31ダース・被害者の証言と、揺らぐアイデンティティ
【警告】
いじめの描写を連想する回想の言葉有り。
ご注意下さいませ。
「彼女は名家と聞くとあからさまに不快な表情になる。
それは、高校に入ってから間もなくの事です。
彼女の反抗心はあからさまでした。
自身の家柄を誇りに思っているからこそ
常に自信に満ちた姿勢は記憶にあります。
彼女自身は明るく元気な方でいつも
カースト上位クラスの頂点にいた。
家柄の事もあり、
最初は、仲良く接していただけの女の子達も、
次第に彼女の家柄の権力の事を知ると自然に
社交辞令の様な態度に変わってゆくのです。
何処か腫れ物扱いの様な態度に
彼女は気分を害し、始めていた………」
真壁葉月は、回想に浸る。
「クラスメイトではあったけれど会釈をする程度でした。
担任の先生と援助交際しているのは、
彼女が一方的に好きになり、お金を渡して付き合っていた。
事が起きたのは高校生になって
初めての夏休みを控えた頃に入ってからでしょうか。
あの学校には、
旧校舎であり廃館となった、
誰も見知らぬ裏庭がありました。
私自身、人見知りするタイプでしたので、其処で一人、
読書をするのが最早、日課となっていたんです。
そんな時、守山綾さんをみかけて、
とてもご体調が悪く見られました。
考えてみるとその時期から、気まずい、
体調悪い面持ちをされる様になった事を思い出して、
声をかけたのですが、凄く睨み付けられてしまって。
次の日から
私の生き地獄の様な日々が、始まったのです』
体調悪く見られる___そうだ、と紬は思う。
守山綾は既に身籠っていたに違いない、
妊娠初期に見られる症状が思い浮かぶ。
『仲間はずれ、無視から始まり、
時に階段から突き落とされかけ、
移動教室の場所を別の場所を教えられ、
放課後に先生から
呼び止められているから、
待っていた方がいい、と言われて、
しばらく待っていると
彼女と、彼女に従うクラスメイト達がいました。
様々な香料の香りをかけられました。
普通の方はなんともない、と事と思っていても、
私自身、重度の香料アレルギーを持っておりまして、
悩まれてしまう。
どこからか、それが伝わってしまったみたいで………。
その日を境に、
私の周りでは、色々な香料のものが増えて行った。
そしてわざわざ、
今日は『〇〇のシャンプーを水に混ぜて撒き散らした』
『柔軟剤を溶かして水に混ぜている』と。
そういう、
私にとって命を脅かすものが間近にあるのです。
あの頃は辛くて辛くて仕方なかった。
アレルギー症状、反応が現れている私を見て、
同級生は笑っていました。
それは最早、
人とは思えない醜い生き物としか、見えず…
ただ彼女は、最初は笑っていても、途中、姿は無くなるのです。
私がアレルギー症状に苦しむ中である日、見えたのは、
蹲くまって同級生が、彼女の背中をさすっている姿。
その時の彼女は顔面蒼白で、生気もなかった』
(守山綾が、
真壁葉月を徹底的にいじめる、という自体は
身重である事を悟られたくなかったからなのか)
『そして、ある日、
重度のアナフラキシーショックで私は、倒れました。
父によると集中治療室に入院し
意識不明の状態が続いたそうです。
その後、警察沙汰になり、
弁護団の関係者の方々に調べて頂いた結果、
私の席の周りには幾度もの香料の指数値が、
明らかになったそうです。
守山綾さんが隠れて、香料のものを買っていて、
そのレシートは、全部机の中にあって、決定的な証拠として
そして娘が危篤状態となり、自害するきっかけ
失明するきっかけを作った、いじめ、として裁判を起こした』
『裁判の中盤辺りには、
私は意識を取り戻したけれど
またあのような地獄の日々が続くと思うと
明日が訪れる事さえも恐怖でした。
気付いたら母が鬱の治療の為に服用していた薬と、
私が手に入れた別の薬を大量に服用して
また意識不明になるのを繰り返していました。
ある日の事です。
また目が覚めた時、全ては暗闇。
倒れた時に頭を強打した衝撃で失明しました。
あの時は虚しかった。それは盲目になったからじゃない。
心が虚しくてたまらならなかったから。
私には絶望としかありませんでした。
守山家以外の女の子達は、
自主退学と殺人未遂としての逮捕されて
保護観察や懲役刑になったとお聞きしました。
でも、
首謀者である彼女が、行方不明だと言い出したんです。
弁護団の方々に
私が彼女にされた事などは、全部、お伝え致しまして
正式に裁判が始まった頃でした」
紬の胸ポケットには、
ボイスレコーダーが仕込んである。
申し訳ない罪悪感と、守山綾に対する嫌悪感が混じった、
言葉出来ない感情が心に佇み、静かに項垂れた。
『絶望の中で私が生きようと思ったのは、
私の為に尽力して下さっている弁護団の方々、
そして団長さんの娘さんのおかげなんです』
葉月は微笑んで、
人差し指を己の頬につんつん、とする。
憂いの表情が、いつの間にかあどけない表情と仕草に変わっている。
『お名前は、“ミコト”さんでした。
お姉さんのような存在でその方も盲目の方でした。
お話したり、視覚障害を持つ上で生きていく術を彼女は、
優しく教えて下さって、私の痛みも優しく受け入れて下さった』
麻緒は思わず口許を、抑えた。
(…………ミコト、もしかして………美琴さん?)
養母として、その包容力と慈悲的な気持ちで
優しく包み込み心を閉ざした自身に対して根気強く、
緒方香菜として生きる基盤や、
感情を貰った大切な人。
だが刹那に、葉月の顔色が曇る。
『……………けれど
守山家の権力には、勝てませんでした。
それどころか、加害者と被害者は真逆となった。
彼女が体調を悪そうにしていた、というのは、
伝えたのですが、おざなりに…………』
守山家が、権力で潰した。塗り潰した。
傑の人間性を見ていたら分かる。
守山家という財閥のブランドに傷一つ付けたくなかろう。
『(お辛かったですね。
まるで引き出しを開けてしまう様な
真似をしてしまい申し訳なく、思います)』
点字を読み終わると、
『…………いいえ。
申し訳ないと思うのなら、貴女のお話も聞かせて?
貴女は、どんな仕打ちをされたの?』
諦観したかの様に、紬は目を伏せる。
月夜が照らす、憂いを帯びた優しい幼気な美貌。
『(私は_____)』
_____涼宮響介 宅にて。
「珍しいですね、
いや、あり得ないものを見ているというべきか」
偽装夫婦を演じていて、貴女の手料理を口にする日が来るとは」
洋食のパエリアを主食として並んでいた。
色鮮やかな色彩と、そしてほのかに食欲を誘う香りがする。
『(意外なのは此方です。
見せた瞬間、廃棄されるのかと)』
「そんな事はしませんよ。
どれだけ悪党だと思っているんですか」
『(冗談ですよ。涼宮さんに似た皮肉を言ってみただけ、です)』
本当は悪人じゃない事は、十分に知っている。
彼はかなりのお人好しだ。濡れ衣を着せられたとはいえ
弁護を担当していた少女に対して、出所早々に、
婚姻届を出して、面倒を見よう等とは思わない。
(____あの頃と、変わらない)
食事を始めた響介に対して
麻緒は不安そうな面持ちで見詰める。
「(不味いですか)」
「いえ、その裏返しです」
両手で頬杖を付いていた麻緒が、安堵感を覚えた。
「自炊をしていらっしゃったのですね」
「(……まあ、昔の事です。腕は落ちたと思います)」
高校生のあの頃は、
料理を習っていたし、美琴の助手のような立ち回りだった。
自炊生活に慣れてくると、人間不信から訪れる恐怖心から
准と美琴の作るものしか、食べれなくなっていた。
「(………涼宮さん)」
「なんです?」
「(私は、殺人犯ではないと、
これからも冤罪説を突き通すのですか?)」
「そうですよ。貴女の犯行だとしたら、矛盾点が多過ぎる。
第一、貴女に動機があるようには見えません」
あの町での聞き込みは、嘘じゃない。
それに少女が投獄された経緯もどことなく
こじつけられた感覚が否めない。
麻緒は微笑んだ。
「(………では、冤罪説を信じて下さる、涼宮さんを支持します)」
なので。と切り上げた先に、響介は愕然とした。
頬杖を止めて、腕を重ねる様にテーブルに置く。
伏し目がちにそう告げると、真壁篤仁の言葉を、思い出した。
『私が、娘の母校として校長を勤めているのは、
学校側に懇願されたのと、復讐心からなんですよ。
…………後者は私情ですが。
娘を傷付けたきっかけは、此処にある。
そして娘を傷付けた多くは、
家庭を持ち、その子供達がまた此処に通学しているので、
憎しみの眼差しは見逃してはいない、とね』
葵も、楓も。その他、加害者の親も。
葉月には、ありのままの事を伝えた。
守山綾によって、
濡れ衣を着せられた事、
それによって10年という時間を奪われたこと。
「…………貴女の、お養母様が、ミコトさんだったの?」
そして___美琴が、養母だった事も。
美琴のその後を聞いた時、彼女は心底嬉しそうだった。
家族を暮らしていた頃の事を話すと、葉月は微笑み
「そうだったのね、ミコトさん。何も変わっていないわ」
「(そうだと思います)」
罪の意識から、葉月の顔を直視出来ない。
ただどれほど守山綾という女が、
無慈悲で滑稽、狡猾な人物か身を持って知ると、
真壁葉月に対して、悔恨を感じえない。
だからせめてでも、美琴の話をする事が必要と感じた。
「____だからなのね?」
「…………?」
不意に、葉月の方に目線を向ける。
彼女は無邪気な天使の様な面持ちを、紬に向けていた。
「貴女の雰囲気が、
何処となくミコトさんを想ってしまったの」
無邪気に、彼女は、謳うたうように告げる。
「(そうですかね…………似てないです。
私はとても感謝しているのですが………)」
その瞬間、壁掛け時計の鐘が鳴る。
「あら、もうこんな時間だわ。
楽しい思い出話を話し合うのは、あっという間ね…………」
「(本日は、申し訳御座いませんでした)」
紬は頭を下げた。
けれども葉月は、いいのよと言って、
白杖を頼りに立ち上がる。
小柄な愛らしさの残る雰囲気。
「貴女にはまた、来て欲しいです。
___そして、ミコトさんのお話を聞かせて?」
「(…………いいのですか?)」
「私達、共通点があるでしょう?
これも何かのご縁だと思いたいの」
共通点____守山綾に人生を奪われた者として。
何処か後ろめたさ、罪悪感を感じてしまう中で、
はいと言った。
「お父様。桧山さんを、お見送りして?」
「…………」
真壁は驚いていた。
愛娘の微笑みや笑顔の姿を、久方ぶりに目撃したものだから。
桧山紬は、真壁を見ると静かに頭を下げている。
「ふふ、お友達ができたの。
今度から桧山さんが訪れたら、お通ししてね?」
「嗚呼、分かったよ」
その父親が浮かべた微笑みは、何処か儚い。
「娘は、あの後、対人恐怖症になってしまってね。
心の傷がまだ癒えていない。それにいじめで受けた時の
トラウマで香りに対する恐怖心もあり、
いつもは引き籠もりがちなんです。
なのに、娘が、貴女を友達というまで心を開くとは。
人生は分からぬものだ」
夕焼けだった空は濃紺の空に変わっていている。
携帯端末の連絡先リストには、真壁葉月という名前がある。
彼女を思いながら、何処か複雑味を帯びた感情に苛まれた。
(…………私は、被害者と言っていいのか)
守山綾と血縁関係がある、という時点では加害者でも。
香料の描写に関して、
あまり知られていないなという思いや、
それによって苦しみや恐怖心を
抱いておられる方々もいるという事。
香りというものは、人の身近にあるものですが、
それが過度になるとどういう事態を起こすのか分からない子供ならではの未熟さ。
それを毒になってしまう方々もいる、という意味合いで
書き留めている私がいました。
ご気分を不快にされた方々、申し訳御座いません。
そして、いじめは決して、生まれてはならない事です。




