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永遠の蔦と棘のワルツ  作者: 天崎 栞 (ID:781575と同一人物)
第2部  第2章 葬れた欠片
35/51

32ダース・天秤を惑わせて

中盤、自害をのほめかす、描写有


ご注意の上で、閲覧下さると幸いです。




 涼宮麻緒は、

ぷつりと糸が切れたかの様に、音信不通となった。




 時折にして個人で雇った探偵に、

彼女の監視させ報告する様にと言っているものの連絡はない。

怠けているのだと問い詰めると探偵は困惑していた。


『1日まるまる、家から現れず

待ちぼうけを喰らいました』


 


 彼女は外にはあまり現れないらしく、動向が掴めない





 (大丈夫よ、彼女は告げ口したりしない)






 涼宮麻緒は、声を喪っているから、

綾が娘を探している情報は漏洩しないだろう。

けれどもそう心に言い聞かせながら、 

彼女が何処かで、言いふらしたりしないだろうか。


 




 水面に浮かぶ不安と焦燥感。


 


 その深層に切り込めば

父にまた失望され、軽蔑される。

その恐怖心を覚える度に、寿命が縮む想いだ。






 彼女には、涼宮弁護士がいる。

背中や肩に残る傷痕の事で、彼の逆鱗に触れてしまった。

彼女は考えを自己完結するタイプなのか、かなり秘密が多い。

その秘密を砕こうとするけれど出来ない。







 時折にして、真壁家に脚を運ぶ様になった。




 裁判に出廷する事を求めた事がある。

けれど真壁家の意見を守山家が受け入れた事は一度もない。

権力に守られ守山綾は何処かに隠れていたんだと真壁は言う。


 その裏で身重となり、守山家から勘当を恐れ、

守山綾が行方をくらましていた事を誰もが知らない。







 真壁篤仁にコンタクトを取る前に

麻緒は探偵として、別の探偵事務所に

その年度の生徒名簿を取り寄せていた。



 真壁葉月を虐めていたのは、守山綾を首謀者とした4人。

4人ともクラスメイトで大人になり現在に至るまで

友人同士であるという。

誰にも知られたくない過去を共有している影響からか

かなり定期的に集まっている。



 そして守山綾の友人をしらみ潰しに調べていく。

当時の生徒写真、その主要人物達の名前や、今の生活事情等。


 目を付けるならば、

身の上が危うく、助けを求めすがる様な人物がいい。

弱味を握られた者は後には引けない。











「(貴女が点字について堪能なのは、美琴さんの為?」



 点訳された点字の小説をなぞりながら、葉月は尋ねる。



『そうでした。きっかけは養父が点訳をしていて

美琴さんか新聞を読みたい、と言っていたから。 

新聞は毎日、点訳して点字に起こす事が、

私の日課だったんです)』

「ふふ、心優しい人なのね」


『(そんな。私には)』



 彼女は聡明で、子供っぽい無邪気さを兼ね備えている。

紬の奥ゆかしさに控えめに微笑ましく見ている。


 紬は葉月に対して

罪悪感にも似た後ろめたい気持ちになっていた。


 自身の存在さえなければ、

葉月は綾のターゲットになる事もなく

人生を奪われる悲劇を辿る事もなかった筈だ。

人ひとりの人生を潰した枝葉に過ぎないのだと。



 暫しの沈黙が続いて、

葉月は紬の肩にそっと手をを置いた。

恐る恐る顔を上がると、優しい表情を浮かべている。




「謙遜しなくていいのよ。

盲目になると、その人の人柄がダイレクトに伝わるの。


視界は闇夜だからかな。

間違いなく貴女はとても誠実で心優しい人よ。

嘘偽りないお墨付きのね」



 紬は、目線を伏せる。

美琴も同じ事を言っていたからだ。






『目が見えない代わりに、

私は、人の人柄を感じ取るのは、早いと思う。


 だから香菜ちゃんの心の変化は、

私が一番先に見抜いてしまうから、ね』








「そうなのね。

私が塞ぎ込んでいた頃は、美琴さん、

点訳された本を持って下さったの。点訳が解る様になった頃、

読んだ小説は、どんなもので、どの方が書いたのか。

クイズにして、当てたりしてたな」




 過去を懐かしむ眼差しは陽の様に暖かい。

美琴という人物の共通点を介して、話は進む。

その度に美琴の事が愛おしい、恋しいと感じてしまう。






____真壁家、リビングルーム。




 真壁篤仁(まかべあつひと)に、お茶に誘われた。





 いいタイミングだと思った。


 紬自身も“大切な事があって、 

話の場を設けさせて貰えないか、伺っていたのだ”。




(そろそろ、舞台に上がらないと、ね)






_____飼い犬に手を噛まれる前に。




 真壁家当主は微笑みながら、ティーカップを持ち上げた。




「あんなに、塞ぎ込んでいた娘が、

高校生の頃の明るさを取り戻したようだ。

桧山君、君には感謝しかない」

『(いいえ、私などには勿体ないです)』 




 紬は肩を竦めて下を向く。




「昨日だが、娘が言っていたんだ。

あの日から人は怖いものだと思っていたけれども、

今の私が出会った人は心の傷を癒やす、とても心優しき人だと、私もそう思う」


『(恐れ多き、お言葉です。

微力ながら、お嬢様の為に精進致しします)』

「そんなこわばらないで。自然体で娘と接して欲しい」




 影ある眸を伏せ、紬は頷いた。










 夜風は寒い。

その無情な冷たさは、誰かを連想させた。



 


 少女はやや正気を喪った眸を夜空に向けた。



虚ろな足取りで屋上のフェンスに手をかける。

ふと思い出したかのように携帯端末を取り出して、

自身が見ている風景を撮影し、さようなら、と打った。




 濃紺の空には暗雲が立ち込めている。

冷えた夜風が頬に辺り、嘲笑う様に微笑んだ。






(もし、来世があるのなら、愛されたいな)






 恐怖感に拐われそうだけれど

きっと痛みも辛さも、一瞬だけだ。



 それらは現実よりもまだ柔い筈だろう。

しかし磁石に引き寄らせられたかの様に、

身体は後ろを引かれる。


 風のせいじゃない。きっと人力だ。

思わず怪訝な表情で振り向く。睨み付けるつもりだったのに

気付けば呆気なくぽかん、と口を開いていた。





 何処か非現実的な、刹那的な中性的な美貌。

さらりとした髪が夜風に揺れているものの、

その真顔の面持ちと瞳孔は、微動ひとつしない。



 

 彼の中で、邪な気持ちが、過る。





(見つけた)






 ターゲットを。






 


 小道に囲まれた住宅街にぽつり、とある公園。

住宅に囲まれている為死角の様な公園の遊具は寂れている。

錆び付いたブランコに座る少女は、目元には隈があり

だいぶ疲れている様に見えた。


 小さなホットドリンクのペッドボトルを

少女に渡すと紬はもう一つのブランコに腰掛け、漕いだ。

孤児院の頃、ブランコに乗って人間観察をするのが

日課だったけれど、今はその感想を思い出せない。



 ちらりと、流し目で少女を見て、素知らぬ顔をした。







 いじめグループにはセカンドリーダーがいた。

綾の右腕的な存在で、今も交流がある河端のどか。




 その娘である河端百花(かわばたももか)に近付いた。

毎日、複数の塾を掛け持ちし勉強に明け暮れる11歳。

2年後に待ち受けている中学受験の為に。



 小柄で幼さが残る雰囲気なものの、

何処か諦観した顔付きに苦い気持ちが浮かんでしまう。






「………どうして、助けたの?」

「(気まぐれ)」




 唇だけを動かして

呟いたものの、少女は分からなかったようだ。

紬の眸を見る気力もない事は見て解っていた。





「(ところで、塾はいいの?)」






 ただ、複数の塾を掛け持ちする彼女にとって

深夜勉強は日常故なのか、何処か覇気が失せている。




 携帯端末に書かれた、

その文字に百花は、眸を見開き、やがて肩を落とした。

何処となく失望と恐怖を佇ませた表情がひび割れ震えていく。

そして怒りと哀しみが混ざった眸を、紬に対して睨み付けた。




 けれども紬は

飄々とした凛然とした態度で頬杖を付き、脚を組んでいる。

それは雑誌に載っているモデルにも劣らない容姿端麗さ。




「(ごめんね。 僕、声が出ないんだ)」




 百花は、はっとして唇を噛んだ。

飄々と余裕綽々の佇まいには、隙も掴み所もない。

それが余計にもどかしくさせるのだと思った。




 塾を無断欠席したのは初めてだった。

そうしてしまった先には何が待ち受けているのか。

彼女が一番、知っている筈で焦燥感が浮かび、ただならぬ恐怖感が押し寄せる。



 大人の重圧により精神的に追い詰められている。

声音に出来なくても紬には過去の経験から、

少女の焦燥感が意味するものを悟れた気がした。



















「ドタキャンか。 まあ、でも仕方ないわね」


 


(なら、彼の為に私は、稼がなくちゃ)



 リリアもとい、

河端のどかは密かにママ活をしていた。

彼女の待ち受けは夫でもなく娘でもなく、家族写真でもない。

夢中になっている青年とのツーショットを見て微笑む。

複数人を掛け持ちしていても本命の彼の事は目が離せない。


 真面目過ぎる夫とは、

無味の様に感じ飽きを感じ始めた頃、

娘の教育方針で口論が絶えなくなった。

平凡を望む夫には野心がないと呆れ、代わりに娘に高望みしだした。


 何処で癒やしが欲しい。

そんな時、宮本遠矢という青年に出会った。

青年に引き留めて置く為に金銭をちらつかせ、

不倫関係にまで持ち込んだ。


 家庭の主婦として凡庸に過ぎる疲れを癒してくれる方法を、

教えてくれた友人には感謝しかない。


 






 しかし、資金源がいる。

年齢を偽れるとして、服装や化粧品等の出費。

家庭の費用で引き落としてしまえば明らかになるから

此方で資金作りに明け暮れていく度に沼に嵌まる。


 



 青年の隠し撮り写真のフォルダを

微笑みながらスクロールしていると、

娘から届いたメッセージに思わず舌打ちをした。



 ママ活をしている間は、家庭のことを忘れたい。

横槍を入れられた様な気分になり、年甲斐もなく頬を膨らます。

昔から大人になれていない、子供っぽさを指摘されるけれど、

これは愛嬌だと思っている。治す気はない。

 


 メッセージアプリ宛に届いたのは、

屋上からの下の景色とさようならという言葉。

背景の絵柄からして、娘のもので間違いない。


 その瞬間、のどかは駆け出していた。

娘の心配ではない、“____別の私情で”。








 だが、すぐに脳裏に疑問符が浮かんでくる。






(百花は、塾の筈よ?)






 次に出た答えに、

脳裏が憤怒した刹那、またメッセージがきた。






『初めまして。娘様の携帯をお借りさせて

メッセージを送ります。私、桧山紬と申します。

偶然、お嬢様と居合わせまして、一緒にいます。


 百花さんが案内して下さり、

現在はお家の前にいるところです』






 慌てて家に帰宅すると、家の前に百花と青年がいた。


 喪服を連想させるスーツ姿に、

ボーイズアイドルグループにいても

違和感のない美麗かつ端麗な青年に目を奪われた。




 青年の後ろにいる百花は、怯えた顔をしていた。

まるで被害者の様な顔をしている事に腹が立ち

思わずのどかは、衝動的に手を上げて頬を叩いた。




_____パシン、と乾いた音が、夜の住宅街に響く。




 百花は、顔面蒼白になっていた。

のどかも唖然として言葉が出ない。娘を叩いた筈なのに、

目の前には青年がいたからだ。






「違うの、ママ。お兄さんは、私を助けてくれたの」




 焦燥感に包まれながら、百花は弁解する。

感情の赴くままに青年の白い頬は赤く腫れ上がっていた。

慌てて謝罪をしてもいいえ、と青年は表情を変えない。










「この度は娘を救って頂いて、なんと申していいのか」


『(いえいえ、そんな。

改めまして、桧山紬と申します。

僕は声が出ないので。会話する際はこちらでご了承を)』




 携帯端末を通してそう挨拶をした。

急に優しく取り繕う様になったのどかに、 

紬は内心では冷めた眼差しで見詰めながらも、






(____当然だけど、

この人は、私が守山綾の娘だと知らない)




 と思っていると、名前を呼ばれた百花は、

完全に母親に萎縮してしまっている事に気付いた。

のどかは、娘の肩を掴みながら鬼の形相で詰め寄り始めた。



「百花。塾はどうしたの? まさかサボったの!?


信じれない、ママを困らせないで!!

大事な時期だとあれほど言っているのに……

そんな調子じゃ、お医者さんにはなれないわよ!!


百花は絶対に、お医者さんにならないと駄目なの。 



____なんで、ママの気持ちが分からないの!?」




 般若の如き面相で、

自身の思いを獣の如く喚き散らした。

そして鞄から分厚い本を取り出し、娘を睨み付けて叩き渡した。



「ほら、テキスト買ってきたから、これで補うのよ。

今夜はこの本を解き終わって寝なさい。

解き終わるまで許さないから」






 怒気の籠もった強い口調に、

百花の瞳には悲しみと諦めの雰囲気が漂う。

何かを言い出そうに唇を噛み締め、

テキストを受け取るとそのまま、

紬に礼を言って、家の中に入って行く。










「…………あの娘ったら、魔が差したのかしら。

お恥ずかしい話だわ」




 再び顎に頬を当てて、娘を軽蔑する様に見詰めた。

娘が家に入るのが分かった途端に猫なで声と

媚びた眼差しを向けてきた。







 河端のどかの実家は、代々続く医師の家系。

親も兄弟も医師、本人も志していたが挫折していた。

 自身の叶えられなかった医師の夢を、

娘に託すといえば美談に思えるけれども、理想の押しつけでしかない。


 自身が成し遂げられなかった事を

娘で叶えさせ、満足感を得ようとしている。



 事前の調査で

ママ友の間でなモンスター級の教育ママ。

ご近所では予定に横槍を入れられたと理不尽な苦情を入れる迷惑な存在なのだと。

おしとやかな妻を装う夫は、本性に気付けていない。






『息抜きしてたら、ママに怒られるから………』


『………………』






 悟りを開いた眼差しで紬は頷く。

この寒さからか、ホットミルクは、ぬるくなっていた。

紬は文言を携帯端末に素早く打ち込み、それらを百花を見た。






『なんで、って聞かないの?』

『(君は聞いてほしいの?)』

『……………え、と……』






 予想外の反応に百花は躊躇う。

虎視眈々とターゲットを狙いながらも、

それを反らし飄々とした態度で隙を与えない様にする。 



 百花にとって青年は、

問い詰めがちな周りの大人達とは違い、

憂いある眼差しとともに頬杖付いているだけ。

ただ何処か優しげに






『(でも疲れたんだよね。あの場所に居た、という事はさ。

それは否定しないでしょ?)』






 百花の眸は曇って、黙り込んだ。






『ママってね。私に構ってくれるのは、勉強だけなんだ』

「……………」




 紬は視線だけ流す。

ホットミルクを掴んだ手元に雫が伝い落ちた事を今更、気付いた。






「普段は家にいない。


私には勉強、勉強、お医師さんになりなさいって。

おじいちゃんやおばあちゃんもお医者だから。


 学校の宿題や

塾の課題をその日に終わらせないといけないし、

全てを終わらせていたら、もう朝方で、寝る暇なくて………』


 少女がしているのは、大人でも疲れる労働だろう。

徹夜明けのような面持ちなのも納得出来た。


 彼女はただ

今まで期待に答えようと耐えてきたのだろう。








「もう少し自覚を持って欲しいわ。

ごめんなさいねえ。最近、私にも余裕がなくて」

『(自覚ですか? 余裕がないとは)』


「娘の成績がずっと下がっているから、それが悩みで。

早く医者になって貰わないと困るのに。

成績が右肩下がりでは、話にならないでしょう?」






 取り繕った微笑み。媚びた声音。

派手な服装。髪に着いた独特なタバコの香り。

(うつつ)を抜かされたら困るのと告げながら、

のどかは娘の部屋なのだろう。二階の窓を睨み付けた。






「もう恥をかきたくないもの、あの子ね、

小学校受験に失敗したのよ。


 当時は親戚やご近所さんから

どんな冷ややかな眼差しや言葉を向けられたか。

今度は失敗なんて絶対に許さない。二度とあんな思いはしたくないもの」




 執着と固執の様なものが、見えた。

娘の恥になる事を知り合ったばかりの他人に

ペラペラと言う必要はあるのだろうか。




(今が、隙だ)




 実家では落ちこぼれ、と言われ続けてきたという。

だから娘を盾に、彼女は復讐がしたいのではないか。

見返したい、私はなれなかったが、娘はなれたのだと。

優越感に浸りたい。



 青年とのデートはドタキャン。

娘はそれらをほのめかして、勉強をおざなり。

今日という今日は悪運でしかない。頭を抱えたくなる。






 紬に礼を告げて、家に入ろうとしたところ、

青年にと肩を叩かれた。振り向いた先には一枚の写真と借用書。




 途端に

のどかはみるみる生気が失せて、顔面蒼白になる。

まるで砂時計が逆さまになったと言わんばかりに。




「(今、貴女が落とされた物………ではないですね。


  ………ごめんなさい。僕の錯覚ですね)」






 では、という青年の腕を、のどかは引っ張った。

それは今にも泣き出してしまいそうで、怒りを秘めた表情。

のどかは、こういうものを持ち込まない。 




「どうして、あなたが、これを持って………知っているの?」




 紬は、控えめに微笑んだ。






「(場所を、変えますか)」












 内心、嘲笑いながら、紬は誘う。










(______貴女の弱気になる、切り札)









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