲笑う。
夢の深海に浸っていたのだと。
そんな中で、女性警官が現れた。
彼女は兄と義姉の遺影に一礼すると、茫然自失と化した香菜の元に向き合う。
「あの」
「………」
「現場の捜査はまだ終わっていません。
ですが、お兄様は貴女へこれを………」
視線だけ動かす。
それは小さな「手紙」とICUレコーダーだった。
では、ともう一度一礼して、女性警察官は去っていく。
誰もまた居なくなってから、無意識的に香菜はレコーダーに視線を向ける。
そしてイヤホンを耳に着けると再生ボタンを押した。
『香菜へ
これを聴いている時、貴女はどうしていますか。
実は、兄は___ずっと香菜に内緒にして、
言えなかった事があります。
黙っててごめんな。
でも香菜には知る権利があると
大切な事だと思うので言います。貴女は____』
懐かしい声と共に、感傷と哀傷に浸る暇など、無かった。
兄の優しくも真剣な声音から紡がれた真実はまるで、突飛かつ身勝手なものだったから。
「___緒方香菜は、今、葬儀場に。
第一発見者という事もあり、かなり精神が衰弱している様です」
「そう、有難う」
(目には目を歯には歯を。
例え、残酷だとしても、こうするしかないのよ)
(私は…………)
准の遺言とも取れる肉声を聞いて、虚から目が覚めた。
受け入れがたい現実だったが、これが全てだと悟る。
そんな中でヒールの音が近付いてくる。
不釣り合いな化粧と張り詰めた面持ちに、香菜は視線を向ける。
無関係な守山財閥の娘が此処に来た意味が、今なら解る。
「…………(貴女は、)」
何故だろう、不思議と声が出ない。
綾は一礼する訳でもなく、二人の遺影を交互に見た後で
片隅にいる少女に視線を注ぐ。
少女は窶れ果て、何処か折れてしまいそうだ。
薄幸さと儚さが交差する顔立ちは、何処か現実離れしている。
(………可哀想に。でも、貴女の養父が悪いのよ?)
全てを抛ってでも。
(守山家を、私を敵に回すとどうなるのか、見ていなさい。
…………准)
生気を失っていると聞いたのに、
彼女は意外としっかりしている事に気付いた。
彼女へ一礼する。
「この度は、残念な事で」
「………………何故、貴女が………」
そう呟くと、綾は口角を上げる。
「貴女、孤児なのでしょう? それにまだ未成年。
私は慈悲に満ちているから、貴女の未成年者後見人になってあげる」
「………………」
(あの人は絶対に信用するな、香菜____)
思わず、兄の言葉が脳裏の水面に反芻する。
後退りしそうな感覚に襲われながらも、香菜は綾と向き合った。
(孤児ならば、後腐れもないわ)
香菜は眉を潜めて、内心で後退りをした。
高らかな自尊心はその雰囲気ごと、強くさせるのか。
「その代わりに。
____貴女には、“私の身代わりになって貰う”」
「…………身代わり………?」
小首を傾げる香菜はに対して
冷笑にも似た嘲笑を綾は浮かべて、少女を見据えている。
「大丈夫よ。人生を数年、束縛されるだけ。
それに貴女はまだ少年法が利くから」
「…………え?」
その刹那、慌ただしい靴音が此方に迫る。
貫禄と威厳を備えた警察官は、香菜の前で一枚の紙切れを掲げた。
「_____緒方香菜。
養父母殺害事件における、殺人容疑で逮捕する」
ここまでお読み下さり有難う御座いました。
ご気分を不快にされた読み手様
大変、申し訳御座いません。
いよいよあらすじ通りの物語となってきましたが、
香菜の運命はどうなるのか。 そして、
准が香菜に伝えた事とはなんだったのでしょうか。