33ダース・砂時計の止まった先の悲劇
【警告】
淡くしておりますが、自害描写有。
閲覧にはご注意の程、下さると幸いです。
___数日前。
探偵事務所経由で、
宮本遠矢に、接触していた。__涼宮麻緒として。
彼の家のポストに、河端のどかの本当の身辺調査表と、
借金返済に困った場合、彼女の連帯保証人になっている事を
知った青年は顔面蒼白になり、弱気になっている。
「…………俺には、嘘の年齢を? 独身って言ってたのに。
それに連帯保証人になっているなんて」
「(河端のどかさんも、貴方自身も、
かなり熱を入りあげていたようですね)」
のどかは、かなりの小動物の様な雰囲気と
童顔の持ち主で若々しく、年齢を偽っても違和感はない。
現に守山綾と同い年だが
マイナス10歳と言われても気付きにくいに違いない。
ママ活もとい援助交際____宮本遠矢に陶酔し、
宮本遠矢の生活は彼女の資金で成り立っていたと
言っても過言ではないだろう。
ママ活での収入だけでは足りず、
河端のどかは消費者金融や娘の貯金にまで
手を出していたのだから。
「(____貴方の存在が、
河端のどかさんのご主人に公になってしまえば、
貴方の人生も終わりに等しいかと。
不倫関係の期間にもよりますが)」
将来を匂わせて不安を煽ってみる。
すると青年の面持ちは冷水を浴びた様に凍り付いていく。
「こうなるなら、
百花ちゃんと付き合ったままにしておけば良かった…………」
後悔する様に項垂れて、
悔しそうに遠矢は前髪をくしゃくしゃと巻き込む。
そうだ。
遠矢は元々、百花と友人だった。
それを略奪する形で、のどかが横槍を入れたのだ。
ママ活だけでは終わらない、
遠矢とのどかの不倫関係は一年ほど続いている。
連れて来たのは、涼宮響介の行き付けのBur。
ここのバーテンダーは賞も取った事がある有名な人で
数少ない涼宮響介の友人であり、幼馴染み。
あの涼宮響介が、家に上げるくらいなので
信頼関係や友人関係は長いのだろうなと見なくとも
雰囲気や会話等で分かる。
尚、このバーテンダーの友人も弁護士で、こちらは副業だ。
彼は緒方香菜の事や、
彼女が涼宮麻緒である事も知っている。
たまに訪れてはのんびりしていたが探偵代理になると
挨拶に来た時に『よかったら使って』と言われた。
紬が来ると追いかける様に
まるでシンデレラかの様に瞳を輝かせながら、
河端のどかは腕にしがみついてきた。
あれからというもの、紬に惹かれたのどかは
ママ活に相手になって欲しいと告白した。
それは出来ない、友人関係なら、と紬は承諾した。
「大盤振る舞いなのね? もしかして私の事、気に入った?」
自信過剰な女は、何処か盲信的だ。
自身が愛される術も魅力もある事を知っているから。
(…………単純な人、自惚れるのも甚だしい)
特徴的な猫撫で声に、心が冷めていく。
クールな素振りをみせながら
紬は素早く携帯端末に文字を打ち込み、のどかに見せた。
『(もう18時でしょう? ご家庭は?)』
控えめに謙遜して言うと、
のどかは満更でもない詰まらない表情を浮かべる。
「いいの。主人は帰りが遅くて作り置きのおかず。
娘は塾に行ってるからお弁当を持たせているの………なのにもう」
前の無断欠席をまだ根に持っているようだ。
追い詰められた娘を心配する素振りは全くなく、
自身の感情と保身の為だけに動いている。
それでも愛おしそうに
携帯端末を見詰め、宮本遠矢からの連絡を待っている。
そんな淡い夢に浸っている彼女に、先程の写真を見せた。
写真は____夜の繁華街、腕を組んで愉しげに、
宮本遠矢と歩く後ろ姿の写真。
何も言わずとも現れたカクテル。
それは顔見知りで、涼宮響介の友人である
バーテンダー・義岡 慎之介が用意したものだ。
懐が広く寛大な心構えの彼は、
言いにくい事情を告げても二言で受け入れてくれる。
紬はアイコンタクトをすると、慎之介は奥に消えた。
紬が写真を提示すると、のどかは怪訝だ。
「なんで、それを持っているの?」
『(経緯なんて泡の様なものです。結果論が全てなら。
貴女が愉しげにしているものは、いずれ不都合になるのでは?)』
「……………どういうこと?」
『(さあ? それはもうすぐ、分かる筈です)』
刹那げに微笑む青年。
その意図の掴めない微笑みが怖い。
「(これ、もしも御主人様が知ってしまったら、
ショックを受けるでしょうね)」
そつなく返すと、のどかは逆上した。
「やめて!! それだけはやめて。
家では………夫の映る私は、おしとやかな良妻賢母なの。
夫を支えて、娘を想う母親。
それを壊さないで!!」
「(……………)」
娘を想う___それは、自身の欲を満たす為に。
本当に娘を想う母親ならば、身勝手な事はしない筈だ。
冷たい眼差しを、送ってみせた。
するとのどかは、また紬の腕を掴んで言い寄る。
血が昇って鬼の形相だったのに猫なで声に変わり寄ってくる。
「分かったわ。
内緒にしてくれるのなら、なんでも望みは叶えてあげる。
だから、ね?」
その虚像を壊したくない。
娘を第一に考える良き母親、
縁の下の力持ちで夫を支える妻。それも一種のブランドか。
叫ぶように、懇願するのどかに、紬は、手を振り解いた。
「(ならどうして、
家を借金地獄にまで、落としたのです?)」
「______え………?」
のどかは唖然とした。
高収入家庭に入る筈の河端家は、
実は家計は火の車。赤字で借金で首が回らなくなっている。
それは言うまでもない。のどかの浪費癖にあるのだ。
ママ活を通して、遠矢に出会った。
遠矢に陶酔するあまり、援助交際と不倫関係になり
今度は自身がパパ活で資金繰りしても足りず、
娘の将来の為に貯めていた貯金はほとんど無くし、
各地の消費者金融にまで手を出して、借金を繰り返している。
冷ややかな眼差しに、彼女はむくれた。
「だってずるい、と思ったから。
なんて私ばかり我慢しなくちゃいけないの? そんなのは嫌。
私だって癒やしが欲しいのよ」
悪びれもしない顔。
『(それが、誰かを犠牲にする事になっても?)』
「誰かって 誰よ。もう、紬君って意地悪………」
現在に娘はノイローゼに至るまで、追い詰められている。
それも知らず自分本位。のどかがむくれた顔をした刹那に、携帯端末が鳴った。_____のどかのだ。
どうぞ、と手招きするかの様に、紬はコンタクトを送る。
「はい、どうしたの、あなた?」
『百花が………百花が………!! それになんだ、これ………』
電話の向こうからは 切迫した声が届く。
彼は焦燥、切迫に包まれている様だった。
「____どういうこと?」
理由も分からず、呑気な声。
「_______百花が、自分自身で、命を………」
「………………え?」
間に合わなくなる。
そう何処かで感じでいた。
『あのね、私ね………。
誰にも内緒でお小遣いで、クリニックに行ってるの』
『(クリニック?)』
『心療内科。緊急性があるって認められたら
医療証とか保険証も要らないらしくて………』
そこまで告げて、百花は首を振った。
憂いを帯びた悲哀の表情に変わっていく。
『多分、違うね。其処の院長先生のご厚意だよね。
私は………鬱になっていたらしくて………。
内緒でお薬を貰って呑んで、お話きいてもらってる』
『けれどこんな事がバレたら
ママは許さないし、パパは悲しむよね。
そして、先生とお話しているうちに思ったの。
私以外の人生を生きてみたいって。
けれど、これじゃあ、無理。ママがいる限り無理だよ。
だったら、別の人間になるしかないのかな………』
悲哀の色が眸には浮かんでいる。
紬___麻緒の脳裏に浮かんだ、昔の自身の光景。
牢獄で謝り続けた日々。
自律神経失調症と診断され、声も何もかも失った。
後を追おうと極限まで心が追い詰められる心情は、知っている。
『これを読んでいる時、私は、いないと思います。
ずっと辛かった。
ママにお医者さんになれ、って言われて、
寝る事も止めて勉強してた。
小学生になってどんどん
ママが変わっていって、バパはお仕事が忙しくなって。
私は一人ぼっちと思う様になった。
毎日、塾に通って
頑張って課題をこなしたけど
私の自由な時はどこにあるのだろうと思いました。
私の気持ちはどこにあるのだろう。
最近はそればかり考えていて、
気付いたら全てが怖くなりました。
もしまたお受験に失敗したら、
ママはまたどんどん変わるよね。
私はそれが怖いです。
優しいパパと優しいママと暮らしたかった。
それだけだった。
けれども願っても叶う事は無理だから、
私は生まれ変わるしかないのだと気づきました。
ごめんなさい。私はもう無理です____』
河端百花は、息絶えた状態で見つかった。
百花の手許には、封筒に入れられた
遺書が零れ落ちていたらしい。
仕事人間で、
娘の事は全て妻に任せていた彼は、自身を責めた。
自身の行いが妻を暴走させ、娘が追い詰められ、
悲劇を迎えたこと。
あの公園で、少女の心の痛みを聞いた紬は
さりげなく茶封筒を取り出す。
『(これ、君に託すよ。パパに知らせて。
ママには渡しては駄目。
嫌だと思ったら、
捨てて貰っていいよ。けれども、
君のママは、パパに隠し事をしてる。
これを伝えたら、君は自由になれるかも)』
『自由に…………?』
紬はしゃがんで、
ブランコに乗っていた百花に封筒を渡した。
紬は薄々、
薄幸さと消えてしまいそうな儚さは、感じていた。
少女が消えてしまった事の沈痛に塞ぎ込み、心が沈んでいく。
何処かで感じていた。
彼女は自身が選んだ腹積もりを固めているのだとも。
一部の望みが、そうではあって欲しいと思いながら託したのは
百花に渡したのは、母親・河端のどかの秘密。
ママ活、
それに起因するパパ活の現場、
宮本遠矢との不倫関係の証拠。消費者金融の借用書。
河端家の家計は赤字の火の車ということ。
それは、百花が書いた遺書とともに
床に置かれていたらしい。
「ごめんなさい、どうしても悔しくて………。
百花を医者にさせて、そして実家を、兄妹を見返しかったの。
百花も納得してくれているものだと思っていた。
私の気持ちを分かっていて、くれるものと………」
泣きじゃくりながら
この期に及んでまだ、保身に走る母親。
「百花は、君の我儘を託されて、苦しんでいたんだ。
なのに君は……不倫に、ママ活? ふざけないでくれ。
娘の貯金にまで手を付けていたなんて、母親失格だよ。
君とは離婚する。それに慰謝料請求も………」
「離婚だけは、やめて………誰からも軽蔑されちゃう!!」
「君の事情なんて、知らない」
西洋式の墓地。
河端百花の名前をなぞりながら、
紬は何処かやりきれない気持ちが残っている事を、流し目に佇ませる。
そんな中、
「もしかして………桧山紬さんですか?」
不意に振り返ると、
百花の父親と名乗る男性が其処にいた。
後ろめたさに何処となく影を落とし、頭を深々と下げた。
冷たい風。
けれどもどことなく軽やかな気がするのは、気のせいだろうか。
「実は………あの遺書には、続きがあって。
日記にも嬉しそうに書き残していたんです。
娘の日記には
桧山紬という人に優しくして貰ったと書かれていました。
1回目、娘が選んだ選択を未遂で終わったのは、
貴女のおかげだったんですよね」
『(いいえ。それは娘さんの意思です。
けれども、僕は娘様を救う事は出来ませんでした)』
申し訳なく、紬は携帯端末に言葉を綴る。
「あなたのせいじゃないです。
娘にとっては、ずっと生き地獄だった。
母に人生を決められ
私は仕事を理由に、家には無関心だった。
誰も味方はいないと思った末の衝動で、
僕達は、娘に無関心だったんだと思います。
娘を追い詰めていたのは、私達夫婦だった。
娘が最期に、桧山さんに出会えた事は救いだと思います」
(______いたたまれない)
「けれども___それに
拍車をかけた妻を、僕は許すつもりはないです」
「______え?」
綾は、唖然とした。
河端のどかとは今でも交流がある。
否、気性が激しい綾に付き合ってくれる
唯一無二の友人と言うべきか。
勿論、百花の事も知っている。
先日の百花の葬儀にも参列してから、まもなくのこと。
電話の向こう側からは、悲痛な声が聞こえてくる。
「あやちゃん、どうしよう………私、もう何もない………。
どうすれば、いいの?」
のどかに残ったのは、多額の借金と、慰謝料請求。
勿論、返す宛などない。
「落ち着きなさいよ。
また再婚でもなんでもすればいいじゃない?」
「だけど………皆、冷たくて。それに………」
(____なんだか、気味が悪い)
「きっかけはなんだったの?」
「あのね、青年がいたわ。凄く顔立ちの整った子。
思わず芸能人かと思ってしまったの、
百花が、助けてくれたんだって、言ってて………。
でもね。
その人、なんだか不気味だったの。
私達の学生時代の写真を握ってて、
私が誰にも秘密にしていたもの、全て持ってた………」
「え?」
綾は思わず寒気がした。
謎めいた青年。全ての秘密を握っていて、ぐうの音も言わさない。
____それに百花が命を絶った現状が、あの娘に似ている。
(____どういうこと?)
「名前とか、聞いてる?」
「なんだったかしら………ヒヤマ?」
「ヒヤマね?」
もしかしたら、
守山財閥の権力でどうにかなる相手かも知れない。
先程から心臓が煩い。警戒心のアラームがなっている。
けれども、彼は何故、自分達に近付いたのだろう?




