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2ダース (回想) 秘密と内緒

准の視線です。





 妹に、言えないこと。

妹に、内緒に秘密にしている事は沢山ある。




 願うならば、



 “この秘密”は墓場まで持って()きたい。



____そうすれば、あの子も傷付く事はないだろうから。





 香菜はあまり自分自身の事を知らない。

それは兄である准が教え伝えていない事も影響している。

准は憂いた瞳で、頬杖を着いてぼんやりと、

窓の向こう側に降る雨の世界を見詰めていた。



(香菜が、本当の事を知ったら、どう思うのだろう?)

 



 それを思うと、喉元に苦い味が広がる。




(いつ、どうやって、伝えればいいのだろう?)




 もどかしさが募る。


 

 名もなき傷心の少女。

せめて深き傷心を追った分、心穏やかに過ごして欲しい。

香菜の置かれた過去を知り、姿を見た時に、切実にそう思い、誓った。

 


 育った孤児院でも

(かつ)て引き取られた養父母からも彼女は名を与えられていない。





 孤児院の帰り道。

いきなり兄と名乗って現れた自身に

当然ながらも香菜は心を閉ざしたままだった。



そんな時、

淡い風に吹かれた、花の香りに触れて微笑んだ。



 その無垢な微笑みに、菜の花の様に強い意志を名に込め。

香りは風にも似ていると思い、香りとし、

“香菜”と名付けた。



 名付け親になったくらいで

無論、親らしい事も、兄らしい事も出来ていない。




“香菜が傷心を追う事に原因の一部は、自分自身にもあるのだから”。




「………手紙?」




 美琴がそう告げると、准は額に手当て項垂れた。



准の手元には、空白の便箋とボールペンが虚空を彷徨っている。


「口頭を上手く伝えれる自身がないから、手紙にすればいいと思ったんだ」

「………それ、いつ渡すの?」



 美琴が(いぶか)しげに、視線を送る。

准は口許で指先を支えたまま、首を捻った。



「香菜が成人した時に……かな」

「あと4、5年ね。長そうで短い様に思うわ。複雑だから………ね」


 美琴の声音と表情が影と共に沈む。

香菜に対して、どう綴り残せば良いのか。

その解けはしない絡まった糸の様な螺旋は答えを遠ざける。


それは複雑味を帯び、繊細な秘密を、告げにくくさせた。


 暫く准は項垂れ、

その姿を見守る様に寄り添っていた美琴だったが

ドアの音がして二人共に我に返り、准は平静を取り作ろっ





 玄関に向かうと、姿見の前で自身を見詰めている少女。



 養父母に気を遣い、

“ただいま”はリビングのドアを一センチ開けてから告げる。



引き取った時は傷だらけだったのに、

今ではその過去すら遠い昔を見詰めているようだ。


 大人びた端正で目鼻立ちのくっきりとした顔立ち、

何処か透明感のある儚さ。

黒髪のストレートロングヘアには天使の輪が存在感を示している。

華奢で清楚な出で立ちが、その儚さを増長させた。


 ただ今も昔も変わらないのは、

何処となく“物憂げな虚空の双眸”だ。

それだけが、彼女が抱える過去の傷の象徴とも呼べる。



 

 香菜の成長に、喜びと共に複雑さを抱えている。 

妹が純粋に大人になる事は喜ばしい事なのだが、“言えない事”を

思うと、必然的にまた彼女を傷付けてしまうのではないか。


 彼女は何処か掴めない。

自分自身の事について、何も聞いてこない事を准は(いぶか)しく思う。


 それは

こちらに遠慮しているのか、それとも脳裏にないのか。



 責任と役目。

香菜を引き取ると決めた時から、ずっと思っていた事だ。



 








「…………」


 淡い風に煽られる。頭を抑えて手櫛を通す。


マフラーとの摩擦なのか、指先に静電気が走る。

何でもない事なのに、香菜は芒洋と手のひらを見詰めた。

吐息は白く、(やが)て空へと消えた。



(………私は、生き人なんだ)



 今でも夢の中に溺れている感覚が否めない。

この一瞬一秒、砂時計の様にスローモーションの様に、

夢見心地という感覚は否めず、何処か現実には生きていない様な気がした。


 ネグレクトと虐待からの、解離性障害から始まり

自己防衛の為に欠落させた心。



 過去は振り返りたくはない。

____心に薬味が広がるから、ただ、



(___私は、何者なのだろう?)



 何度も聞かされた、自身は孤児院に置き去りにされていたこと。

8才になる年に突然、

兄という人が現れて、迎えに来て引き取られたこと。


 けれども兄は、

自らの両親の事を一度も口にした事もなく、

両親に関するものも、からっきり存在せず、語られず、全く知らない。


香菜から尋ねる事もなかった。それは、両親の代わりと

言っても過言ではない二人が居たので、香菜にとっては二人が平穏と安堵の象徴そのものだったから。



 けれども、不意に(よぎ)



(___私は、本当に妹………?)




 本当は

現実逃避がしたくて、そう思い込んでいるのではないか。

これは優しい夢を見ているのではないか、との思いは絶えない。

足が地についていない宙に浮いた感覚は、香菜から酷く現実味を奪っている。



 欠落してしまった感情。

元から茫洋とした軸のない心を、自身ながら軽蔑している。


 そんな夢見心地だと思ってしまうこの世界で、

優しい兄と義姉しか要らない、と思ってしまうのは贅沢だろうか。

兄と義姉が現れてから、香菜の世界は優しい色彩に満ちた。

冷たい水面から暖かい空の下にいる。







「右側のお椀にご飯、左側は主食の鮭のムニエル。

右側奥のお椀はお味噌汁、ご飯の手前にある小皿が副菜だよ」

「有難う」


 箸を持たせて、丁重に説明する准。

 美琴はお礼を言い微笑んでいる。

そんな兄夫婦を見詰めながら、香菜は何処か自身が邪魔者ではないのかと思っていた。


 引き取られてから、二人は香菜に献身的に接してくれた。

いつどきもなんどきも嫌な顔を1つせず。

まだ当時は恋人だった美琴も、他人である自身を温かく迎え入れてくれる。



「さあ、食べよう。頂きます」

「頂きます」

「………頂きます」


 准が席に着くと、手を合せる。

美琴が作った暖かな料理。


「そうだ。香菜、電話が来て、兄さん、驚愕したよ」

「え? なになに?」


 何処かむくれた子供の様に告げた准に、微笑ましく美琴は尋ねる。

香菜はぎこちなく固まりながら視線を伏せると、ごめんなさいと呟く。



「まだ本題に入る前に謝らない、いい話なんだから」

「………え?」


 

 本能的に謝る癖が蘇る。

電話が来たら、自身が何か悪い事をしたのでは、と思っている。

潜在意識の本能が警告するのだ。迷惑をかけたくないと。



「学校で書いた作文が、町長さんに表彰されたんだろう?」

「そうなの!?」


 美琴が拍子抜けした様に驚いて、

隣にいる准を見詰めた後、向こう側にいる香菜に視線を向けた。


「話によれば

回覧板と、新聞に載ったと言うじゃないか。

役場に足を運んで町長さんから表彰されたって。

『お父さん、知らないんですか』って言われて顔から湯気が出そうだったよ」

「ふふ、なによそれ?」


「とてもすごい事なのに。どうして内緒にしてたんだよ」

「それは………その………言う程の事でもない、と」


 

 姿勢を前に寄せ、

椅子の背もたれに身を預けると、准はやれやれと手を当てる。


 香菜は膝の上に手を置いて、

しどろもどろになりつつ、准と美琴の互いに顔色を伺う。


 高校の授業で書いた作文が、

当日、視察に来ていた町長の目に留まり香菜の作文は讃えられ表彰された。

けれども騒ぐ周りの大人と香菜自身の温度差は酷く

香菜自身は特段、大した事だとも思わなかった。



 それでも

准や美琴は、香菜の些細な事でも喜んでくれた。

むくれた子供じみた態度に、すかさず美琴が助け舟を出す。



「………貴方、子供みたい。

香菜ちゃんもお年頃なんだから。

言いたくない事もあるでしょうに。貴方って

まるで兄じゃなく姑みたい。


………女心が分からないのは相変わらずねえ。ねえ?」


 ご飯を集めながら告げる美琴は、

准に呆れ顔て香菜に微笑みを向けて同調の意を見せる。

香菜も誘われる様に、二度程、頷いて、うんと呟く。


「………そこ? 君達の事は解っているつもりなんだけど」

「いいえ、分かってません。

私、お姑さんと結婚したのかしら?  

で、天使の様な、香菜ちゃんに逢えたのかな?」



「………ふふ、」



 准は固まる。

思わず香菜の表情がほころび、控えめに微笑みが溢れたからだ。


「兄さんも、美琴さんのお話が、おかしくて……」



 香菜は過酷な幼少期の(かげ)りの影響から、あまり表情を変えない。

だからこそ、准や美琴からすれば、些細な変化だって微笑ましい。


「でも、読みたいな。香菜が書いた作文。な、美琴」

「勿論、是非、読みたいわ」

「………それは、」


 価値が分からず、子供じみた戯言だと思い込んで

新聞に掲載された(ページ)は抜き取り、回覧板も兄が目を通す前に抜いて、次に届ける時に戻した。

原本は机の引き出しに仕舞ってある。



 二人は何も知らない。



「…………だからなのね」

「………え?」



美琴は、微笑ましく呟いた。



「准が何故ご機嫌だったの。まるで遠足に行く子供みたいに

今日の鮭のムニエルも准の希望だったし、

准は魚が苦手なのに可笑しいなって」

「………………」


 確かに、兄は魚が苦手だ。

だから実は、香菜と美琴は鮭のムニエルで、

准だけは鶏肉の炒めものである。


 料理の品物が別々なので

二人が喧嘩でもしたのかと香菜は内心は固まっていたのだが。


「お祝いと景気付けに、な。

 でももっと、派手にやれば良かったかな?」

「嫌だ。私は美琴さんのご飯がいい」

「まあ、嬉しい事を言ってくれるわね〜。流石、私の、愛娘」


 鮭のムニエルは、香菜の大好物だからだ。

香菜の言葉に美琴は控えめに微笑ましく、頬をほころばせた。



(せめて、微笑んでおくれ)



 滑稽な煮え湯を飲まされ続けてきた分、幸福を感じられる様に。









 

 そんな中で、

携帯端末に着信音が鳴る。准の携帯端末だ。

失礼、と前置きを置いて、准は玄関の元に足を進め止める。

画面には知らない番号。


 不審に思ったものの、画面をスライドして通話を受け取る。


「はい」


「_____」

「もしもし?」



 応答はない。



「………………」

「もしもし? ……切りますよ?」


 固唾を呑む音が伝わる。


「____私よ。解るでしょう?」


 

 威厳に満ちた声。

一瞬だけ不審に思ったが、全てを悟った時、目を見開いた。







はて、電話の主とは………。



【訂正】

家族の食事シーンに関して

魚のメニューの表記が相違がありました。

長らく気付く事が出来ず、申し訳御座いませんでした。

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